第13話 夜会の嫉妬 ― ミリア、恋心暴走

 夜空を照らす月が、街の中央にそびえるガルド邸を銀色に染めていた。

 ガルド邸別館の大広間では、百を超える灯りが煌めいていた。

 磨き上げられた大理石の床、金糸で縁取られたカーテン、そして天井から吊るされた巨大なシャンデリアが、まるで星空を閉じ込めたように輝いている。


「……なあ、これ、本当に俺、来ていいイベントなのか?」

 

黒のスーツをぎこちなく着こなす悠真は、すでに顔が引きつっていた。

 胸元のネクタイは少し曲がっている。

 領主の代理として招待された、という名目だが、場違い感は満点だった。


「当然です。領主様からの正式な招待状ですよ」

 リサがにこやかに言いながら、彼の服のしわを直す。


「緊張してるんですか、悠真さん?」

白い花の刺繍が施されたドレス姿のリサ。

 髪をゆるくまとめ、清楚な微笑を浮かべている。


「いや、緊張どころか心拍数がフルマラソンレベルだな……」


「じゃあ倒れないでくださいね? せっかくの豪華料理がもったいないです」

「心配の方向がズレてる!」


 悠真の即ツッコミが夜会前の緊張を少しほぐす。


 そんな掛け合いの中、後ろから――


「お、お待たせ……っ」


 ミリアが現れた。

 淡いピンクのドレス、肩口から流れる薄いシフォン、髪には小さなルビーの飾り。

 いつもの冒険服とは違う、まるで別人のような華やかさだった。


「……」


「……な、なによ。そんなに見ないでよっ」


「いや、あの……似合ってる、すごく」


「っ……そ、そんなの、言われなくても知ってるわよ!」


 真っ赤になって視線を逸らすミリア。

 (やばい、照れてるミリアはいつもより十倍かわいい……)

 そんな悠真の思考は、すぐに現実に戻される。

 振り向けば、銀灰のローブ調ドレスを纏ったセレナが微笑んでいた。

 肩口のブローチが月光のように光っている。


 そして最後に登場したのは、白い羽飾りを揺らす金髪の令嬢――クリスティアだった。


「お待たせいたしましたわ、悠真様♡」


「待ってない! いや、待ってたけど違う意味で!」


「まぁ……照れ屋さんなんですのね」


 悠真は言葉を失った。

(ま、まぶしい……なんだこれ、光の暴力か?)


「悠真? 口、開いてますよ」

 リサがそっと笑い、指で彼の顎を上げた。

 彼女はシャンパンのグラスを差し出す。

 悠真も慌ててグラスを取った――が。


 カシャン!


「わっ!?」


 グラスが手から滑り、シャンパンが宙を舞い――見事にクリスティアのドレスへ直撃。


「ひゃっ……!」


「ご、ごめん! 本当にごめん!!」


 場が一瞬凍りつく。

 だが、クリスティアはふっと微笑み――



「まぁ……これも“運命の飛沫”ですわね?」

 クリスティアは微笑み、まったく怒る様子もない。


「いやいや! 運命って便利すぎません!?」

「違いますっ、ただの粗相です!」

 リサの冷静なツッコミ。


 周囲の貴族たちはくすくすと笑い、悠真の顔は真っ赤に染まる。

(はぁ……俺、今日も安定の事故スタートだな)


 そんな中、ミリアの視線が一瞬だけ受付付近へ向かう。

 黒いコートの男が、青い封印石を金庫へ運び込むのを見た。


「……封印石? まさか、こんな場で?」

 けれど彼女は首を振った。

「今は……舞踏会を壊すわけにいかない。後で確認ね」


 音楽隊が奏でるバイオリンの旋律。

 ホール中央に広がる人々の波。


「さあ、悠真様。せっかくですし、一曲ご一緒に?」

 クリスティアが優雅に手を差し出した。


「え、いや、俺、足踏むタイプで――」

「構いませんわ。運命のリズムですもの」

「便利だな、その言葉ぁ!」


 結局、半ば引きずられるように踊り始めた悠真。

 慣れないステップに悪戦苦闘しつつも、クリスティアの微笑みが不思議と眩しくて、息をするのも忘れそうになる。


 一方、その様子を遠くから見つめる少女が一人。

 ――ミリア。


「な、なにあれ……な、なんであの二人、あんなに距離近いの!?」

 握り拳がプルプルと震える。

「ミリアちゃん、落ち着いて」

 リサがなだめるも、すでに遅い。


「落ち着けるわけないじゃない! だって悠真がっ……!」


 その瞬間、彼女の足がぐらりと滑り倒れる。

 ヒュンッ!

 ――飛んだ。ハイヒールが見事な放物線を描き、悠真の後頭部へクリーンヒット。


「いっ……たぁ!?」

「えっ!? な、なんで飛んだの私のヒール!?」

 ミリアが顔を真っ赤する。

「ヒールは自立型じゃないです!」とリサが即ツッコミ。


 笑いが弾け、空気が一気に柔らぐ。

 悠真が手を差し出し、ミリアを起こす。

「……怪我、ないか?」

「だ、大丈夫……ありがと……」

 ほんの一瞬、目が合う。

 心臓の鼓動が跳ね上がる音が、確かに聞こえた。


 セレナはそれを見て、軽く微笑む。

「……やれやれ。青春ね」




 舞踏会の喧騒の裏。

 ミリアはふと、裏口へ向かう給仕の動きに違和感を覚える。

(あの人、さっき見た……封印石を運んでいた?)


 静かに追跡すると、物資保管庫の前で扉が半開き。

 中を覗くと――金庫がこじ開けられていた。


「まさか……」


 黒衣の人物がそこに立っていた。

「“印”を継ぐ者は、すぐそこにいる――」

 低い声とともに、影は煙のように消えた。


 ミリアが警備に知らせようと走った。


 ホールでは再び音楽が鳴り響いていた。

 封印石盗難を伝えようとミリアが悠真に駆け寄る。


「ゆ、悠真っ! 大変、封印が――」

「ミリア!?」

 

タイミング悪く、音楽が止まり、照明が二人を照らす。


 そして――周囲の勘違いが爆発した。

「おおっ、告白だ!」

「若いっていいわね!」


「ち、違うのっ! 封印が――!」

「いや!? これ完全にプロポーズ構図じゃん!」

 悠真が頭を抱える。


 リサはため息をつきながら

「……どこまでもトラブル体質ですね、悠真」。

 

セレナも「予想通りと言えば予想通りね」と肩をすくめる。


 ――そして、花火の合図。

 ドンッ!!


 が、予定の花火ではなく――厨房の火薬が暴発。


 ケーキ、爆散。


 巨大なウェディングケーキが天井まで吹き上がり、

 見事に全員クリームまみれ。


「まぁ……これも甘い夜の祝福、ですわね」

 クリスティアは微笑む。


「誰かこの人のポジティブ変換機能止めてぇぇ!!」



 騒動のあと。

 夜風がひんやりと頬をなで、屋外テラスに静寂が戻っていた。


 悠真はぐったりと椅子に座り、髪に残るクリームをぬぐう。

「……俺、今日何回ケーキかぶった?」

「三回目です」

 リサの冷静なカウント。


「そんなに!?」

「……やっぱり、ドラブルに巻き込まれるのか、俺」

 悠真がため息をつくと、ミリアが微笑んだ。 セレナも頷く。


「……はい。お茶でも淹れますね」

 リサが優しく微笑んだ。


 静かな笑いと、遠くの音楽の残響。

 その向こう――森の奥で、微かな黒い光が瞬いた。

 ミリアがそれを見て、誰にも聞こえぬほど小さく呟く。

「……封印石のこと、気になるけど――みんな、今日はもう疲れてる。

 報告は、明日でいいかな。」



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