【掌編集】煙草と花束、魔女と珈琲

しろさば

煙草と花束

 文月しちがつのとある平日。摂氏三十七度の外気の中を、鼻歌まじりで歩く青年が一人。

 彼はまず花屋に立ち寄り、予約した物を受け取った。それからコンビニで煙草マルボロを一箱調達して、胸ポケットに忍ばせる。

 思い人が眠りについたのは、去年秋のこと。

 出会ったのは高一の夏。夏期講習をサボって、廃ビルの屋上で煙草を吸っていたら、「感心しないなぁ、少年」と声をかけられた。にひひ、と揶揄う笑み。赤い唇の隙間から、小粒の真珠のような白い犬歯がのぞいていて——、一目惚れだった。

 彼が目的地である外人墓地に辿り着くと、そこには蕩けるような銀髪をウルフカットにした美女が立っていた。出会った頃から衰えることのない美貌に目を細めながら、両腕で抱えた赤い薔薇の花束を差し出し、口を開く。

「結婚してください」

 美女は困ったような笑みを浮かべ、慣れた手付きで彼の胸ポケットから煙草を奪いとった。箱を開けて一本取り出し、火を付けて、一服。

「毎年よくやるねぇ、少年」

「もう少年ガキじゃないです。今年で入社五年目。稼ぎもそこそこ。貯金もあります」

「私からしたらまだ少年コドモだよ……。てゆーか君、仕事は?」

「有休です。早めの夏休みを二週間」

 はー、と寒がりの吸血鬼は炎天下の虚空に向かって紫煙を吐き出し、頭を抱える。

「なんでこんなことになっちゃったかなぁ」

「諦めてください。ほら、行きますよ。とりあえずスーパー銭湯。その次はビアガーデン。プールなんかもいいですねえ。水着見に行きましょうよ」

 思い人の手を引いて、彼は歩き出す。バカンスははじまったばかりだ。

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