配信切り忘れて本性がバレたので、清楚系から無敵の配信者になる

三笠の山

第1話 ろまんすどーん

「今日も負けてしまいました……ですが、明日は絶対に勝ちますよ! また見に来てくれますか?」


 私は机上にコントローラーを置くと、横目にPCに流れるコメント欄を眺める。


 :あったりめえよ

 :明日もがんばって!

 :相変わらず負けてるね

 :そこがいいんだろ?

 :みにいくー


 平和なコメント欄。

 速度は遅いが、一人一人のコメントがゆっくり見られてメリットもある。

 大切なファンなのでコメントひとつひとつが本当に嬉しい。


「それではまたお会いしましょう、お嬢様」


 そこで今日の配信は終了した。

 お嬢様、というのはファンの愛称だ。

 私が執事を模したアバターを使っているのでお嬢様。

 Vtuberでは珍しく、女性視聴者が多い私の配信では意外にマッチしているのだ。

 女性視聴者が多いといって視聴者自体が多いわけじゃないんだけど……。


「はぁ……」


 柄にもなくため息を吐きながら椅子にもたれ掛かり、天井を眺めた。


 私のVtuber人生は初配信がピークだった。

 メイドではなく執事。そんなアバターコンセプトのインパクトからか、初配信は他の同期よりも多い視聴数だった。

 だけど二回目の配信から視聴者の数はガタ落ち。

 清楚を地で行くキャラで通したからか、いまいち面白味に欠けるらしい。

 そのままズルズルと大切な視聴者を逃し続け、今に至る。


 念願だったVtuberのオーディションに合格するだけでも奇跡だったのだ。

 これ以上を求めるのは罰当たりな気がする……けど、始めたからにはもっと有名になりたい。

 そうじゃないと、ずっと付いてきてくれている視聴者さんに顔向けが出来ない。


「うぅ……ごめんねみんな……こんな私で……」


 みんな気付いているんだ。私が低迷して、同期のみんなに追い抜かされていることに。

 でもみんなは何も言わずに私の配信を見てくれる。

 そのことに触れちゃいけないみたいな空気も最近は漂い始めて、より申し訳なくなってくる。


「明日、ちゃんとゲーム勝てるかな……。ずっと負けてて見どころないし……山場もないまま退場するし……」


 私は配信の要とも言えるゲームが苦手だ。

 厳密に言うと、やるのは好きなのだ。

 でも、昔から不器用でいざ配信でやろうとすると緊張も相まって手元が狂う。

 いつも画面がプルプル震えていつの間にか死んでいる……というのが私のお決まりのパターン。

 これの一体どこに面白さがあるのだろう。


「面白いって何……? わかんないよ」


 私は視線を手元に戻すと、まだ緊張から抜けられない硬直した身体をストレッチで伸ばした。


「うーん……よし、お風呂入ろう」


 椅子から立ち上がると、足に何かが引っかかった。

 しかし運動も苦手な私はそれを回避することが出来ず、そのままずっ転んだ。



「きゃあああ!?」



 顔面から床に突っ伏す。


「あちゃー、機材が。いやそれよりも痛すぎるんだけど……?」


 さっきまで頭の中をぐるぐる回転していた不安が激しい痛みで消える。

 ヒリヒリする顔に手で触れた。


「うわ、鼻血出てる。ティッシュティッシュ……」


 すると、ドタドタと大きな足音が鳴って部屋のドアが勢いよく開かれた。



「来てあげたわ! 今日のゲーム配信もつまんなかったわね!」



 一番触れて欲しくないところにズカズカと土足で入り込んで来る私の姉、桜子さくらこ


「お姉ちゃん……」

「いくら何でもゲーム弱すぎよ。わたしが配信やった方が面白いんじゃない?」

「うっ」


 私と同じ黒い髪で、笑うと同時にそのショートヘアが揺れる。

 遠慮を知らないのでよくこの姉とは喧嘩をする。

 今日は珍しく正論だったので反論が出来ない。

 反論する元気もない。


「私お風呂入るからそこ退いて」

「嫌よ。わざわざ来てあげたのに」

「私のこと笑いに来ただけでしょ……」

「その通り、とも言えるかも知れないわね」


 とも言えるかも知れない?

 それしかないの間違いでしょ。


「というか、よくもまあ毎日毎日私にゲーム下手だの配信つまんないだの言いに来れるよね。妹の心情を察するとかできない?」

「嫌よ」

「嫌って……」

「だって面白いんだもん、あなたが泣きそうになりながら敵に挑んでいくのは。仕方ないわ」


 私が負けすぎて半泣きになってるのがバレてる!?


「も、もう言わなくていいから……」

「今日なんて特に酷かったわよね。リスポーンする度にそこにいた敵に容赦なく殺されて。悪運強すぎよ。あと何回鼻かむためにミュートするの? わたしの部屋まであなたの鼻水聞こえてくるんだけど」

「ああああああーっ!!」


 嫌な思い出がまざまざと蘇る。


「そんなこと私に言いに来たの? ひどくない!? ねえひどいよ!」

「別にいいでしょ? あなたのファンとして言いに来ただけよ。ファンは大切にしなさい」

「お姉ちゃんただのアンチじゃん! しかも悪質な!」

「誰がアンチよ!?」


 言い合いしているうちに、日々のストレスがどんどん渦巻いて……爆発した。



「じゃあアンチ以外の何!? もう辞書でアンチって引いたらお姉ちゃんの顔写真載ってるから!」

「何よそれ! わたしの顔写真が広○苑に載ってるわけないでしょう!? 顔写真が載っていいのは免許証と出願届けだけよ!」

「別に○辞苑にくらい載っててもいいじゃん! 何が問題なの!? 嬉しいでしょ!」

「嬉しいわけないでしょ! そもそもあなたもっとゲームの練習したらどう? 半泣きになってゲームするより腕磨いた方がいいんじゃない?」

「いっぱいやってるから! お姉ちゃんが見てないところで私いっぱいやってるから! ずっとやってるんだから!!」

「じゃああの散々な結果は何なの? どれだけ底辺を取れば気が済むの? みんなに慰めてもらいたいなら成功ね!」

「底辺は取りたくて取ってるわけじゃないの! 配信してたら緊張するから仕方ないの! みんなの前でカッコ悪い姿なんて見せられない!」

「今更よ! そんなの忘れて配信しなさい!」

「むり! 何やっても絶対緊張するから! 今まで人って何回手に書いて飲み込んだと思う!? 日本人くらいならたぶん全員飲み込んだから私!」

「巨人じゃないんだからそんなこと出来るわけないでしょう!? それに人なんか書いて飲み込んでも緊張なんかほぐれないわよ!」

「元も子もないこと言わないで!! そもそもなんで――」




「あら、どうしたの?」




 私たちはお互いに息を荒くしながらドアを振り返った。

 そこにいたのは、私たち三人姉妹の長女――祈子いのりこだった。


「おねえええちゃああああん」


 私は今まで喧嘩していた次女の桜子を横切って祈子に飛びついた。

 祈子は優しく頭を撫でてくれる。


「何か嫌なことでもあった?」

「コイツがいじめて来る」

「コイツって何!?」

「ああ、また喧嘩したの?」


 祈子は私を抱きしめたまま言う。


「だめよ、喧嘩しちゃ。姉妹仲良く、ね? お互い本当に嫌っているわけじゃないんでしょ?」

「それは……そうだけど」

「わたしは嫌いよ」

「なんだとぉ!?」

「この子がゲーム下手なのに配信なんてするからダメなのよ。見ててつまんないもの。わたしがやった方が面白いわ」

「さっきからわたしの方が面白いとか言ってるけどそんなの有り得ないから! あんたみたいなボスザルの配信誰が見るの!?」

「ボスザルですって!? 取り消しなさいその言葉!」

「嫌ですぅー! 小猿と戯れてろ!」

「誰が猿山の大将よ!!」

「そんなこと言ってない!!」

「こらこら、やめなさい」


 祈子は言葉でその場を制する。


「これ以上喧嘩したら後戻り出来なくなっちゃうけれど、それでもいいの?」


 私たちはその言葉でお互いに黙り込んだ。

 別に、本気で嫌いだから喧嘩してるわけじゃない。

 お互いに譲れないだけだ。


「ごめん、お姉ちゃん」

「……わたしの方こそ、感情的になってしまったわ」

「ふふふ、これで仲直りね」


 祈子は満足した風に笑うと、もう夜遅いから寝なさいと言って自分の部屋に戻って行った。


「お風呂、わたしがさっき入ったから」

「あ、そう」


 桜子はそれだけ言うと、部屋から出て行った。


「あー……疲れた」


 私は椅子に座る。


「もうこのまま寝よう」


 私は机上のゲームコントローラーを移動させると、顔を突っ伏してそのまま寝た。



「明日になったら登録者10万人増えてないかな……」



 その独り言が、大事件のトリガーとなった。



 ***



「あれ、ほんとに寝ちゃってた……」


 私は顔を持ち上げると、少し痛む腰を伸ばして椅子から立ち上がった。



「んー……って、あれ」



 充電器に刺さったスマホを見ると、画面に今まで見たことのない通知数が映っていた。

 頻繁に活動するグループには入ってないはずだけど……。

 もしかして同期で作ったグループかな。

 スマホを手に持つと立ったまま画面をスクロール。

 未既読を既読に変えていく。


「何話してんだろ……ん? 配信切り忘れてる……? へー……」


 ぼんやりした頭のままメッセージを確認する。


「早く起きて? 切り忘れ? さっきから何言ってるの? おおっと」


 すると、スマホに電話がかかってきた。

 1期生の先輩、愛坂ここは先輩だった。

 何の用だろう。


「あー、もしもし。ここは先輩ですか?」

『あおいちゃん! ようやく起きたね!』

「あー、はい。おはようございます」

『今ネット上があおいちゃんで大盛り上がりだよ!』


 私で大盛り上がり?

 どういうこと?


『とりあえずトレンド見て!』

「トレンド……ですか」

『早く!』


 私はスマホ画面を切り替えると、SNSアプリを開いた。

 するとそこには……。




「トレンドが……ええと、#○辞苑、#日本人を食べ尽くしたカニバリズムVtuber、#茜あおいの登録者10万人増やせ、#イビキサファリパーク? 何これ、変なの。一位は#ボスザル……って、え?」




 下の方を見ていくと、由々しきことが書いてあった。


「#配信切り忘れ……もしかして」


 私は急いでPC画面を見た。


「ど、同接14万!? いち、じゅう、な、何このスパチャ……なんなんですかこれ!」

『あおいちゃん配信切り忘れたから、お姉さんたちとの喧嘩が全部流れちゃったんだよ!』

「えええええええええ!?」


 一言断ってこころ先輩の電話を切ると、急いでPCのコメント欄を見る。



「あの、あの、皆さん……!」



 :おはよう

 :おはよう

 :それで、何の話だっけ?

 :あー、俺が電チャ盗まれた話?

 :それさっき聞いた

 :コメント欄の会話で配信持たせてんの草

 :じゃあ俺が妹と一緒に寝た話する?

 :くわしく

 :性犯罪者で草

 :完全な決め付けで草


「え、え、あの?」


 :おっと、主役が来たようだ

 :ここらでおいとましますか……


 私はコメント欄から目を外し、目を疑った。


「登録者、10万人増えてる……」


 私は立ちくらみがして、そのまま椅子に倒れ込んだ。






「なんでええええええええええええ!?」



 ――――――――――――――――――――


 茜あおい登録者数の変遷

 4万人→14万人(+10万人)

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