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「綺麗……」
窓の外に見えたのは、濃いピンクの芝桜が咲く花畑だった。
自宅からやや離れた隣町までの道中は田舎道が続き、のどかな景色が広がっている。ずっと千歳と何か話さないと焦っていたが、風になびかれ揺れる芝桜を見ていると、ほんの少し気持ちが軽くなった。
「……花が好きなんですか」
すると、横から千歳の声がした。運転中の千歳は前を向いたままだったが、「見合いの場でも花を眺めていたでしょう」と言われ、自分に話しかけてくれたのだと分かる。
「ええ、好きです。……実家の庭には、小さな頃から梅や紫陽花、牡丹に、芍薬といろいろな花が植わっていましたから。花を見ていると、何だか心が和みます」
四ノ宮家の庭に花が多いのは、花好きの母のために父がいろいろな花を庭師に植えさせたからだった。そんな夫の愛が詰まった庭をまた母も愛し、丁寧に愛情深く手入れしていたことを思い出す。
「……旦那様は、花はお好きですか」
椿がそう問いかけると、千歳は変わらず前を向いたまま「好きでも嫌いでもありません」とだけ返ってくる。何だか千歳らしい答えが返ってきて、椿はふふと頬を緩めた。花が似合う人ではあるが、彼が花を愛でる姿はあまり想像できなかった。
「では、何がお好きか教えてくださいませんか」
少しだけ、勇気を出して椿は千歳にそう尋ねた。
そのまま会話が続くとは思っていなかったのか、千歳は少し驚いているように見えた。それから、ちらと椿の方を見遣ったが、すぐにふいと視線を元に戻される。けれど、
「……仕事です。それ以外は、あまり考えたことがありません」
と、程なくして、ぶっきらぼうな答えが返ってきた。
「この帝都に住む人々の暮らしを守る……そんな仕事に誇りを持っています」
凛とした横顔に、ふと頬を緩めた椿。
(とても真面目な方なのね)
口数は少なくても、話しかければきちんと返してくれる。そう思ったら、先ほどまでの沈黙の重さがふっと軽くなったような気がした。
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