第23話 親心

まえがき

 ランド視点に戻ります。

 デート終了後、ドレイク支部長に声をかけられたランド。

 一体彼らは、何をしているのでしょうか。

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「――というのが、マリアの過去だ。……話が長くなっちまったな」


 冒険者ギルド、支部長室のランプがその頬を橙に照らしていた。

 ドレイク支部長の声が落ち、静けさが降りる。


「そう……ですか」


 それしか出てこなかった。

 胸の奥に重い石を落とされたみたいだ。

 あんな過去を抱えながら、彼女は毎日このギルドに立っている。

 彼との思い出がたくさん残るこのギルドで、笑って、声をかけて、冒険者たちを送り出して、迎え入れて。

 すごい。素直にそう思った。

 もしも同じことを経験したとしたら、俺にはできない。


「ドレイクさん」

「なんだ」

「マリアさんの事情、やけに詳しいですよね」


 マリアの婚約者であるクライブという青年。

 彼がドレイク支部長の息子だってことは、さっきの話でわかった。

 でも、マリア側の細かいことまで迷いなく出てくるのは、少し詳しすぎる気がする。

 ドレイク支部長は、少しだけ目を細めた。


「当たり前だ。あいつは俺にとっちゃ、娘みたいなもんなんだ」


 それから、短く語ってくれた。

 昔、奴隷を扱う連中の巣を叩いたときのこと。

 売られる寸前で見つけた、幼い女の子のこと。

 怯えながらも、他の子どもの背中を庇って立っていたこと。

 家に連れて帰って、飯を食わせて、名を聞いて、マリアになったこと。

 帰る場所が無く、そのまま一緒に住むことになったこと。


「ある程度大きくなるまでは、俺が一人で育ててたんだ。ちょうど同い年の息子クライブもいたし、一人も二人も変わらんだろうってな。ちゃんと手続きもしたから、正式に俺の『娘』だぞ」

「え……マリアさんが、ドレイクさんの娘!?」

「ああ。義理の、だがな。……で、ガキ二人残して仕事に行くわけにも行かんだろう? 毎日ギルドにつれて行っては、大人の訓練に混ぜたりギルドの雑用を手伝わせたり……な」


 ドレイク支部長の口元がわずかに緩む。


「二人は、みんなの子どもだった。職員も冒険者も、全員が親みたいな顔してよ。やがてガキじゃなくなって……気づけば、並んで歩くようになってた」


 それが、二人の幼少期の話。

 そこから先は、さっき聞いた通りだろう。

 言葉を探していると、ドレイク支部長が視線を落とし、深く息を吐いた。


「頼みがある」


 重さのある言い方だった。


「……頼み、ですか」

「マリアを、前へ進ませてやってほしい」


 胸が、どくんと跳ねた。


「……俺に?」

「ああ。あいつは今もクライブを引きずってる。それ自体は悪いことじゃない。深く愛した証だ。だが、過去に縛られたままの娘をこのままただ見てるのは、親としてきつい」


 親として、か。

 ドレイクは続ける。


息子クライブにとっちゃ、幸福なことかもしれん。死後も想い続けてくれる人がいるんだからな。……それでも、俺にとっちゃマリアだって可愛い娘なんだ。幸せになってほしい。笑って生きてほしい。……それだけなんだよ」


 拳を握る音が小さく鳴った。

 俺は唇を湿らせ、口を開く。


「……俺には……荷が重いと、思います」


 言ってから、胸の奥がざわついた。

 支部長が何かを言う前に、言葉が勝手に溢れる。


「クライブさんは、小さい頃からマリアさんと一緒で、ギルドの皆に信頼されてて、期待の若手で、支部長の息子で……これからどんどん先頭に立つ人だったんですよね」


 ドレイクは無言でこちらを見つめる。


「俺は……知り合ってまだ短い。歳だって十個も上。冒険者としても新米。たいして強くもない。比べたら、勝てるところなんて、ひとつも……」


 声が細くなる。

 机の木目がやけに鮮明に見えた。

 ドレイクは、しばらく俺の顔を見ていた。

 やがて長い息を吐いて、短くうなずく。


「……そうか」


 その一言に、責める色はなかった。

 ただ現実を確認した、そんな響きだ。


「時間をとってすまなかったな」


 彼が立ち上がると、椅子がわずかにきしむ。

 俺も慌てて腰を浮かせた。


「いえ……こちらこそ」

「色々言っちまったが……気にしないでくれ。マリアとのことは、好きにしろ」


 それだけ言って、支部長は部屋の外へ歩いていった。

 扉が閉まる音が、静かに響く。

 残された部屋で、俺はしばらく動けなかった。

 頭の中で、色んなものがぐるぐる回る。

 クライブという名前も、マリアさんの笑顔も、花屋の橙の花も、支部長の「娘」という言葉も。


 どうすればいい。

 何が正しい。

 どうしたら、あの人は。

 考えがからまり、ほどけなくなったまま、俺はふらふらと部屋を出た。


 廊下の空気は少し冷たい。

 深呼吸をしても、胸の重さは変わらなかった。

 とりあえず、外へ出よう。歩けば少しは頭が動くかもしれない。


 俺はギルドを出て、夜の街に足を踏み出した。

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