第2話 いじめ

 ただでさえ憂鬱な週明けの教室に入ると、一昨日一緒に祭りに行ったクラスメイトが、私と関わるのを露骨に避けているのが分かった。

「おはよう、二人とも。一昨日はごめんね、一緒に帰れなくって」

 結局二人は私がアルトラと話している間に帰ってしまっていたようで、あの後しばらく探し回ってから自転車置き場に向かったが、そこに二人の自転車はなかった。

「別に、気にしてないよ」と言ってはくれたが、二人とも明らかに不快そうに―—いや、関わりたくなさそうにしていた。

 その後も二人は一緒に移動教室に向かったり、昼休みに一緒にいる事に対して、言葉でダメだとは言わなかったが、一切話を振られなかったし、些細な事ではあるが、お花摘みにも誘ってはもらえなかった。


『そりゃ、そうだろ』

『だからいじめられてたんだよ、あの子は』

『昔から空気が読めない子だったから』


 いじめられたり、無視されたりするのには慣れている。

 けれど、中学生になってまでこんな事で無視されるとは思っていなかったというか、正直二人にはアルトラがどんな人だったかを聞かれるものだと思っていた。

 皆にとってアルトラという存在は、関わってはいけないなのだろう。


『ただでさえ本人が暴力的なのに、アレに関わるとあいつらにまで目を付けられるし』

『それで、いじめから助けてもらったっていう子ですらアレには関わらなくなったんだ』

『なのに自分から関わるなんて、馬鹿なんじゃないか』


 クラスメイトの皆、男女問わず皆がアルトラの噂や、私が過去に受けた噂の話をしているのが、よく聞こえた。



 火曜日には、台風14号の接近の影響か、それなりに激しい雨が降っていた。

 定刻より少し遅れて始まった帰りのホームルームで、先生は何故だか少し嬉しそうに教卓に立ち、皆に宣告した。

「明日は、警報解除まで自宅待機で、昼まで警報が出ていれば―—完全休校に、決定しました!!」

「うぉー!」と、クラスの男子達が喜びの雄たけびを上げるが、今朝見たニュースによれば、台風はこれ以上北上しないまま太平洋に抜けていく予報なので、きっと休みにはならないだろう。

 そんなホームルームが終わり、一人でいつもの時間に下駄箱に向かったはいいが、全ての部活動が今日は休みという事で、登下校口はまだ大渋滞を起こしていた。

 少し離れた場所で渋滞が緩和するのを待ってから、玄関で靴を履き、自分の傘を手に取ったところで、折れ曲がった傘を持ち灰色の空を眺めるアルトラの姿を見かけた。

「どうしたの、アルトラ君」

 私は思わず彼に声を掛けたが、彼は私に気が付くと、すぐに雨の中に、折れた傘を握ったまま走って行った。

「待って、ねえ、私の予備の傘使って!」

 そう言いながら、急いで傘を開いて彼を追い掛けて走ったが、いたずらに靴を汚しただけだった。


 そうしてその一週間はずっとアルトラを待っていたが、結局下校時間を早めた事で、アルトラにちょっかいを掛ける不良五人グループ――中には小学生の頃に私をいじめていた奴らもいる連中に、身体を触られて嫌な思いをしただけだった。

 それでも私は翌週の月曜日も、アルトラともっと話をしたくて、奴らに出くわすのを承知で、ただ彼を待った。

 それで案の定、靴を履こうとしたところで奴らに見つかって、奴らのうちの一人、同学年ではリーダー格の男に勝手に肩を組まれて、怖い思いをしているのだから、奴らも余計に面白がっていじめてくる。

「でさぁ、リン、お前アルトラとどういう関係?」

 肩を組んできた男が、顔を私の方に向けながら、恐怖で震える私の頭に手を乗せた。

「な、何もないよ、ただ一回喋っただけで……」

「それでトラとお友達になったの?」

「またイジメて欲しかったんじゃねーの?」

「じゃあ、またセンパイ呼んで裸踊りさせてやるよ、ド変態が」

「ち、ちがう……」

 ぎゃははは、と下品な笑いをする不良達は、高校生の不良とも繋がりがあり、私は昔、奴らに裸の写真や動画を撮られ、奴らはそれでお金稼ぎをしていたらしい。

 他に被害者がいるのかは知らないが、私は誰かに話せば家や学校に写真をばら撒くと言って脅されていて、その事について誰かに相談することも出来ず、小学五年生の夏休み中から中学入学直後までの二年近く、そのような性的いじめや階段から突き落とされるといったような暴力的ないじめを受けていた。

 ——嫌だ、怖い、恥ずかしい。

 あの日受けたいじめがフラッシュバックし、膝から崩れ落ちそうになった私を、肩を組む男は無理やり立たせながら、顔を近づけながら「なんなら、今ここで踊らせてやろうか?」と言う。

 それを聞いた不良達は「脱げ、脱げ」と面白がって手拍子を始める。

 登下校口を通る生徒達は、それまで関わらないように、そそくさと逃げていたくせに、そのコールを聞いて遠巻きに、横目でこちらを―—期待して見ているのが分かる。

 しかしこいつらも流石にこんなところで本当に脱がせれば大問題になると分かっているのか、動画を撮られた時の様に乱暴に衣服を脱がされるような事はないが、それでも怖くて涙が出始めた。

「ほら、スカートくらいたくし上げてみろって」

「皆も期待して見てくれてるよ?」

 言われるがまま、私は震える手で嫌々自分のスカートを掴み、それを捲り上げようとした。


「おい。」

 不良達が私のスカートに注目しているところに、背後の下駄箱の死角から、聞き覚えのある声がした。

「なんだよトラ。今からこいつがストリップショーするところなんだから、邪魔するな」

 肩を組む男は私ごと無理やり彼、アルトラの方に振り向き、ヘラヘラ笑った。

 アルトラは私達の方に上履きのまま歩いてくると、いきなりリーダー格の男の胸倉を、肩越しにも分かるほど強い力で掴み、私から引きはがしてくれた。

「お前ら、この前俺の傘折っただろ」

 胸倉を掴まれてもなおヘラヘラと笑う男を突き飛ばしながら、アルトラは更に不良達に詰め寄った。

「うわ、トラに殴られたわぁ」

「センパイにチクってやろうぜ」と不良達は笑いながら退散していき、アルトラはそれを追うわけでもなく、ただ恐怖でしゃがみ込む私を——悲しそうな目で一瞥すると、何も言わずに立ち去ろうとした。

「待って、アルトラ君……」

 足が竦んでうまく立てないけれど、私は震える声でアルトラを呼び止めた。

 するとアルトラはため息を吐いて振り返り、私が立ち上がる姿を眺める。

「やっぱり関わるべきじゃなかったんだよ、特に君は」

 そう言いながら、ゆっくりと学校の隣にある公園の方に向かって歩き始めた。


 私達は公園にある屋根付きの石製ベンチまで移動し、同じく石製の机を挟んで座る。

 影になっているおかげでベンチはひんやり冷えていて、少しの間夏の始まりの暑さを忘れさせてくれるようだった。

「ここ、涼しくていいね」

「だから昼間は爺さん達の将棋会場になってる」

「それでこんなに綺麗なんだ、正直ベンチって朽ちて苔が生えてるイメージあるから……」

「まあ、屋根はそんな感じになってるけど」

 と、まるで夏祭りの日と同じような感じで私達は話し始めた。

 しかし、ほんの数分でそんな話題が尽きると、私達は自然と真面目な顔になって、本題について話し始める事になった。

「リン、君は何故、またいじめられると分かっていて、僕なんかに関わろうとしたんだ」

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