第12話 私とボッチ先輩と感想戦
「きりーつきをつけー、礼」
「「「ありがとーざいましたー」」」
長かった午前中の授業もついに終わりの時を迎える。
日直の雑な号令がかかり、皆がバラバラな角度でお辞儀をする。
それぞれがグループを形成してお昼ご飯を食べようとする中、私は一人周囲を警戒する。
「……よしっ」
誰も私を見ていないことを確認して、鞄を抱えて教室を出る。
「あれ、ヒメちゃんどうしたの?」
あと一歩で教室から出られる。そう思った矢先に背後から声が掛けられる。
振り向くと活発そうなポニテの女の子が、不思議そうにこちらを見つめていた。
「お昼ご飯、一緒に食べないの?」
「千波、あーゴメン、私今日ちょっと他に用事があってさ……」
余り周りに聞かれたい話でもなかったので、彼女に近づいて片手でごめんとジェスチャーをする。
「ふーん、先生に呼ばれてるとか?」
「あーうん、まあ、それに近い感じ」
「そっか、やっぱりヒメちゃんみたいな優等生になると色々大変なんだね」
「あ、あはは……」
少し無理のある説明だった気がしたが、純粋な千波はあっさりと納得してくれた。
「それじゃ、私行かないとだから!」
「あーうん、行ってらっしゃーい」
ひらひらと手を振る千波に背を向けて、私は急いで教室を出た。しばらく進んで人通りが少なくなったことを確認してから、鞄から丸眼鏡を取り出して掛ける。
ちょっとした変装だがこれが案外効果があり、俯いて歩けば道行く人は誰も私だと気づかない。
学校の中で変装するなんておかしな話だが、これから行く場所を誰かに見られるわけにはいかなかった。
足早に、だが駆け足にはならない程度のスピードで廊下を進む。
教室棟からそのまま外に出て、ぐるっと校舎の反対側に回り込む。
「はぁ、ふう……」
急いできたせいで随分息が乱れてしまった。軽く深呼吸をして制服のホコリを払う。
私が目指していたのは、学校の裏手にある非常階段。ここはほとんど人が通らない穴場スポットで、一人になりたい時によく来る場所だった。
しかし、今日ここに先客がいる。特に連絡は来ていないが、後者の角からちらりとのぞき見すると、踊り場に腰を掛けてスマホをいじっている暗い人影があった。
スマホを見ているなら一報くらいしてくれてもいいのに。そんなことを考えるが、彼にそんなことを期待するだけ野暮と言うものだろう。
呼吸も整ってきたので、眼鏡を外そうと手にかける。
あ、そうだ
瞬間、私に一ついいアイデアが思いついた。眼鏡にかけた手を外し、ドアから少し離れたところで後ろ髪をまとめてお団子を作る。少し髪が伸びてきたおかげか、結ぶのは簡単だった。
「お、いいんじゃない?」
スマホで変装の出来具合を確認するが、我ながらに完璧な変装具合だった。よし、これなら先輩は私だと気づくまい。
さらっと横を通り過ぎてから真横に座ってやって、ちょっと驚かしてやろう。
俯いて目を合わせないようにして、いそいそと先輩の横を通り過ぎる。
先輩が一瞬こちらをちらっと見たが、直ぐにスマホに目を戻す。よし、作戦は成功……
「おい、何してんだ逢坂」
「……うぇ」
先輩の横を通り過ぎようとした瞬間、横から声が掛けられた。気のせいかと思ってちらっと横を盗み見るが、……バッチリこちらを見ていた。
大きくため息をついて、階段に座る先輩の隣にドカッと座る。
「俺を騙すつもりだったのかもしれないが、残念だったな」
「なんで私だって分かったんですか。これでも完璧に変装したつもりだったんですけど」
「ふっ、俺がお前の姿を見間違えるわけがないだろ」
「なっ、そっ、それは、どういう意味ですか……?」
その情熱的とも捉えられる言葉につい面食らってしまう。先輩はあくまで自信満々に、上から目線に言い放った。
「ゲームのライバルであるお前の癖を俺が把握していない訳が無いだろ!コンボの選び方に、ガード択、歩き方の癖まで、全部把握してこその一流だからな!」
「……先輩」
「どうした。俺のストイックぶりに感動したか?」
「正直、キモいです」
「きもっ!?」
狭い階段で器用にのけぞる先輩。本気で言っているようで、再びため息が出る。
「はぁ、期待して損した」
「なんだよ期待って」
「知りません、そのくらい自分で考えてください」
自分でも理不尽なことを言っている自覚はあったが、つい当たる様な態度を取ってしまう。まったく……我ながら可愛げがない。
ちょっとした自己嫌悪に陥っていたら、先輩から話題を振ってくる。
「それで、今日はなんでこんなところに呼びつけたんだ?」
「え、あっ、そうでした!」
「そうでしたってお前……」
危ない危ない。イタズラに集中し過ぎて本来の目的を見失う所だった。抱えていたバッグをごそごそと漁る。
「これ、ありがとうございました!」
「おお、『かんぱち』か。結構早かったな」
「はい!読み始めたらあっという間でした!」
私が借りていたのは『完璧すぎる保健室の先生が、裏でめちゃくちゃパチスロ打ってた件』というラノベ。
この間コミメイトに言ったときに興味を示していたら、翌日にはゲーセンに先輩が持ってきてくれていたのだ。その布教の速さは、中々尊敬できるところがあった。
「それで……、どうだった?」
自分で勧めたくせにやや心配そうな先輩に、私は満面の笑みで答えた。
「すっっっごい、面白かったです!」
「……!だろ!?」
「はいっ、普段は優しい保健室の先生をしてるのに、いざ仕事じゃなくなればこの世の全ての欲望を煮詰めたみたいになるのがもう最高で!」
「そうそう、あのギャップたまらないよな~」
「二日酔いの先生が怪我した生徒の消毒するときに前日のアルコール戻しそうになる所とか、私もう爆笑しちゃいましたよ~」
先輩もうんうんと、嬉しそうに頷く。
「だよな!酒も飲んだことないけど、妙に説得力あって笑っちゃうんだよな~」
「いや~ホント、読む前から覚悟してましたけど、タイトル以上の物をお出しされたって感じですね……。正直満足感ヤバいです」
「いや~逢坂お前、分かってるな……」
「先輩こそ、すごいいいセンスしてますね……」
お互いに刺さる作品だったから、すさまじい熱量でしゃべり続ける。
昼休みに入ってすぐ、お互いお腹も空いているに決まっている。だが、先輩と話しているときは空腹なんて二の次だった。
感想戦が小休止したところで、先輩は私から受け取った本を回収する。かと思えば、背後から紙袋を取り出した。
「いやぁ、実は今日お前が読み終わるんじゃないかと思ってな……」
「まさか……!」
先輩から受け取った紙袋には、ずっしりとした重みがあった。『かんぱち』の続きが入っていた。
「先輩!これ、いいんですか!?」
「ああ、俺は何度も読んだし、続きが読みたいようであれば……」
「はい!読みたいです!」
「そ、そうか……ならその中に全巻入ってるから、読み終わるまで持ってていいぞ」
何てことないかの様にいう先輩。ずっしりとした紙袋の重みが腕にかかる。
先輩の事だ。多分私が今日これを返さなければ、先輩は何も言わずにこの重い袋を持ち帰るつもりだったんだろう。
「でも、今日はこれだけ借りていきます」
そう言って、私は紙袋の中から2巻だけを取り出す。それを聞いた先輩の顔が、申し訳なさに歪む。
「もしかして、全部は重かったか?いっぺんに貸した方が返す手間も省けて楽だと思ったんだが……」
「いえ、別に今日はそんなに荷物は多くないんで、持って帰るのは大丈夫です」
「じゃあなんだ?もしかして積読が溜まってるとか?」
「それも違います」
「なんだよ、理由くらい教えてくれてもいいだろ?」
先輩から出てくる理由はどこまでも私を第一に考えたものだった。
先輩は優しい。だから今はもう少し、その優しさに甘えさせてください。
「理由は内緒です。自分で考えてみてください」
「えー」
「さあっ、早くご飯食べましょ?私お腹ペコペコです!」
さっさと話しを切り替えて、私は袋からお弁当を取り出す。
多分、鈍い先輩はこの理由に気づくことは無いだろうな。
私は、先輩と何回もこうして感想会をしていたいんですよ?
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