第3話 逢坂妃花

「逢坂、妃花……」


 名前を呼ぶと、彼女はハッとして、いそいそとフードを被る。少しの間、気まずい沈黙が流れた。


「ヒ、ヒトチガイジャナイデスカー?」


 めっちゃ片言だった。逢坂は目を合わせずにそっぽを向く。俺も見てはいけないものを見たというのは理解できた。


「そ、そうか、あの逢坂がこんなところにいるわけ無いもんな」


 ギャラニンは十分遊べた、新キャラの使用感も分かった。面倒なことになる前にさっさと帰ってしまおう。うん、それがいい。さっさと帰ってプロのプレイ動画とかみよう……。


 俺は回れ右をして、その場を後にする……


「待ってください」


 しかし、ガシッと腕を掴まれて、俺の退店は阻まれる。ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには学校で見たような、完璧な笑顔の逢坂がいた。


「先輩、入神いりがみ高校の人ですよね?ちょっとお時間良いですか?」

「お、おう……」


 初めて向けられた逢坂の笑顔は、随分と圧が強かった。



 ♢



「お願いします!今日の事は誰にも言わないでください!」


 ゲームセンターの程近く、人通りの少ない路地裏で逢坂は勢いよく頭を下げてきた。


「その……随分と学校にいる時とは雰囲気が違うんだな」


 逢坂は頭を上げつつ、気まずそうにすっと横に目をそらした。


「いやぁ、優等生も楽じゃないと言いますか、いっつもニコニコしてると表情筋が攣りそうになると言いますか……」


ぽつぽつと言う逢坂、ごちゃごちゃ言っているが、言わんとすることは分かった。


「成程、ストレス発散か」

「女の子には、週に3回格ゲーで相手をボコしたくなる日があるんです!」


 逢坂は顔をしかめて、こちらを恨めし気に見てくる。


「今までは良かったんですよ、この辺の人たちそんなに強くないんで、張り合いは無いですけど勝ててスッキリはしましたし」


結構ひどいこと言ってる気がするけど、まあその言葉も頷ける。


「確かに上手かったな」

「ぼろ勝ちしたくせにそんな慰め言われても嬉しくないです」


 素直に褒めたつもりだったのに、逢坂は不満そうにしている。


「そもそも、先輩……えっと、」

「久我だ。久我新」

「久我先輩、普段ここのゲーセン来ないですよね。ひょっとしてアリーザ使うためにわざわざここまで来たんですか?」


 アリーザと言うのは俺が使っていた新キャラの名前だ。


「ウチの学校の周りじゃ、ここくらいしかアプデしてなかったからな」

「はぁ、ここなら入神の人もいないし安全だと思ってたのにな………」


 逢坂は再度ため息をつく。ふと彼女の格好を見ると、上はパーカーを着ているが、下はウチの制服のスカートだった。


 対戦中は上半身しか見えないから気づかなかった。


「そういやその格好どうしたんだ?一回家に帰って着替えてきたのか?」


逢坂はふるふると首を振った。


「今日は鞄にパーカー入れて通学してきたんです。学校終わったらすぐ遊びたかったんですけど、制服のままじゃ私だってバレるかもしれないので」

「なるほど……」

「これでも優等生で通ってるので、こんなことしてるのがバレるわけにはいかないんです」


 心底面倒そうに逢坂は言う。ウチの学園のアイドルが制服からパーカーに着替えてゲーセンに通っているなんて、誰が想像つくだろうか。


「だから、今日の事は誰にも言わないでください。お邪魔でしたらもうこのゲーセンには来ませんし」


 半ば自棄になるように、逢坂は再び頭を下げた。さっきまで熱い戦いを繰り広げたとは思えないほど、露骨にテンションが下がっていた。


「誰にも言わないよ。そもそも言うような相手もいないし」


否定するが、逢坂は目を細めて信用していない顔だ。


「そんなこと言って、明日になったら広めてるに決まってます。《学園のアイドルの裏の顔》とか、自分で言うのもなんですけど、これ以上ない特ネタですし」

「だからそうじゃ無くって、俺、友達とかいないから」


 この世の終わりだと言いたげな逢坂にそう伝えると、彼女の目は大きく見開かれた。


「それは……格ゲー仲間がいないとか言う話じゃなくてですか?」

「おう、普通に友達が0だ」

「その、休み時間とかは……」

「音楽聞きながらゲームするか漫画読んでる」

「ずっとですか?」

「おう、ずっとだな」


 信じていない表情の逢坂。仕方がない、を見せるか……


 俺は鞄からスマホを取り出して操作する。


「ほれ、俺のライン」

「あ、はい」


 反射的に俺のスマホを受け取った彼女は画面をスクロールしようとして……指が止まる。


「友達が……いない……?」

「どうだ、驚いたか」


 そう、俺のスマホに登録されているのは、両親と妹、そして新年度に強制的に入らせられたクラスのグループラインだけだ。


「え、嘘、そんな訳……!」


 逢坂は他に隠された何かあるのではないかと必死にスマホの画面を触っているが、残念ながら何も出て来ない。


「だから安心しろ、今日の事を誰かに言ったりはしない。これで分かっただろ?」

「た、確かに……」

「よかったな、見られたのが俺で」

「あっ、はい。なんか……すみません」


 安心させたくてスマホを見せたのに、なぜか逢坂の歯切れは悪く、逆に謝られてしまう。


「あの、久我先輩は、友達作ろうって思わないんですか……?高校生活、楽しいんですか?」


 おずおずと言う逢坂。友達の多い彼女にはボッチの思考は分からないらしい。


「なんていうか、わざわざ自分を曲げてでも友達を優先するっていうの、疲れるんだよな。俺は常に自然体でいたいから、結果的に一人でいるのが一番楽なだけ」

「そう、ですか……」

「ああ、自由気ままだから、高校生活もめっちゃ楽しいぜ?」


 逢坂は俯いて、それっきり黙ってしまった。携帯を確認すると、結構いい時間だった。


「じゃあ、俺はもう帰るから。もうこのゲーセンには来ないから、安心しろ」

「え、もう来ないんですか?」

「そりゃそうだろ、ここ学校から遠いし、俺がいたらお前もストレス発散できないだろ」

「でも、私もなんだかんだ今日楽しかったですし……」


 逢坂は何かぽつぽつと呟いたが、なんと言ったかは聞き取れなかった。彼女に背を向ける。


「じゃあな。最後の待ち、良かったぞ」


 さようなら、久々に会えた好敵手。もう二度と戦う事はないだろう。少しセンチな気持ちになってしまう。


「待ってください!」


 しかし、彼女は逃がしてくれなかった。声に振り返ると、逢坂がスカートを掴んで立っていた。彼女は一つ深呼吸をした。


「先輩、私と、契約しませんか?」


 どこかの魔法生物みたいな台詞だったが、彼女の顔は真剣そのものだった。

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