第一章 はじまりの青

二年前〜チャコール・グレイ〜

チャコール・グレイは剣と出会う

「スライムだ!!」

 カーマインの叫び声にチャコールは、剣を構えつつ振り向いた。

 つらなる鍾乳石の向こうに、巨大な白い影がぬっと立ち上がる。

「乳白スライムよ。かなり大きいわ、気をつけて」

 レモンが言う。チャコールの体に緊張が走る。


 チャコール・グレイは17歳。

 この島――群青ヶ島に住む少女だ。

 ここは群青ヶ島にある巨大な洞窟、通称「青脈洞」。

 中は深く縦穴になっており、何層かに別れている。

 

 チャコールらはこの洞窟の三層、「乳白の層」にいた。

 普段は二層「薄墨の層」で鉱石掘りをすることが多いのだが、今日は、島の外から留学生として来ている少女――レモン・イエローの案で、少し深くまで潜ることにしたのだ。

 この洞窟は、層によって採れる鉱石が異なる。

「乳白の層」では、他国では禁止されている鍾乳石が、制限なく採れる。それに、運が良ければレアな「白夢晶」が見つかるかもしれない。

 ただ――

 深い層に潜るということは、それだけ、強い魔物に遭遇する可能性があるということだった。


「燃え上がれ!紅蓮斬!」

 カーマインが叫ぶ。彼の剣が一瞬で赤い炎をまとう。そのまま乳白スライムに突っ込んでいく。

「深き光の奔流よ、我が掌に集え」

 レモンが詠唱を始める。レモンの手の中に赤い光が灯り、みるみる杖をつたっていく。「炎と風の舞い、全てを一つに、ルミナ・フレア!」

 杖の先から火球が飛び、乳白スライムに命中する。

 ――すごい。

 チャコールは思わず見惚れてしまう。

 ――あたしだって!

「とりゃああああ!」

 チャコールは剣を振りかぶって、隙ができた敵に飛び込んで行った。

「わっ!」

 鍾乳石の床に足が滑る。

 そのまま倒れ込むように転ぶ。剣を頭上に掲げたまま。

「チャコ、危ねえ!」

 カーマインが叫ぶ。

 チャコールの剣は、スライムの身体をとらえ――

 鍾乳石の地面に振り下ろされ――

 ガキン!と嫌な衝撃が腕から肩に響いた。

「……あ」

 剣は真ん中で折れていた。

 チャコールの全身から血の気が引く。

 傷ついた乳白スライムはゆっくり向き直り、迫ってくる。

 チャコールを飲み込もうと、ぬらっと身体を広げ――

「蒼天を裂き、深き光の奔流よ、我が掌に集い、虚空を貫け」

 レモンが詠唱をはじめる。さっきより長い。さっきは詠唱を省略していたのだとチャコールは気づく。それにしてもとてつもない早口だ。

 「炎と風の舞い、雷鳴の囁き、全てを一つに――ルミナ・フレア!!」

 さっきより巨大な火球が立て続けにスライムを襲った。

 強い衝撃が洞窟を、鍾乳洞を揺さぶる。

「あわわ……あっ!」

 チャコールの体は地面を滑り、

「うわああーっ!!」

 火球が空けた穴に吸い込まれるように落ちていった。

「チャコー!!」

 カーマインの叫び声が響く。

 あー、レモンが苦い顔で首を振ってる姿が目に浮かぶなあ、と、チャコールは落ちていく中、思った。

 また怒られるかなあ……。


 レモン・イエローはよく怒る。

「今の動くべきところだったわよね?」

「どうして余計なことしたの?」

 まあ、たいてい、というかいつも、レモンが正しい。

 頭が良くて、機敏に動けて、難しい詠唱魔法をたくさん知っている。レモン・イエローは本当に優秀な魔法学生だった。

 レモンはカーマインにも時々怒る。カーマインが一人で突っ走った時などだ。でも、チャコールに怒ることの方が、圧倒的に多い。

 チャコールが魔法を使えないからだろうか。

 気の利いた動きができないからだろうか。

 レモンが島に来る前は、時々カーマインとも洞窟を探検したが、基本は一人だった。レモンが来てから、カーマインがチャコールをよく誘うようになった。

 一人より、みんなと探索した方が楽しい。

 それに、レモンはチャコールの知らないことをたくさん知っている。鉱石の見分け方や、魔石の使い方など。

 だから、チャコールは、レモンには感謝している。


「……いてて」

 チャコールは、ゆっくり身を起こす。

 チャコールが落ちたのは小さな池だった。四層――水縹みはなだの層には、小さな池や川がところどころにあり、ゆっくりと洞窟の奥に向かって流れている。

「……きれいだなぁ」

 チャコールはしばしうっとりと、水面を眺める。水はほのかに発光し、美しい水色に輝いている。

「……あれ?」

 チャコールは、その水の中に、何か白いものを見つけた。

「なんだろう……」

 手を伸ばして触ってみる。硬く、大きく、長そうだ。

 思い切って引っ張ってみる。

「ううん……しょっと!」

 ずるっと抜けたそれを、チャコールはポカンとして見つめた。

「……剣……?」

 それは白く淡く輝く、剣だった。

 見たこともないほど美しく滑らかな、石製のずしりと重い、大剣だった。

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