TS転生した最強剣士、男に戻るため魔法学園へ。正体を隠して無双していたら求愛が止まらない。

藤宮かすみ

第1話『俺が美少女とか、何の冗談だ?』

「メエエェェン!」


 気合一閃、竹刀を振り下ろす。

 体育館に響き渡る俺、相川海人の野太い声と、乾いた打撃音。面の内側で汗が目に入るのも構わず、相手の中心を捉えた。完璧な一本。間違いなく、俺の剣道人生で最高の面が決まった瞬間だった。


(よし、この調子なら全国制覇も夢じゃない!)


 そんな確かな手応えを感じながら防具を外し、タオルで汗を拭ったのが、俺の「男として」の最後の記憶だ。


 次に目を開けた時、視界に飛び込んできたのは見慣れた道場の天井でも、自室のシミだらけの天井でもない。やたらと豪華な彫刻が施された天蓋付きベッドの、レースのカーテンだった。


「……は?」


 なんだ、ここは。どこかの高級ホテルか?それともまさか、誘拐?

 いやいや、俺みたいな剣道漬けの貧乏高校生を誘拐して誰が得をする。うちの親では、逆立ちしたって身代金など払えやしない。


 混乱しながら体を起こそうとして、俺は最初の異変に気づいた。


(……体が、軽い?)


 まるで羽毛にでもなったかのような、あり得ない軽さ。それに、毎日過酷なトレーニングで鍛え上げたはずの腕や足に、まるで筋肉がついていない。いや、それどころか……。


 視界の端に映るのは、自分のものとは思えない細くしなやかな指。そして胸元にかかる、月光のように滑らかな銀色の髪。


「…………は?」


 本日二度目の「は?」だ。

 状況が全く理解できない。俺はゆっくりとベッドから降り、部屋の隅に置かれた見るからに高価な姿見の前へ、ふらふらと歩み寄った。


 そして、そこに映っていたのは――。


 雪のように白い肌。大きく澄み、夜空の色を閉じ込めたかのような蒼い瞳。腰まで届き、光を反射してきらめく美しい銀髪。

 そして何より、華奢なシルクの寝間着の上からでもはっきりと分かる、豊かに膨らんだ胸。


 ――どこからどう見ても、完璧な美少女だった。


「…………誰だ、あんた」


 鏡の中の美少女が、俺と全く同じタイミングで口を開き、同じようにいくぶん低い(それでも透き通るような美声だったが)声でつぶやいた。


 ……いや、待て。落ち着け、俺。これは夢だ。そうに決まっている。昨日の練習がきつすぎて、疲れて変な夢を見ているだけだ。

 現実逃避?上等だ。

 俺は現実を確かめるべく、思い切り自分の頬をつねった。


「いっ……たぁ!?」


 鋭い痛みが走り、鏡の中の美少女も美しい顔をしかめる。

 夢じゃない。これは紛れもない現実。この、イラストレーターが本気で描いたような美少女が、俺……?


「うそだろおおおおおおおっ!」


 俺の絶叫が、静かで豪華な部屋に虚しくこだました。


 一体何がどうなっているんだ。

 俺が床にへたり込んで頭を抱えていると、重厚な扉がノックされ、一人の老人が入ってきた。


「お目覚めになられましたか、異世界の勇者よ」


「勇者ぁ!?あんた誰だよ!」


「わしはエルミール王国の宮廷魔術師、ギルフォードと申します。あなた様をこの世界へお呼びしたのは、わしでございます」


 ギルフォードと名乗る老人は、長い白髭を揺らしながら恭しく頭を下げた。

 話が全く見えない。異世界?召喚?ラノベの読みすぎじゃないのか、このじいさん。


「落ち着いてお聞きください。この世界は今、古の魔物の復活により危機に瀕しております。あなた様には、その類まれなる魂の力で我らを救っていただきたいのです……」


「いやいや、待て待て待て!話がぶっ飛びすぎだ!それより、この体はどうなってんだよ!なんで俺が女になってるんだ!」


 俺の剣幕に、ギルフォードは少し驚いたように目を見開いた。


「おお……どうやら召喚の儀式に、少しばかり不具合が生じたようでございますな。おそらく、次元を渡る際の膨大な魔力に魂が耐えきれず、肉体を再構築する段階で最も魔力親和性の高い『女性体』へと変化なされたのでしょう」


「専門用語っぽく言ってるけど、要は失敗したってことかよ!」


 なんてこった。俺の筋肉はどこへ行った。俺の、男としてのシンボルは……。

 恐る恐る股間を確認し、俺はその場に崩れ落ちた。ない。あるべきものが、ない。


「元の体に戻れるのか……?」


「ううむ……」


 ギルフォードは難しい顔でうなる。

「方法が全くないわけではございません。あなたの魂と肉体の魔力バランスは、極めて不安定。世界の魔力が最も集まる場所……『ルミナス魔法学園』で魔法の根源を学べば、あるいはそのバランスを制御し、元の肉体を取り戻す術が見つかるやもしれません」


 ルミナス魔法学園。この国で唯一、王族から平民まで、才能ある者だけが集う魔法教育の最高学府らしい。そこに、俺が男に戻るヒントがあるかもしれない、と。


「……分かった。その学園、行ってやるよ」


 藁にもすがる思いだった。このまま美少女として一生を終えるなんて、冗談じゃない。

 しかし、ここで新たな問題が浮上した。ギルフォードが気まずそうに切り出す。


「実は、学園は基本的に男女別の全寮制でして……。今のあなた様のお姿では、当然、女子寮に入っていただくことになりますが……」


「……は?」


 女子寮だと?冗談じゃない。俺の心はピチピチの男子高校生だぞ。そんなところに放り込まれたら、理性が保てるわけがない。それに、もし学園生活の途中で男の体に戻れたらどうする?女子寮に突然、裸の男が出現。社会的に死ぬ。いや、物理的に殺されかねない。


 選択肢は一つしかなかった。


「……なあ、じいさん。この体、男に見せかけることってできるか?」


 幸い、と言うべきか、この体は女性としてはかなり背が高い。170センチは優にあるだろう。顔立ちも美少女ではあるが、どこか中性的で凛々しい雰囲気もある。問題は、この主張の激しい胸だ。


「さらしのようなもので胸を潰し、男子用の制服を着れば、あるいは……」


「よし、それでいこう」


 俺は即決した。もはや、これしか道はない。


「名前はどうされますかな?異世界人だと分かると面倒なことになります故」


「カイトだ。俺は昔から、カイトだ」


 相川海人。その名前は捨てない。俺は俺のまま、男の体を取り戻す。

 こうして、俺の奇妙な学園生活の幕が上がった。

 心は男、体は女。性別を偽り、男装の麗人「カイト」として、俺は魔法学園の門をくぐる。その先に、とんでもない出会いと運命が待ち受けているとも知らずに。


(絶対、男に戻ってやるからな……!)


 固く、固く、俺は心に誓った。胸の膨らみをさらしでギリギリと締め付けながら。地味に痛い。初日から前途多難だ。

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