あしたもあそぼうね ―やさしくて、ふしぎな、ほいくえんのお話―

とろ

第1話 双極光銃《ツインレイ・アーク》 ―心を分けた少女と、二つの光―

🌕第一章 光が割れた夜 ―闇律あんりつの三幹部襲来―


世界が燃えていた。

光と闇が交わる音が、少女の心臓を叩いた。


赤髪の少女ミラは母・リセの腕の中で、鼓動を聞いていた。

五歳。泣くことも、叫ぶことも――もう、忘れていた。


「ミラ、いい子にして……絶対に離れないで」

「ママ、こわいよ……お外が燃えてる……!」

「大丈夫。お父さんが守ってくれる」


玄関では、父・コウイチが銃を構えていた。

刻印の走る断罪光銃アークマグナム――“裁きを担う光”と呼ばれた銃だ。

砲身が脈打ち、空気が震える。


「来たか。リセ、シールドを!」

母は杖を構える。

浄化光杖セレスティアロッド――“闇を癒す光”と呼ばれた杖だ。

眩い光がほとばしり、家を包む。

だが、炎の向こうから三つの影が歩いてきた。


「“光の系譜”も、ここで終わりだな」


闇が膨らむ。

〈闇律の三幹部〉――ノクス、モルタ、ヴァルナ。世界を“無音の秩序”へ回帰させる上級怪人たち。


コウイチは歯を食いしばり、リセと目を合わせた。

「リセ……合わせるぞ」

「ええ、あなたとなら――撃てる」


「照らせ、浄化光杖セレスティアロッド!」

「切り裂け、断罪光銃アークマグナム!」


ふたりの声が重なる。

「――交わる閃光、ヒュージョンショット!」


白が夜を食んだ。光は闇を裂き、街は白に呑まれた。


モルタが吹き飛び、ヴァルナが霧散する。

だが、ノクスだけがゆらりと立つ。


「それが光のすべてか? 祈りも愛も、いつか腐る」


「ミラ、見ていろ。光は恐れない」


――その言葉を、ミラはずっと覚えている。


次の瞬間、爆風。結界が砕け、炎が家を呑み込んだ。


「ママ!! パパ!!」


光と闇の狭間で、ふたりは手を取り合う。

そして――微笑んだ。


「光は、あなたに託したから」


世界が、まぶしい閃光に溶けた。



煙が晴れたとき、ミラは瓦礫の中にいた。

涙は出ない。

心が壊れないように――。


ミレイ『……分けよう。ねぇ、わたしが泣いてあげる』


闇の中に、もうひとりの自分がいた。

泣いてくれる少女――ミレイ。


それが、彼女たちの始まりだった。

そしてその夜、光は二つに割れた。


――この世界に転生はない。

ただ、肉体を失った魂は、どこかへ《むにかえる》。



🌙第二章 心を分けた少女


幼少期――よい子の仮面


「ミラちゃんは、ほんとにいい子ね」

「泣かないし、立派だわ」


親戚たちの声。

優しいはずの言葉。

けれどそれはいつも、“泣かない”ことへの賛美だった。


夜、眠れないまま鏡を見る。

そこに映るのは、自分と同じ顔をした小さな少女――ミレイ。


『無理してる』

「泣いたら、みんな困るでしょ」

『でも、苦しいのはあなたでしょ』

「……平気。泣くのは、あなたの役目」


そうしてミラは、悲しみも怒りもミレイに預けるようになった。

その代わり、彼女は“完璧ないい子”でい続けた。


ミレイが泣いてくれる限り、ミラは笑っていられた。

そう信じていた。



十五歳――双極光銃ツインレイ・アークの覚醒


特別訓練場。

白い照明の下、ミラは静かに立っていた。

観測装置が並び、審査官たちが息をひそめる。

空気が張り詰めていく。


胸の奥から、もうひとりの声がした。――ミレイの声だ。


ミラは胸のネックレスを握った。

銀のチャームが、わずかに脈を打つ。

――母の杖と、父の銃。

あの日、光の中で消えたふたりの記憶。


『お父さんとお母さんの光……まだ、そこにあるんだね』

「……わたしが引き継ぐ。もう誰も失わない」


深呼吸ひとつ。

唇が震えるほど静かに、詠唱を紡ぐ。


「目覚めよ、共鳴の極光――双極光銃ツインレイ・アーク!」


光が弾けた。

空気が震え、左右の手にふたつの銃が形を取る。

左光環レフトアーク右光環ライトアーク

二重の光が彼女を包んだ。


「二重共鳴……!? 記録にない現象だ!」

「二つの武器を同時具現化……奇跡の再現か……!」


観測値が跳ね上がる。

けれど、右光環の光だけが不安定に揺らいでいた。


『ミラ……手が震えてるよ』

「うるさい……集中してるの」

『怖いの?』

「怖くなんかない。わたしには光がある」

『でも、その光……泣いてるよ』


一瞬、閃光が明滅し、警報が鳴る。


「右側のエネルギーが乱れている!」


ミラは歯を食いしばり、心の奥の声を切り捨てるように目を閉じた。


「……黙って。わたしは、ひとりでできる」


爆光。

光の咆哮が訓練場を包む。

その刹那、右光環ライトアークがかすかに悲鳴を上げた。

だが、ミラは力でねじ伏せる。


光が収束する。

静寂。

観測機器の表示が安定し、審査官たちがどよめいた。


「暴走を抑えた……!」

「2つの武器を完全制御……前例がない!」


拍手が起こる。

だが、ミラの耳には届かない。

彼女の胸の奥では、誰かが小さくすすり泣いていた。



十八歳――“光のルーキー”


初陣の日。

ヒーロー登録を終えたばかりのミラは、メディアの光に包まれていた。


「新人ながら、双極光銃ツインレイ・アークを扱う天才少女!」

「期待の新星、“奇跡の再現者”!」


カメラのフラッシュが閃く。

ミラは笑顔を作った。


「これが……私の光」


ネックレスを握る。

銃のチャームがかすかに光を返した。

だが――その輝きは、右側だけ少し冷たかった。


『ねえ、もう一度話そう』

「今は忙しいの。後にして」

『……また“後”なんだね』

「私はヒーロー。泣いてる暇なんてない」

『……光が、遠くなるよ』


ほんの一瞬、右光環ライトアークが明滅した。

けれど誰も、その違和感に気づかない。


記者の歓声。拍手。

それらを浴びながら、ミラはネックレスを指でなぞった。

チャームの銀が、ひどく冷たかった。


「この光は――私だけのもの」


そう信じていた。

けれど、その信念こそが、もうひとりの自分を遠ざけていった。



――それが、“光を選んだ日”。

そして、右の光が静かに泣き始めた日。



🌑第三章 崩れる光 ―宿敵ノクス・ヘルザード―


夜の廃都。

砕けた街の中、瓦礫の上でミラは立っていた。


両手に構えた双極光銃ツインレイ・アークが、荒んだ空気を震わせる。

左光環レフトアークはまだ燃えていた。

だが右光環ライトアークは、まるで命を失ったように沈黙している。


――誰かの声が聞こえるたびに、心が少しずつ軋んでいた。

それでも、戦いは止められなかった。


闇が蠢く。

黒い霧の中から、巨大な影が現れる。


その名は――ノクス・ヘルザード。

〈闇律の三幹部〉のひとりにして、かつてミラの家を焼き尽くした宿敵。


ノクス「やっと見つけたぞ。コウイチとリセの娘か……

あの夜の“光の残り火”が、まだ消えていなかったとはな」


ミラの指がわずかに震える。

息を吸うたびに、胸が焼けるように痛い。


「……あの夜、あなたが――!」

ノクス「思い出したか。炎の中で泣きもせず、ただ震えてた少女を。

お前の母親は美しかったな。最後まで“祈り”などという幻想を信じていた」


銃口が閃き、ミラが撃つ。

だが光弾は霧を裂くだけで、ノクスには届かない。


ノクス「フン……親の技を真似ただけで、光を継いだつもりか?」

「黙れ……!」


焦げた風が吹き、頬に煤がつく。

目の奥には焦燥が滲んでいた。


『ミラ……もうやめよう。こんなの、違うよ』

「うるさい!」

『わたしは、あなたの中の――』

「黙って! あんたのせいで力が乱れるのよ!」


銃身が軋み、左光環レフトアークが強まる一方で、右光環ライトアークが小刻みに震えた。


『……違う。あなたが、わたしを嫌うから』

「はぁ?」

『怖いこと、悲しいこと、ぜんぶ押しつけておいて――!』


瓦礫の下で光が爆ぜる。

ミラの顔に怒りが走る。


「いい加減にして! 私がどんな思いでここまで来たと思ってるの!?

あんたが弱いから、私がヒーローになったのよ!」

『……それが本音なんだね』


風が止まり、右光環ライトアークの光がゆらりと揺れる。

今にも消えそうに――。


「……穢らわしい」

『……え?』

「泣いて、怒って、弱くて……そんな存在、私の中に必要ない!

あんたなんか、いなくなればいい!!」


右光環ライトアークが悲鳴のような音を立てて砕けた。

破片が宙に散り、空気がひび割れる。


『……そっか。

なら、勝手にひとりで戦えばいいよ。

でも忘れないで。

わたしを殺すたびに、あなたの中の光も死ぬんだよ』


風が吹き抜け、ミレイの声が途切れた。

世界から音が消える。


ミラの右腕が力を失い、銃が地面に落ちる。


ノクス「――拍子抜けだな。名前ばかりのヒーローってわけか。

“最強格の新星”“奇跡の再現者”……笑わせるな。

結局お前も、あの夜のコウイチと同じだ。

祈ることしかできずに、闇に呑まれた」


ミラ「黙れぇぇぇっ!」


残った左光環レフトアークが暴発する。

だが刃のような腕に弾かれ、逆に自分の身体を焼いた。


ノクス「終わりだ、“光の片翼”。

片方を捨てた光に、未来などない」


腕刃が閃き、地面が抉れる。

衝撃波が走り、ミラの体が吹き飛んだ。

背中を叩きつけられ、瓦礫の上で血が滲む。


「……ミレイ……」

胸の奥で、かすかな声が揺れた。

『――また捨てたね』


ミレイは、あの日のまま――五歳の姿をしていた。


ノクスが無感情に腕を掲げる。

その動きは、まるで儀式のように静かだった。


ノクス「親子二代――これで光の継承は絶える」


蹴撃が放たれ、ミラの身体が宙を舞う。

崩れた壁に叩きつけられ、光が一瞬だけ閃いて消えた。


瓦礫の下、ひび割れた左光環レフトアークだけが、わずかに脈打っていた。

まるで――泣いているように。


ミラの瞳がかすかに揺れた。

世界の輪郭がにじみ、音が遠のいていく。

光も闇も、すべてがゆっくりと溶けて――

視界が、暗く沈んでいった。



断章:片翼おろかなるもの鎮魂歌レクイエム


……どうだ? 苦しかろう。

光を掲げたその腕は、もう動かぬか。


見ろ――その胸の炎も、今や灰。

泣くことを忘れた英雄よ、

それでも、痛みは消えぬものだ。


ああ、哀れだな。

愛にすがり、祈りにすがり、

それを誇りと呼んだ“光の子”。


だが、世界は覚えている。

光が消えれば、闇が生まれる。

それだけのことだ。


お前が失くした“片翼”は、

泣くことを選んだ。

そして――泣けぬ方が、闇の底に沈んだ。


ほら、耳を澄ませ。

この沈黙こそ、救いのかたち。

祈りは滅び、奇跡は終わる。

その静けさを、幸福と呼べ。


……眠れ、光の残り火。

闇はやさしい。

すべてを奪い、すべてを赦す。


いずれまた――

お前の涙が、我らの海に還る日まで。



🕊 次回予告


第2話 光の園で


朝の光が差し込む保育園。

笑い声が響くなか、今日もみんなで紙芝居の時間です。

やさしくて、どこかふしぎな子どもたちの日常。



✒️作者コメント


このシリーズは、一話ずつでも読めるように書いています。

けれど、いくつかの物語を重ねると――

“園の正体”が、すこしずつ見えてくるはずです。


あなたは、どの回で気づくでしょうか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る