第3話 祭りと炎とトリプルフラグ

 季節は、黄金色に染まる収穫の季節。

 村の広場では、早朝から人々が慌ただしく動き回っていた。

 焼きトウモロコシの匂い、笑い声、楽器の音。

 そう、今日は――村の一年でいちばん賑やかな「収穫祭」の日。


(……うん、俺は今日もできるだけ目立たず過ごそう。串焼き食べて、少し屋台を眺めて、静かに帰る。それだけだ)


 そう心に誓って家を出た俺――佐藤悠真(さとう・ゆうま)。

 異世界転生したのに、戦闘力ゼロ。

 魔力もスキルも「観察眼(Lv.1)」という地味スキルひとつだけ。

 モブとして、のんびり生きていくのが俺の人生設計……だったはずなのに。


「悠真くん! 一緒に回ろう?」

 振り向けば、元気印の少女・リサが笑顔で手を振っていた。

 麦わら帽子の下、明るい栗髪が揺れている。


「ちょっと待ってリサ! 悠真は私と行く約束してたの!」

 間髪入れずに割り込んできたのは、薬師見習いのセレナ。

 彼女は冷静なタイプ……のはずが、悠真関連になるとやたら早口になる。


「……約束なんてしてないぞ?」


「「えっ?」」

 二人の声がぴったりハモる。


(なぜ俺は毎回この構図になる? 神様、俺なんか前世で悪いことしましたか?)


「じゃあ悠真、こっち!」「いや、こっちでしょ!」

 腕を左右からがっちり掴まれる。

 おい、痛い。腕が千切れる。


「お前らなぁ……俺はただ串焼きを食べたいだけなんだが!」


 しかし、二人には届かない。

 こうして俺の「静かな祭り」は、始まる前から崩壊した。



 昼下がり。

 村の広場は人でごった返していた。屋台から漂う香ばしい匂いに、俺の心はわずかに救われる。


「ほら悠真くん、リンゴ飴あげる!」(リサ)

「悠真、そんな甘いものより薬草茶の方が身体にいいわ」(セレナ)


「……俺に何を競ってるんだお前らは」


 どっちもありがたいけど、胃袋はひとつだ。


 俺は二人の攻防を横目に、串焼きを片手に静かに座る。

 ようやく平和なひととき――そう思った、その瞬間。


「……あら? あなたが悠真ね?」


 背後から、艶やかな声が落ちた。

 振り向くと、青のドレスをまとった女性が立っていた。

 長い青髪、気品のある立ち姿――まるで舞踏会から抜け出してきた貴婦人。


「えっ……村長様の娘さん!?」(リサ)

「まさか……ミリア様?」(セレナ)


 ミリア。村長の一人娘にして、村で唯一の“本物の貴族教育”を受けた女性。

 噂では滅多に外に出ないらしいが……なぜ俺に声を?


「ふふ。あなたが“牛を倒し、蛇を追い払った英雄”だって聞いたわ」


「……ちょっと待ってくれ。それ全部、誤解で――」


「勇敢で、しかも控えめな人。とても素敵だわ」

 言葉を遮るように微笑むミリア。

 おい、なんで評価が急上昇してるんだ? どこの世界線だよ。


「あなたのような方に、ぜひ屋敷を見てほしいの。……来てくれるかしら?」


「い、いや、それは――」


「ダメです! 悠真は私と回るんです!」(リサ)

「お屋敷なんて後でいいわ。悠真、行きましょう」(セレナ)


 三方向からの視線が交錯する。

 リサは焦り、セレナは冷ややかに、ミリアは微笑を崩さず――

 ……いや、これ、完全に修羅場フラグだろ。


(頼む誰か、俺をモブらしく背景に戻してくれ……!)


 そのときだった。


 ――ボッ!!


 派手な音とともに、火吹き芸人の男が大きく炎を吹き上げた。

 盛り上がる観客。しかし、酒に酔った男はさらに息を吸い――


「うおおおおおっ!!」


 次の瞬間、炎が予想以上に広がり、屋台の布に火がついた。


「きゃあああっ!」「火事だーっ!」


 会場が一気にパニックになる。


(おいおい、祭りの日に火事って! どうして俺の周りで毎回イベントが起きるんだ!?)


 そう思った瞬間、視界の端で小さな炎が舞った。

 リサのスカートに――火の粉。


「きゃっ!」


「リサっ!!」


 考えるより先に体が動いた。

 俺は上着を脱ぎ、リサの足元を叩いて火を消す。

 炎が消えるまでの数秒が、やたら長く感じた。


「だ、大丈夫か?」


「う、うん……ありがとう……悠真くん……」


 気づけば、俺はリサを抱きしめていた。

 人の輪の真ん中で。


「お、おおおおおっ!!」「抱きしめたぞー!」


「ち、ちがう! 今のは火を消しただけで、恋の炎を燃やすつもりは――ないっ!!」


 群衆の歓声が爆発した。

 おい誰だ、笛吹いてるやつ! これは音楽流す場面じゃねぇ!


「……リサばっかりズルい」(セレナ)

「ますます興味が湧いたわね」(ミリア)


 やめてくれ。頼むから三方向にフラグを立てるな。

 俺はただ――串焼きを食べて帰りたかっただけなのに!


「英雄様ー!」「リサちゃんとお似合いだよー!」


「いやだから違うってばぁぁぁぁ!」


 この村、もう俺の平穏を返してくれ。


 祭りの騒ぎはなんとか収まり、夜空に花火が打ち上がる。

 ドン、と音が響き、色とりどりの光が空を染めた。


 俺は少し離れた丘の上で、一人その光景を眺めていた。

 遠くではリサとセレナがまだ口論している。

 その隣でミリアがワイン片手に「ふふ」と笑っていた。


(……やっぱり俺の人生、平穏とは縁がないな)


「英雄様ー! 明日、屋敷に来てくださいねー!」(ミリア)

「ゆ、悠真くん! あの……明日は一緒に市場へ!」(リサ)

「悠真、明日は薬草の納品手伝って」(セレナ)


 ……フラグ三重積み。逃げ道なし。


(俺は串焼きを食べたいだけの人生だった……)


 空に大輪の花が咲く。

 その下で、俺の心に鳴り響くのは――ため息だけ。


「――次は、何の誤解が俺を待ってるんだ?」


 夜空に響く花火の音が、どこか俺を笑っているように聞こえた。



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