第3話 迷いの書架
図書館の奥へ進むほど、空気は静かで冷たくなり、床の木目はまるで深い闇の川のように見えた。アオイは光る本を抱えながら歩いた。
「本当に大丈夫……?」小さく呟くと、答えはない。だが、どこかから微かな呼吸の音が聞こえてくるような気がした。
角を曲がると、見たこともない書架が現れた。背の高さは天井を超え、棚の隙間から薄い光が漏れている。ページをめくると、文字が生き物のように蠢く。
アオイはふと足を止めた。光の中に、まるで自分の影のような存在が立っているのだ。
それは、彼女自身の心の一部――怖れや不安、自己嫌悪の象徴のようだった。影は口を開き、言葉を発した。
「また逃げるの?どうせあなたは変われない……」
アオイの胸がぎゅっと締め付けられ、思わず後ずさる。これまでの人生で何度も感じた無力感が、一気に押し寄せたのだ。
「違う……私は変わりたい!」アオイは強く叫ぶ。手に持つ光る本が一瞬輝きを増し、影の形をゆがませた。
「でも……怖い……」小さな声が漏れる。
影は嘲笑うように近づいてくる。文字通り、自分の恐怖と向き合う瞬間だった。
そのとき、守り手の声が静かに響いた。
「恐れることは悪くない。大事なのは、恐れに支配されずに前に進むことだ」
アオイは深く息を吸い込み、手を差し伸べた。
「私は、私の物語を生きる!」
影は一瞬迷ったように立ち止まり、そしてゆっくりと溶けるように消えていった。代わりに棚の上の光るページが温かく輝き、心地よい風がアオイの頬を撫でた。
振り返ると、書架の奥には、まだ手に取っていない本が無数に並んでいる。ひとつひとつが、彼女の未知の感情や選択を映し出すページだった。
アオイは微笑む。迷いながらも、今なら進める。恐れも、不安も、悲しみも、すべて自分の物語の一部なのだと理解できたからだ。
「ありがとう……」守り手に向かって小さく呟くと、彼は微笑みだけで答えた。
その夜、図書館の中でアオイは初めて、自分の物語を自分の手で紡ぐことを決意した。
ページを開くたびに、星屑が舞い、文字は彼女の心に寄り添う。迷いの書架はもはや怖くない。むしろ、未知の自分と出会える場所となったのだ。
夜空に浮かぶ星を映した窓の向こうで、銀色の光がゆっくりと回る。
アオイはページをめくりながら、未来への一歩を踏み出す。
そして、静かに決めた。
「私は、私の物語を最後まで書く――たとえどんな困難が待っていても」
図書館の奥深くで、光る本が微かに輝き続けた。星屑の風に包まれ、アオイの心は確かに変わり始めていた。
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