「星降る図書館の秘密」

@star_library

第1話 夜の扉

夜の街角に、ひっそりと光る小さな建物があった。

古びたレンガの壁に、ぼんやりと灯るランプ。その上には、かすれた文字で「星降る図書館」と書かれた看板が揺れていた。


「……図書館?」

アオイは小さく呟き、立ち止まった。昼間の賑やかな通りから一歩入ると、そこだけ時間が止まったように静かだった。友達に聞いても、誰もその存在を知らないと言う。


引かれるようにアオイは扉に手をかけた。重い木製の扉は、まるで彼女を迎え入れるかのように静かに軋み、開いた。


中は予想より広く、天井まで届く本棚がずらりと並んでいる。空気は紙の匂いと、少しだけ星の香りのような甘さが混ざった独特の香りで満ちていた。アオイが足を踏み入れると、床の木目が光を反射して、まるで星空の上を歩いているように見えた。


本棚の間を歩いていると、ひときわ光を放つ一冊の本が目に入った。ページから淡い光が漏れ、まるで生きているかのように震えている。アオイはそっと手を伸ばした。触れると文字が柔らかく輝き、彼女の胸に直接語りかけるようだった。


「これは……私の物語?」

文字は、まだ誰も見たことのない未来を描き出していた。読むほどに、胸の奥が高鳴り、呼吸が重くなる。


その瞬間、ページの光が弾け、アオイの周りに小さな星屑が舞い上がった。図書館の天井が溶けるように消え、彼女の視界は夜空に変わった。無数の星が瞬き、銀河がゆっくりと回っている。


「ここ……どこ?」

恐怖とも興奮ともつかない感覚に体が震える。だが、恐ろしいわけではなかった。どこか懐かしい、遠い昔に聞いたことのあるような声が、心の奥から囁く――

「アオイ、よく来たね」


声の方を見ると、星屑の中に、誰かが立っていた。人のようでいて、人ではない――光と影でできた少年の姿。瞳は星空そのもので、見る者の心を映すように光っている。


「……あなたは?」

「私はこの図書館の守り手さ。君が読むべき本を導く者」

少年は微笑んだ。その笑顔には、どこか切なさと優しさが同居していて、アオイは胸が熱くなるのを感じた。


「読むべき本……?」

「そう。この図書館には、誰も知らない物語が眠っている。君の心に触れるものだけが、ページを開くことができるんだ」


アオイは目を丸くした。ページの文字は、確かに自分の心に語りかけていた。けれど、この場所は……現実なのか、夢なのか、まだわからない。


「一冊だけじゃない……?」

「君が望む限り、いくつでも。だが、気をつけるんだ。本は時に、読む者の心を映しすぎて、離れられなくなることもある」


アオイはそっとページを閉じた。光は落ち着き、図書館は元の静けさを取り戻した。

けれど、胸の奥にくすぶる高揚感は消えなかった。ここに来た意味――それは、自分自身の物語と向き合うため。


「……私、読んでみたい」

アオイは決意を胸に、再び光るページに手を伸ばした。その瞬間、星降る図書館の夜は、静かに息を吹き返した。

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