第2話
待て待て、醜い醜いと俺はみんなに虐められてきたんだぞ!? 怪我をした踊り子も俺のことをいじめてきたし確かに好きではないが、それでも自ら中心で踊ることを避けていたのに怪我なんかさせるものか!
くそおおっ、踊り子集団全員がグルで俺のせいにしたのか!!
と言うかこの男はなんなんだ、九頭杜にも手を出してないだろ! 俺が醜く、下手だからこの男も俺を無視していたな。この頃は踊り子の数が足りなかったから仕方なく俺を起用したんだろう。
「えっと……俺は何もしていな——」
「とぼける気か? この子が泣いているのが見えないとでも?」
九頭杜に視線を移してみるが、彼は何も言わず泣いているだけだ。否定してくれないと俺はお前をいじめていたことになるのだが?
「そ、そこの者、俺はお前に何もしていないよな?」
九頭杜が目を見開き固まる、次の瞬間、悲しそうな顔をして顔を覆った。
ええええ、なんで!?
「お前、俺の前で圧を掛けるとは……!」
ええええ!?
「そんなつもりは——」
「なぜ、何故そのようなことを言うのですか——!!」
九頭杜が顔を覆いながらヒステリックに叫ぶ。
「そ、そこのも——」
「いい加減にしてください! そんなに俺のことが嫌いですか……!」
な、な……こいつ! やっぱり俺のことを慕っているなんて勘違いだった。何がたった一人の家族だ、皇帝と婚約していたんだし、新しい家族がいたんじゃないか、俺は家族に数えられるほど親しくもなかっただろうが!
「おい、誰かいないのか! この者を牢に入れろ!」
「は!? ま、待ってください、誤解です、そもそもそこの者が何故俺の部屋に——」
「お前が連れてきたんだろう。個人に与えられた部屋なら人目につかないからな」
なら何故お前はここに来ている? もしや九頭杜に、お礼と称賛を伝えるためだけに追いかけてきたのか?
もしこの男に惚れていた前世の俺ならここで泣き落として見逃してもらい、のちのち九頭杜をいじめていただろうな。
貴族の男に呼ばれた男たちが俺を両脇から引っ捕まえて、ずるずると出入り口へと引きずっていく。
どうしてだ、俺はモブに徹したはずだろ!?
「あの、えっと……」
出入り口ののれんを潜る頃、九頭杜の声が聞こえてくる。
「俺は八十照だ。あの時は突然代理を頼んで悪かったな。だが、お前のおかげで危機は脱した。素晴らしい踊りだった。礼を言う」
「あ、は、はあ。そりゃよかった……です」
なんだ八十照のあの蕩けるように優しい声は。気持ち悪。
あの男は前世で俺の恋心を利用して、俺を駒として使い捨てた、全ては皇帝のためだとか言っていたが、全ては皇帝に気に入られるため……の方が正しいだろう。結果俺はみんなに嫌われているのにあの男は裏の顔があるものの皇帝の味方であるキャラに定着していた。しかも利用していたのが憎まれ役の俺だから読者にとってはスカッとさせてくれる展開だったんだろう。
まあそんなこんなで前世では八十照にたくさん裏切られた。俺を誘惑しておいて九頭杜を呼び出させたり、九頭杜に嫉妬させるための当て馬に使わされたり、たくさん傷つけられた。前世で俺があいつを好きになった理由も、俺を見て踊りの集団を結成すると決めてくれたからだった。俺の踊りを見てくれている人がいるんだ、と感動したものだ。しかし今世は目立たないように努力したし醜く下手くそだから、結成時から一緒ではなかったし、あの男は……まさかのその辺にいるモブを誘って踊り子集団を結成していた。あいつにとっての踊りは利用できるコマ収集の一つだったのだとわかった。だから、好きになる理由もないし、なんなら憎んでいるし嫌いだ。
前世ではよく牢屋に入れられていたが……またしても牢屋に……はぁ、もっと酷い環境の場所へ行ったことがあるからマシに感じてしまうじゃないか。
九頭杜があんな風に俺に接近してきたら、メインキャラクターたちから絶対に目をつけられる。九頭杜の探し出せない場所へ逃げるか?
このまま踊り子集団にいたって、何かを得られるわけでもなし。
原作通りの軌道に乗ったところは見届けられた。九頭杜が俺を慕っていて神が時間を戻した……と考えたが九頭杜のあの様子からこの仮説も怪しくなってきた。だがもし俺の死が原因で、俺が生きてさえいればいいと言うのなら……九頭杜の近くにいるだけで死ぬ確率は高くなるのだから彼から離れなければならない。
……国を出てみるか? 国外なら九頭杜もいないし。踊りもできるだろうか? 国内で踊ると目立って九頭杜に見つかるが、国外で踊ればメインキャラクターにも九頭杜にも見つけられないのでは?
やはり俺は踊りが好きだ、踊りは諦められない。九頭杜のいない国でなら、俺は一番じゃないか!
……非常に悔しいが、九頭杜の踊りがすごいことは認めている。逃げるようで、ひっじょうに悔しいが、俺は一番がいいんだ! 目指すは国外一の踊り子だ!
しかし、踊りのジャンルが被っていると、催しや大会に呼ばれた時鉢合わせる可能性がある……………………そうだ、両親が練習していた踊りの中に、剣舞があったはず。小さい頃はその剣舞をよく練習していた。
女役と男役にわかれて……両方ともできるように……ん?
その時の練習相手って……確か、両親が拾ってきた家族になったばかりのやつで。そんなやつ一人しかいなくて……ってことは……く、九頭杜!? そ、そうだ九頭杜だった。幼い記憶すぎて忘れかけていたが、両親の剣舞を真似て九頭杜と練習していた気がする……。まさか、九頭杜があんなに踊りがうまかったのは素人ではなかったからか? 剣舞だけでなく他の踊りも九頭杜と一緒に練習していたのなら、あの踊りのうまさも頷ける。さらに、九頭杜が踊る俺を気にする理由にも頷ける。あいつまさか、あの頃から俺が踊りを続けていることを知って、俺とまた踊りたくなったのでは?
……いや、気のせいか。嫌われているのはもうさっきのことでわかったのだし。
でもこの国を出るのはいい判断だ。大国で余裕があり派手好きなこの国とは違い、戦好きの他国なら、踊り子集団のような華やかな舞は嫌われるが、剣舞なら好かれるはずだ。煌びやかな衣装もいいが、かっこいい衣装も着てみたいな……。
よし決まりだ、この牢屋生活が終わったらすぐに踊り子集団から抜けて国を出よう!
***
2週間後放免された俺は、踊り子屋敷の自室に八十照への書き置きを残して去る準備をした。部屋の窓から抜け出して、裏門から出ようと建物の裏をコソコソと通っていると、近くの窓から喧嘩する声が聞こえてきた。
「おい、ベタベタ触るな!」
「そんなこと言っていいのか? 俺はお前の上司であり所有者だ。いつでも追い出せるんだぞ?」
「……くっ」
「ほら、この場面では足の力を抜け……」
八十照と九頭杜の声だ。窓から中の様子をこっそり覗くと、九頭杜を後ろから抱きしめている八十照の姿があった。
八十照の表情は真剣なものだし、九頭杜は嫌がっているが……どちらも体を離す気配はない。
太ももを撫でている手と反対の手が九頭杜の脇腹を撫で上げて、九頭杜の白く細い指を絡めとる。
「こうだ、もっと妖艶に。相手を誘うように……」
うっわぁ。めっちゃ体を押し付けて、甘やかすような声で耳に唇を付けながら話している。
「おい、何か当たってる!」
反抗的な言葉を吐く九頭杜の耳の中へ、八十照の舌が滑り込んでいく。
……うげえ!!
「んっ、な、何すんだ気持ち悪い!」
抵抗する九頭杜の体を押さえ込み、舌を八十照は押さえ込んだ体ごと一緒に揺らしている。
……ひいいいいい! 寒気が!
九頭杜が強い抵抗を見せ、八十照が体を離せば、唇も耳から離れていく。
うえええええ!
「気持ちわりぃ! 離しやがれ変態野郎!」
「あまり騒ぐな。これ以上のことをして欲しいのか?」
九頭杜の内腿にあった手が股ぐらを執拗に撫で、八十照の頭が九頭杜の横顔と重なったのが見えた。汚らしい水に似た音が聞こえる。
九頭杜の顔を舐めまくってんのか?
「きっもぉ……」
襲いくる寒気に耐えられず、口に出てしまったが、二人は気づいていないようだ。これ以上見ていても吐き気がするだけだ、二人が個人練習に集中しているうちに通り抜けてしまおう。
見張りが交代の準備をしている隙に門から抜け出して、近くの林にいそいそと身を隠して一息付く。
「ふう、屋敷を抜け出すのも一苦労だな……」
お腹の肉を指で掴んで揺らしてみる。
もし八十照が追っ手を寄越したら、この姿では見つかってしまうよな。人相がきも今の姿で描かれるだろうし……。八十照が俺に追っ手を寄越すとは思えないが、九頭杜が騒いだらどうなるかわからない。
もし九頭杜が騒ぐなら、俺を貶めたくて仕方がないと言うことになるな。
「さて……その辺の村の食事処で飯でも食べようかと思ったが……」
痩せるためには一食抜かなければ……。メインキャラクターの一人である俺はそれだけで痩せられる。近くに川を見つけたら髪を洗ってもいい。
今は進むことが大事だな。この国はめちゃくちゃに広い。どこかに馬を買ってもいいが、足がつかないようにするにはもう少し先がいい。
都から離れるまでは道行く荷車に乗せてもらうのも手だな。
***
無事に荷車へ乗せてもらい、馬の尻を見ながら考える。
八十照が早々に九頭杜に手を出したことは前世でも踊り子たちが話していたな。俺が止めに行く前に八十照が皇帝に呼び出されて、九頭杜は貞操を守り切った。一方八十照を呼び出した皇帝は九頭杜のことを八十照に聞いたのだろう、連れて来いとでも言われたのか……それは知る由もないが、しばらくの間九頭杜は空き屋敷に身を隠していた。あれは八十照が皇帝に呼び出されてすぐだったから、皇帝から隠すためだったのは間違いない。皇帝が九頭杜に惚れたのはあの場にいた者なら誰でもわかったはずだ。
だから八十照は慌てて気に入っていた九頭杜を手籠にしようとした。…………以前から九頭杜を知っていたなら、もしかして……踊り子の怪我の事故を起こしたのは八十照……?
自分の所有物にするために、代理をやらせて自分の物だと皇帝たち権力者に見せつけて、もし逃げ出したらそれを理由に捕まえる気だった可能性もある。……だとしたら気持ち悪い。しかし皇帝に惚れられ計画は台無しになったわけか。
だから皇帝に呼び出される前に襲い、既成事実を作ろうとしたが失敗し……九頭杜に会いたがった皇帝から九頭杜を隠した。嘘でもついたんだろうな……あいつは代理だったからよく知らないだの、屋敷がいやになって出ていっただの……まあ、そんな嘘をついたとしても皇帝にはすぐに見抜かれて九頭杜の捜索が密かに開始され、悪巧みもバレてしまうのだが。
間者じゃないか調べるためだ、とか、どこの誰かも知らない者から皇帝陛下を守るためだった、などと嘘をついて逃げ切ったらしいが……はぁ、なんて言う小説だ。前世の俺と言い、メインキャラクターにはある程度悪い設定が付与されているのか?
それも全部主人公への愛だとか言い訳してきそうだ。……まあ九頭杜がどうなろうが知ったことじゃない。どうせ自らあいつらを望んで幸せに暮らすんだし。
それよりも俺の幸せだ。国外に出たからって、俺は幸せになれるんだろうか。
今頃九頭杜は皇帝とメインキャラクターたちと話でもしてるだろう、九頭杜に注目が集まってるうちにどんどん都から離れないと。
荷車が止まり、馬に乗っていた老人が振り返る。老人の家付近に着いたのだろう。
「ありがとうございました、おじいさん」
金銭を払い、道沿いに歩いていく。荷車があまり通らないな……仕方がない、次の街に着いたら籠を探そう。
そうやってコツコツ進んで一週間経った頃、都から四つ隣の町までやってきていた。その町で人だかりを見つけ、聞き耳を立てれば八十照の屋敷から盗みを働いた踊り子が逃亡中だと噂している。
ん? もしかして……?
「髪がボサボサで不潔ね」
「顔も豚のよう」
「まるで妖怪のような男だな」
酷い言われようだ。イケメンがたくさん出てくる小説だったから、少しでも容姿が悪いと彼らと比べられるために酷いことを言われるみたいだ。
「こんなやつが踊り子だったんだなぁ」
「ここの屋敷の若旦那は目でも悪いのかね」
「こんなやつ盗みを働くに決まってるだろう」
「はやく捕まえないと私たちの町に来て悪さするかもしれないよ」
「みんな、戸締まりはちゃんとしておけよ!」
結局追っ手が来ることになったか。九頭杜が執拗に俺を悪者にしたくて戻そうとしたのかとも思ったが……八十照は意地汚い野郎だ。踊り子全員を所有物として扱い、彼らが稼いだ金もその金で買ったものも自分の所有物だと思っている。だから、俺が部屋から持ってきたお金や着替えを盗んだと思われているのだろう。俺の人相がきも描かれているみたいだが、もう痩せて元の体形に戻ったし、髪も洗い元の色を取り戻した。
人相がきを当てにして探しているなら俺のことは見つけられないだろう。見つけられるのは昔の俺を知っている九頭杜くらいだが、メインキャラクターたちが都から離れることを許すはずがない。
しかし俺は問題を抱えている。着物だ。都の屋敷で来ていた普段着は、田舎では目立ってしまう。今は川辺に捨ててあったボロ布を被っているが、全身を隠せるほどは大きくない。どこかの金持ちが身分を隠そうとしていると言うことがバレバレだろう。
人相がきがないような、もっと辺境の村へ向かい、そこで古着を分けてもらおう。
計画を立てた後、人気のない場所は歩き、人のいる街や村の間は籠を使って移動した。
そうして、一ヶ月が経った頃、俺は国境を超えた。
こんなみすぼらしい格好をした男を敵と判断するかと聞かれれば、はいと答える。いくらみすぼらしくても服の中は筋肉と肉がついている男だ。確かに痩せはしたが激痩せしたわけではないからな。何日間か食事を抜いても、メインキャラクターの性質なのか、ほとんど痩せることはない。ただメチャクチャにお腹は空く。
やっと国境を超えたのだし、初めて着いた村でたくさん食べるとしよう。ちなみに太る条件は、一日40食を食べることだ。本当に辛かった……腹がはち切れるかと思ったが、無理やり食った。
胃が大きくなってしまったのか普段も一日10食を食わねばやっていけない、多くて39食。40食以上食べると1キロ太る。……よくわからない体質だ。
国境を越える前の辺境付近の村で買った馬に乗り移動していると、森がひらけて来た。そこから見る景色の中——向かいの山の麓に、村があるのが見える。
……辺境の村とは思えないくらい立派な城があるな。
とりあえず、あそこへ向かってみるか。
馬から降りて、夕陽に照らされる下りの道を、手綱を引きながら下っていった。
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