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 ◇◇◇


 あの日を境に、二人の間には微かな綻びが生まれてしまい、千歳の足は自然と自宅から遠のいていた。


 ことの顛末は八重子にも伝え、しばらく院瀬見邸に泊まって椿の様子を見ていてくれと頼んではいたのだが……。


 昼休憩に入った千歳は、馴染みの定食屋に向かいながらあの日のことを思い返していた。


『だったら、あんな危険な真似はよしてください!』


 自分でも驚くほど、強い語気でそう言い放っていた。


 あの日、ひったくり事件があったというので現場に向かえば、ちょうど近くに警官がいたようで、犯人は無事捕えられていた。自分の出る幕はないと判断し椿のいた場所へと戻ったが、彼女はそこにいなかった。


『青いワンピースを着た女の人なら、そっちの路地裏の方へ走っていったよ。すぐ戻るって言ってたけど……』


 近くにいた団子屋の店員がそう声を掛けてきたのを聞き、路地裏の方を見た。大通りとは違って、陽が差しておらずやや暗い場所。理由もなく、椿がそんな場所へ向かうとは思えなかった。しかも、彼女は「走っていった」と言う。


『誰か、助けて!』


 と、そのとき路地の角から幼い少女が現れた。怯えた表情に、泣きはらした目。何かあったのだと悟った千歳は、瞬時に彼女に駆け寄った。

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