第2話 運命の境界

1. 覚醒の瞬間、剣と魔法の呼び声


 俺、佐藤悠真の足元で、地面が揺れる。公園のベンチはもうなく、代わりに苔むした岩と、湿った土の匂いが鼻をつく。見上げると、空は紫がかった夕暮れ、遠くで鳥とも獣ともつかぬ鳴き声が響く。美咲──いや、リアの手はまだ俺の腕を握っていて、その指先は現実のものより力強い。彼女の青いローブが風に揺れ、瞳は魔法の粒子を宿したように輝いている。


「悠真、しっかりして。ここが本当の世界よ」


「本当の……世界?」


言葉が喉に引っかかる。頭の中はまだ混乱の渦だ。さっきまでいた高校、教室、桜並木の坂道。それが全部「偽り」だっていうのか? でも、肩の傷がズキズキと痛む。この傷は、ドラゴンの爪が掠めたあの瞬間──夢だと思っていた戦いの証だ。リアが俺の肩に触れると、傷口が熱を帯びるように疼く。


「これ、覚えてる? ドラゴンの巣窟での戦い。君が盾になってガルドを守ったときの傷よ」


「ガルド……あの戦士か。ってことは、あの夢──いや、あの戦いが……」


リアが頷く。彼女の声は静かだが、どこか切実だ。


「そう。あの戦いは現実だった。君は『ヴァルハラの英雄』、悠真・ヴァルハラ。この世界で、君は影獣やドラゴンと戦ってきた。でも、数ヶ月前、君は大怪我をして意識を失った。魔力の暴走で、君の魂が現実と幻想の狭間に閉じ込められたの。『高校生活』は、君の心が作り上げた逃避の夢よ」


俺は息を飲む。高校生活、母さんのトースト、美咲の笑顔──全部、俺の脳が作り出した幻想? でも、リアの言葉には妙な説得力がある。だって、夢の続きが毎晩のように繋がってるなんて、普通じゃない。ステータスウィンドウが視界の端でチラつく。そこには、確かにこう書かれている。


【悠真・ヴァルハラ / 冒険者ランクC】

【スキル:ファイアマジック Lv.3 / ソードマスタリー Lv.2】

【HP: 115/120 / MP: 75/100】

【状態:覚醒同期中 - 78%】


「覚醒同期中……って何だよ、これ」


「君の意識が、この世界に再接続してるの。完全に目覚めるには、もう少し時間が必要。でも、悠真、時間がないの。ドラゴンの巣窟、覚えてるよね? あそこはまだ終わってない。あのドラゴン、『紅蓮の災禍』は、この大陸を焼き尽くす力を持ってる。私たちが止めないと、街が──いや、世界が危ない」


リアの声に、俺の胸が高鳴る。現実か幻想かなんて、今はどうでもいい。この血が沸騰する感覚、剣を握る感触、仲間と共に戦う興奮──これが俺の本能だ。俺は立ち上がり、腰に差した剣の柄に触れる。革鎧が体に馴染み、まるでずっと着ていたかのようだ。


「よし、行くぞ。ドラゴンの巣窟、続きだ。リア、お前も一緒だよな?」


彼女の顔に、初めて見るような強い笑みが広がる。


「もちろんよ、悠真。君の側にいる。それが私の役目だから」


彼女が指を鳴らすと、空気が揺れ、青い光の粒子が彼女の手元に集まる。魔法の杖が現れ、その先端には水晶が輝いている。リアの姿は、確かに美咲の面影を残しつつ、どこか別人のような気高さがある。俺は一瞬、胸が締め付けられるような感覚を覚える。こいつが、俺を追って境界を越えたって……どういう意味だ?


「行くぞ、リア。ガルドはどこだ?」


「彼は街のギルドで待ってる。さあ、急ごう!」


2. 再会と新たな戦いの序曲


森を抜け、石畳の街へ。さっき夢で見た──いや、現実のこの街だ。建物は石と木でできた中世風、屋根には魔力で光るタイルがちらほら。通りには獣人の子供が走り回り、エルフの商人が果物を売り、魔法使いが宙に浮かぶランプを調整している。空気には甘い魔力の匂いが漂い、俺の鼻をくすぐる。ステータスウィンドウが、視界の端で更新される。


【覚醒同期率:85%】


街の中心にあるギルドホールは、木造の大きな建物だ。扉を押し開けると、酒と汗、革の匂いが一気に押し寄せる。カウンターでは、金髪の受付嬢が書類を整理している。彼女が俺たちを見つけ、微笑む。


「悠真さん! お帰りなさい。意識を取り戻したって聞いて、びっくりしましたよ!」


「お、おう。なんか、色々あったみたいで……」


俺が言葉を濁すと、奥からドカドカと重い足音が響く。見ると、巨漢の戦士──ガルドだ。革の胸当てに、でかい戦斧を背負ってる。赤毛の髪と髭が、まるで炎みたいに目立つ。


「お前、悠真! やっと目ぇ覚ましたか! ったく、寝坊助が! ドラゴンの仕事、ほっぽって昏睡とか、ふざけんなよ!」


ガルドの豪快な笑い声に、ギルド全体が振動するみたいだ。俺は苦笑いしながら、拳を軽くぶつける。


「悪いな、ガルド。なんか、変な夢見てたみたいでさ」


「夢? ハッ! お前が高校生だかなんだかって話か? リアから聞いたぜ。笑える! お前がそんな軟弱な生活送れるわけねえだろ!」


ガルドが肩を叩いてくる。その力が強すぎて、俺はよろける。リアがくすくす笑いながら、間に入る。


「ガルド、悠真はまだ完全に同期してないの。少し優しくしてあげて」


「チッ、わーったよ。で、悠真。ドラゴンの偵察クエスト、続きだ。準備できてるか?」


俺は剣を抜き、刃を確認する。ステンレスじゃない、魔力を帯びた黒鉄の剣だ。手に馴染む感覚が、まるで体の一部みたいだ。ファイアマジックの詠唱も、頭に自然と浮かぶ。


「準備万端だ。行くぞ」


ギルドの奥で、地図が広げられる。ドラゴンの巣窟は、街から北へ数キロの森の奥。そこには「紅蓮の災禍」と呼ばれる古代龍が潜んでいる。目的は、その動向を探り、可能なら弱点を突くこと。報酬は金貨200枚と、ドラゴンの鱗。失敗すれば、街が焼き尽くされる。


「リスク高えな……でも、燃えてきたぜ」


俺の言葉に、ガルドがニヤリと笑う。


「それでこそ、俺たちのリーダーだ!」


リアが地図を指さし、作戦を補足する。


「ドラゴンは炎属性の魔法を多用するけど、氷と水に弱い。私と悠真で魔法を連携させて、ガルドが正面から引きつける。悠真のファイアマジックは牽制用に使って。無駄にMPを消費しないでね」


「お前、まるで俺のステータス知ってるみたいだな」


リアが一瞬、目を逸らす。彼女の頰が、ほんのり赤い。


「そ、それは……君の仲間だもの。知ってるに決まってるでしょ」


なんか、誤魔化してる? まあ、今はそんなこと考えてる場合じゃない。俺たちは装備を整え、馬を借りて森へ向かう。夕暮れの空が、だんだん暗さを増していく。


3. ドラゴンの巣窟、炎と血の戦場


森は静かだ。いや、静かすぎる。鳥の声も、虫の音もない。空気は重く、魔力の密度が濃い。ステータスウィンドウが、警告を点滅させる。


【警告:高位魔獣の気配検知】

【覚醒同期率:92%】


「近いな……気をつけろ」


俺の声に、ガルドが斧を構え、リアが杖を握りしめる。木々の間から、熱気が漂ってくる。地面が微かに震え、遠くで低いうなり声が響く。ドラゴンだ。


「悠真、準備は?」


リアの声に、俺は頷く。掌に魔力を集め、詠唱の言葉を紡ぐ。


「炎よ、我が手に宿れ──ファイア・ボルト!」


小さな火球が、森の奥へ飛ぶ。木々が燃え、闇を照らす。その光の中に、巨大な影が動く。赤い鱗、燃えるような瞳、翼から滴る溶岩のような液体。紅蓮の災禍──その姿に、俺の全身が震える。怖え。でも、もっと強いのは、血が沸騰するような興奮だ。


「ガルド、突っ込むぞ! リア、援護!」


「おうよ!」


「任せて!」


ガルドが咆哮を上げ、斧を振り上げてドラゴンに突進。俺は横から剣を抜き、炎の魔法を重ねる。リアの氷の矢が、ドラゴンの翼を凍らせ、動きを鈍らせる。戦いは一瞬で白熱する。ドラゴンの炎のブレスが森を焼き、木々が爆ぜる。俺は剣で鱗を切りつけながら、MPを節約しつつ火球を放つ。


【HP: 108/120 / MP: 60/100】


「くそっ、硬え!」


ガルドの斧が、ドラゴンの脇腹に食い込むが、浅い。リアが叫ぶ。


「悠真、弱点は喉元! そこを狙って!」


「了解!」


俺は木の根を蹴って跳び上がり、剣に魔力を込める。ファイアマジックとソードマスタリーが融合し、刃が赤く輝く。


「喰らえ! フレイム・スラッシュ!」


剣がドラゴンの喉を切り裂き、血が噴き出す。咆哮が森を震わせ、ドラゴンがのけぞる。だが、反撃も速い。尾の一撃が俺を薙ぎ払い、地面に叩きつけられる。痛みが全身を走る。


【HP: 85/120】


「悠真!」


リアの声。彼女が氷の結界を張り、ドラゴンの次のブレスを防ぐ。ガルドが隙をついて斧を振り下ろす。俺は立ち上がり、息を整える。この戦い、負けられない。街のため、仲間のため──そして、俺自身の運命のために。


4. 境界の真実、リアの告白


戦いは長引く。ドラゴンの動きが鈍り、俺たちの攻撃が少しずつ効いてくる。だが、MPが底をつきかけ、疲労もピークだ。ステータスウィンドウが、ついに更新される。


【覚醒同期率:100%】

【状態:完全覚醒】


その瞬間、頭に電流が走るような感覚。記憶が、洪水のように流れ込んでくる。ギルドでの冒険、仲間との笑い声、ドラゴンとの戦い──そして、リアの涙。数ヶ月前、俺が魔力暴走で倒れたとき、彼女が俺の手を握り、叫んでいた。


「悠真、死なないで! 私には、君が必要なの!」


その記憶が、俺の心を突き動かす。俺は叫ぶ。


「リア、ガルド! 最後の一撃だ!」


リアが杖を高く掲げ、氷の魔法を最大出力で放つ。ガルドがドラゴンの足を叩き潰し、動きを止める。俺は最後のMPを全て注ぎ込み、剣に炎を宿す。


「ファイア・ストーム!」


炎の渦がドラゴンを飲み込み、咆哮が途切れる。巨体が倒れ、森が静寂に包まれる。勝利だ。ガルドが雄叫びを上げ、リアが駆け寄ってくる。


「悠真、よくやった!」


彼女の抱擁は、温かくて、どこか懐かしい。美咲の笑顔と、リアの涙が重なる。戦いの後、俺たちはドラゴンの鱗を剥ぎ、街へ戻る。だが、俺の頭にはまだ疑問が渦巻く。


「リア、お前……なんで俺を追ってきた? なんで、こんな危険なことまで」


月明かりの下、リアが立ち止まる。彼女の青い髪が、風に揺れる。


「悠真、君は私の英雄だから。君が昏睡状態に陥ったとき、君の魂がこの世界から離れていくのを感じた。私は、君を失いたくなかった。だから、魔法で境界を越えた。君の意識に潜り込み、『美咲』として君を守ろうとした。でも、君の心が強すぎて、幻想が現実より強くなってしまったの」


「それって……お前、俺のためにそこまで?」


「うん。君は、私の全てだから」


彼女の声が震える。俺は、言葉を失う。リアの──美咲の想いが、胸に突き刺さる。高校生活のあの笑顔、からかうような目、全部、彼女の愛だったのか。


「リア、俺……」


「いいの、悠真。今は、君が戻ってきてくれた。それで十分」


彼女の手が、俺の手を握る。その温もりが、本物だ。ステータスウィンドウが、最後のメッセージを表示する。


【クエスト完了:紅蓮の災禍 討伐】

【報酬:金貨200枚、ドラゴンの鱗】

【新たなクエスト:失われた記憶の追跡】


俺は笑う。この世界が現実でも、夢でもいい。リアとガルドがいる。冒険が待ってる。それが、俺の運命だ。


──第二章 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る