ヴァルドールの檻
星野 千織
第一話 高級車の中で
初めて目にする高級車だった。
名前を聞けば誰でも知っている。だが、死ぬまで縁のないものだと透真は思っていた。
その座席に、今、自分が座っている。――身体を固くして。
柔らかすぎるシートは沈み込み、背もたれに身体を預ければ吸い込まれそうになる。
何度も姿勢を正し直すが、落ち着かない。
車体が動いているはずなのに、ほとんど揺れを感じない。
置かれたワイングラスの中身すら一滴も波立たない。
(車の中に家具を置く必要なんてあるんだろうか)
そんな益体もないことを考えながら、同乗者の顔を見ないよう視線を落とした。
窓の外には、貧民街の煤けた街並みが遠ざかっていく。
車内の空気は、どこまでも清浄で、どこまでも異質だった。
――どうして、こんなことになったんだろう。
己の不運に嘆きながら、キリキリと何も収められていない胃が痛みを訴えた。
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