レモン・イエローは意地を張る

「うわあ、やったあ、煙水晶だー!」

 チャコールは歓声を上げた。胸元で翡翠の指輪のペンダントが、キラリと光る。

 ここは三層「乳白の層」。

 二層の真下に位置する、鍾乳石に囲まれた、神秘的な場所だ。ヒカリゴケや蛍光キノコがそこかしこに息づき、ほのかに洞窟内を照らしている。

「すべらないように気をつけてね」

 レモンが言った矢先、「おっとお!」とカーマインが足を滑らせる。その勢いでジャンプし、無事着地した。

「セーフ!」

「危なっかしいわね……」

 レモンは笑う。危なっかしいと言いながらも、その目からはカーマインを信頼しているのがわかる。

 チャコールは違う。数日前にレモンに言われたことを思い出す。

 ――あなたはもう少し、慎重さを学びなさい。

 ――足を引っ張るくらいなら、なにもしないでほしいんだけど。

 はあーとため息をつき、首を振る。

 もっと信頼してほしい。

 もう少しだけ、好きにさせてほしい。

 そう思うのは、わがままだろうか。


 鍾乳石を拾っていると、ボタッと何かが落ちてきた。

「ひゃっ!」

 スライムだ。乳白スライムと呼ばれる、この層に特有の、乳白色に濁ったスライム。

 こいつにかじられると皮膚が溶けてしまう。チャコールは一歩下がり、背中の剣を抜き、両手で構えた。

 が。

「蒼天を裂き、深き光の奔流よ、我が掌に集い、虚空を貫け。炎と風の舞い、全てを一つに――ルミナ・フレア!!」

 レモンの高速詠唱と同時に、火球が飛んできて、スライムを直撃した。

 スライムはしゅるると縮み、あわてたように洞窟の奥へ逃げて行く。

「大丈夫?」

 レモンがいつの間にか後ろに立っていた。

「あ、ありがとう」

 チャコールはお礼を言う。

 ――でもあたしも、追い払おうとしてたんだけどな。

 ちょっと、新しい剣を、三層で試してみたい気持ちもあるのだ。

 けれど、気を利かせてくれているレモンに、そうとは言いづらかった。

「乳白スライムは鍾乳洞の中だと見づらいから、気をつけてね」

 レモンが言う。

 それくらいは知ってるけど――

 チャコールは「うん、わかった」と笑った。


「おわあっ!」

 カーマインの叫び声に二人はハッと振り向いた。

 すぐにレモンが飛び上がり、カーマインの声の方へ飛ぶように走って行く。

 チャコールもあわてて後を追う。

「――うわっ」

 カーマインが対峙している相手を見て、チャコールは思わず声を上げた。

 乳白色の、大きなイモムシのような生物が、首をもたげてカーマインを狙っている。顔?の真ん中にパカッと丸い穴のような口が開き、中にびっしり生える歯が見えた。

「ずいぶん大きなミルキーワームね……」

 レモンの顔も少しひきつっている。

「燃え上がれ!紅蓮斬ぐれんざん!」

 カーマインは赤い炎を剣にまとわせ、切りかかった。

「おりゃあ、ぶった斬ってやるー!!」

 チャコールも大剣を振りかざして飛びかかる。

「蒼天を裂き、深き光の奔流よ、我が掌に集い、虚空を貫け。炎と風の舞い、全てを一つに――ルミナ・フレア!!」

 レモンの詠唱とともに、火球がミルキーワームを襲う。

 と。

 ミルキーワームが身体をくねらせ、火球を弾き飛ばした。

「あっ!」

 チャコールは、飛んできた火球をあわててよける。

「おっと!」

 カーマインは、飛んできた火球を剣で弾き返した。

「なっ――駄目!」

 レモンの声に焦りが混じる。しかしすぐ冷静な声で、

「生命の母、全ての大地よ。その腕をもって、我が同胞はらからを守り抜け。ロックウォール・プロテクト!」

 聞き覚えのない詠唱を行った。

 途端。カーマインとチャコールの目の前に、鍾乳石の壁がそそり立った。

 守護魔法だ、とチャコールは気づく。レモンは魔法で防護壁を張って、チャコールとカーマインを隔離したのだ。

 カーマインが叫ぶ。

「レモン、これじゃあ動けな――」

「わたしに任せて!」

 レモンは詠唱を続ける。

「大地よ乾け、風よ吹け。灼熱の光をもって、水を、潤いを、命を奪え。エアロ・デハイドレーション!」

 その声が少しかすれていることに、チャコールはふと気づいた。

「レモン、やめて!これ解いて!」

 あわてて叫ぶ。

「大丈夫!これはわたしの責任だから!」

 レモンは聞く耳を持たない。

「は!?何がだよ!!おい!!――ったく」

 カーマインはふっと「しっかたねえなあ」と笑い、

「打ち壊せ!大黒岩大剣ブラックロック・グレートソード!!」

 叫び声とともに切りつけた。

 鍾乳石の防護壁に亀裂が入り、ガラガラと崩れる。

 チャコールは、ハッと目を見張った。

 崩れる壁の向こうで、ミルキーワームの吐いた液体が、レモンに直撃したのだ。

 レモンはその勢いで鍾乳石に叩きつけられる。悲鳴が上がる。

「レモン!!!!」

 チャコールは夢中で叫び、駆け寄る。

 ミルキーワームの吐く粘液には腐食性がある。このままではレモンが大やけどを負ってしまう。

「うっ……光よ、黄金色の手を……差し伸べよ。この肉体の……傷を癒やせよ……」

 レモンは震える手で杖を握り、途切れ途切れに回復魔法を詠唱し、自分の怪我を治そうとしている。

 無茶だ。余計に体力を消耗してしまう。

「レモン、これ!」

 チャコールはカバンからありったけの回復薬を出し、レモンに飲ませようとするが、レモンは首を振った。

「駄目、それはとっておいて」

「でも……」

「あなたのでしょう、わたしは、大丈夫だから……」

 無理に笑うレモンの頬から首、胸元にかけて焼けただれ、赤い肉が見えている。

 とても大丈夫には見えない。

 チャコールはしかし、これ以上何と言って説得すればいいのかわからず、泣きそうになる。

 と。

「バーカ」

 カーマインが来て、レモンの持つ杖をパシッと取り上げる。

「ちょっと……」

 レモンが抗議しようと開いた口を、乱暴に手でふさぐ。

「まあいいから黙ってろって」

 カーマインの優しい声。剣を地面に立て、

「癒せ、神癒の剣ホーリー・ヒール・ソード

と唱える。

 淡い光が剣を包み、レモンの傷へと吸い寄せられていく。

 カーマインの回復魔法だ。

 レモンの回復魔法ほどには強力ではないが、目の前で、確実にレモンの傷が癒えていく。

 チャコールは、ホッと息をつくと、顔を上げてミルキーワームを見据えた。

 ミルキーワームは、ゆっくりズルズルと、こちらに向かって這ってきている。

「チャコ、やれるな?」

 その声にハッと振り向くと、カーマインがこちらを見て、ニッと笑った。

 チャコールの全身に力がみなぎる。

「うん!!」

 チャコールは大剣を構えて、

「このー、真っ二つにしてやるー!!!!」

 ミルキーワームに飛びかかった。

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