8 襲撃の翌朝


 翌朝、セレナがいたのはバラカスの騎士団駐屯所の聴取室だ。


 昨夜のドラン襲撃。何とか追い払いはしたが、状況は決して芳しくない。なぜなら、相手はセレナを殺すと言い残して消えたのだ。


 騎士カイルを負傷させたこと、セレナへと殺人予告。騎士団はそれを重く受け止めてくれた。すぐにセレナは騎士団に保護され、ドランの捜索を始めてくれた。――しかし。


「ドランの泊まっていた宿は既にもぬけの殻だったそうだ」


 今回の事件の責任者となった中隊長ロドリクは言う。セレナはテーブルに広げられた地図を見る。


「どこへ行ったのでしょうか?」

「この街は広い。騎士団の目が届かないところはいくらでもある。傭兵なら、そういったことにも精通してよう」


(街をのんびり歩いてたら、ひょっこり現れて斧で真っ二つ――なんてことも起こり得るわけか)


 セレナは唸る。ロドリクが手元の資料を手に取った。


「元々酒癖は悪い奴だったが――まさか、とうとう傷害事件を起こすとは」


 その言葉にセレナは視線をそらす。平静を装いながら訊ねる。


「……ドランはどんな人物だったんですか?」


 セレナが被害者ということもあるのだろう。ロドリクは素直に答えてくれる。


「奴はバラカスの傭兵ギルドのナンバーワンだ。それなりに恐れられてはいた」

「ナンバーワン? Bランクなのに?」


 その質問に、ロドリクは笑う。


「大体の街の傭兵のトップはBランクだ。Aランク以上の傭兵になんて中々お目にかかれない。ノルンヘルダ全体で十人いるかいないかだ」

「……そんなに少ないんだ」


 王都で魔王討伐メンバーの候補となる強者ばかりを見てきたせいで、どうやらセレナの感覚はズレているようだ。


「Sランクに至っては国で四人だけだ。……まあ、そのうちの一人が今はバラカスここに滞在してるが――」

「その例外を除けば、バラカスの傭兵で一番強いのはドランだったってことですね」


 昨日、傭兵ギルドでドランは『オレが誰か知っていて言ってるのか?』と言っていた。あれはイキりでも何でもなく、実際に彼がバラカスの傭兵ギルドで名が知れていたからか。


 そう考えると、傭兵たちが誰もセレナを助けようとしなかったのは、ドランを恐れていたからかもしれない。


「ドランが恐れられてはいたと言ったが、これはギルド内の話だ。酒を飲むのも馴染みの酒場と決まっていたからな。部外者に被害が出ることはなかった。……それが、ここ一ヶ月で変わっちまった。ただ歩いているだけの一般人に因縁をつけたり、店先に置いている商品を破壊したり、目に余る行動が増えてきた。騎士団からも厳重注意はしていたんだが――まさか、こんなことになるとはな」


 ロドリクは深く息を吐く。話を聞いたセレナは逆に納得をしていた。すべてがつながったからだ。


(間違いない。《魔神の残滓》の影響だ)


 一ヶ月前からの変化。黒い痣。巷では奇病と呼ばれるとは違う形で、ドランは《魔神の残滓》に侵されてしまったのだ。


(今まで会った《魔神の残滓》に侵された人はみんな、塞ぎ込むだけだった。でも、大賢者様が最初の人を連れてきたとき、『いつ周囲に牙を剥くか分からない』と言っていた。……疑心暗鬼とは違うかもしれないけど、あれも魔神の力の影響なら――)


 当然、放っておくわけにはいかない。それを助けるのがセレナの役割だ。


(とはいえ、駐屯所ここにいたままじゃ何もできない。できれば誰かと協力してドランを捕まえて浄火したいけど、……保護対象である私をドラン捕縛に連れて行ってくれるわけないし)


 今のセレナはただの神官だ。魔法が使えたとしても、騎士たちが危険な場所へ連れ出してくれるとは思えない。


(じゃあ、騎士団みんながドランを捕まえるのを待つ? ……でも、元々バラカスの傭兵ギルドのナンバーワンで、《魔神の残滓》に侵されている相手を簡単に捕まえられるとは思えない)


 そして、そんな状態のドランを放置はできない。街の住人に被害を出すわけにはいかないし、何よりこのままではドラン自身も《魔神の残滓》の影響で命を落としてしまうかもしれない。


 セレナはぐっと手を握りしめる。


(何とかしなきゃ)


 そのためにもまずは騎士団駐屯所から出なければならない。――セレナは顔を上げ、ロドリクを真っ直ぐに見る。


「あの、一度祈祷院に戻ってはいけませんか?」


 当然ながら、彼は難色を示した。


「いつ、またドランが現れるかも分からない。帰すわけには……」

「一時的に、です。荷物を取りに戻りたいんです。何も持たずに来てしまったので」

「なら、誰かに取りに行かせよう。必要なものを教えてくれ」


(クソッ!)


 セレナの身を守るためだ。ロドリクも簡単に頷いてはくれない。しばらく悩んでいたが、ふと案が思いつく。


(この方法ならもしかして――いや、かなり恥ずかしいけど、仕方ない。背に腹は代えられない!)


 そうして、セレナは手を口元に寄せ、伏せ目を作る。


「その……、人にお伝えしにくいものもあるのです。騎士様にお願いするなんて、とても……」


 セレナの言葉を相手がどう解釈したかは分からない。しかし、ロドリクはハッと目を見開き、それから申し訳なさそうに謝ってくる。


「それもそうだな。言いづらいことを言わせてしまってすまない。――護衛の騎士をつけよう。行ってきてもらってかまわない」

「……お気遣い、ありがとうございます」


 セレナは引きつった笑みを返す。それから、護衛を呼びにロドリクが聴取室を出ていくと、恥ずかしさからテーブルに突っ伏す。


(言うは一時の恥! 言わぬは一生の恥! ここで外聞を気にして脱出の機会を失う方が大問題だ!)

 

 その後、セレナは無事祈祷院まで送り届けてもらうことに成功する。騎士に二人に囲まれて帰ってきたセレナを出迎えてくれたのはエリノラだった。


「セレナさん!」


 彼女は大きな瞳に涙を浮かべ、不安そうな表情で駆け寄ってきた。


「あの! 大丈夫でしたか? 傭兵に襲われたって聞きました! すみません。私が仕事をお願いしちゃったせいでこんなことに――」

「関係ないよ。元々ドランは私を狙っていたみたいだから。昨晩出かけなくても、どこかで必ず襲われてたよ」


 セレナは笑顔を返す。エリノラも少しだけ落ち着いた様子だ。


「でも、どうしてセレナさんが狙われたんでしょうか……」


 その言葉に、セレナは笑顔を作り続けるしかなかった。


 騎士団には経緯説明のため、傭兵ギルドでの一件を説明しているが、エリノラに伝えるのは不安を煽るだけだろう。代わりに、セレナは祈祷院の奥を指さす。


「とりあえず、荷物を取りに行ってきていい? しばらく、駐屯所の方で匿ってもらえることになったから」


 そうして、セレナは騎士たちを入り口に残し、二階の客室へと向かう。そこで必要な荷物をまとめると、窓を開ける。


 セレナの部屋はちょうど入り口とは真反対側にある。


 ここから飛び降りれば、騎士や祈祷院の人々の目を盗んで脱出することができる。そして、これぐらいの高さから降りるのはセレナにとっては朝飯前だ。


「よっ、と」


 動きづらいスカートながら、なんとか地面に着地する。周囲をキョロキョロ見回し、誰にも見られていないことを確認する。


 そうして、セレナは一人路地裏を歩き出す。――目指すは宿・夜鳴き亭だ。

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