第6話 英雄ルーク・ラビスタ (後編)

「魔法剣(ウィザーズ・ソード)?」


 家の前にある剣術修行場で、僕は、じいちゃんに訊ねる。


「わしが魔法剣士(ウィザーズ・スレイヤー)と呼ばれておるのは知っておるじゃろう。魔法剣という魔法と剣術を組み合わせた戦闘法からじゃ」


 魔法と剣術の組み合わせ、魔法も使える剣士とは違うのかな。


「魔法剣とは、文字通り魔法を宿した剣じゃ。エーテルを剣に流し込み、その魔力を増幅して技を放つ剣術じゃよ」


 僕が何も言っていないのに、僕の考えを読み取ったじいちゃんが魔法剣について解説してくれる。


 そういえば、じいちゃんの剣はいつも、ほんのり青く光っていた気がする。あれは魔法だったんだ。


「魔力を帯びた剣? 瞑想修行した魔力(エーテル)と剣を組み合わせるの?」


「そうじゃ。エーテルを通わせるには剣も木刀じゃなく金属製のものがよい。これを持ってみるのじゃ」


 じいちゃんが僕に手渡してくれたのは、一振りのロングソードだった。


「ロングソード?」


「うむ。今まで修行で使った木刀より重い。じゃが、木刀で練習した型を崩さねば問題ない。剣術の型と筋力が備わっているじゃろう」


 ずしりとした重さがあるけれど、片手で扱えない程ではない。筋力の基礎訓練が活きている。鞘から抜くと鋼の刀身がきらりと光る。素振りも木刀と同じようにできた。覚えてきた剣の型を維持できる。


「よし、魔法剣の修行を始めるぞ」


 じいちゃんが背負っていた自分の大剣を構えた。その様子に、なぜか父さんの姿が重なった。



 ◆



「魔法剣は、魔力(エーテル)を纏わせた剣じゃ。常時強化される訳ではなくエーテルを消費して技を放つ必殺技じゃ。どれだけの威力で技を放ちたいか、必要なエーテル量を天秤にかけるリソース管理が大事じゃ」


 ダンジョン攻略でもっとも重要なのは、(アイテムやエーテルを含めたリソース管理だと教わっている。


 その中でも、とびきりの必殺技が魔法剣なんだ。


「よいか、これまでの修行は全て繋がっておる。剣術の基本、攻めの型、守りの型、エーテル集中。これを同時に発揮するのじゃ。まずは、守りの型にエーテルを付与してみよ」


「分かった、やってみる」


 毎日修行している剣術、魔力集中のための瞑想……基礎修行の成果を繋げる。


「魔法剣(ウィザーズ・ソード)。闘気受け流し(オーラパリィ)」


 ロングソードに魔力を纏い、防御の型パリィを発揮させた。ビリビリと腕や骨に痺れを感じるけれど魔力が充填できている。


 たぶん、できている?


「形はな。実際に受け止めてみよ」


 え?


 頭上から大岩が降ってくる。


「闘気受け流し(オーラパリィ)!」


 必死に岩を受け流すが衝撃で僕は吹き飛ぶ。倒れた僕の無事を確認したじいちゃんが、僕を見下ろしながら、


「初めてにしては上出来じゃ。じゃが、魔力に頼り過ぎて剣術の型がおろそかになっておる。《闘気受け流し》の真髄は、受け止めることではない。あの岩程度ならもっと小さな魔力で受け流せたはずじゃ」


 笑顔で上出来であることを伝える。


「じいちゃん。いきなりあの大きさの岩は危険だよ」


「痛みも含めて覚えた技が本物になる。どれくらいのリソースでどの威力の攻撃を防げるようになるか、身体で覚えるのが大切じゃ」


 じいちゃんの修行は厳しいけれど、実戦で身体が勝手に反応するレベルまで引き上げてくれる。


 危険なダンジョンを知り尽くすじいちゃんだからこその修行だったのかもしれない。



 ◆



「魔法剣(ウィザーズ・ソード)。闘気全力斬り(フル・オーラスラッシュ)!」


 僕は、ロングソードに自分が扱えるありったけのエーテルを纏わせて横薙ぎの型で剣を振る。


「甘いのう。闘気受け流し(オーラパリィ)じゃ」


 じいちゃんが、得意の大剣ではなく小剣に纏わせたエーテルで僕が全力で放った闘気剣を簡単にいなし、


 体制を崩した僕に、


「遠気当て(簡易オーラ放出)」


 軽く闘気を放ち、僕を噴き飛ばした。


「痛たた……」


 僕は、草むらに倒れた。


「全身全霊で撃ち込んだことで防御用のエーテルが切れてしまったようじゃ。エーテル切れの無防備な状態では、弱い闘気すら防げず飛ばされてしまう」


 じいちゃんは、小剣の先にエーテルを纏っていた。


「そっか、エーテルを使い切っちゃったら、気を失いそうになるし闘気も防げなかった。僕はまだじいちゃんみたいに節約できるほど、エーテルを蓄えてないよ」


「そうではない。わしがパリィに使ったエーテルは、こんなものじゃ」


 じいちゃんは、小剣の先だけにエーテルを纏って見せる。


「それだけで、僕の全力斬りを防いだの?」


 僅かなエーテル量で捌かれたことに驚く。


「防いだのとは少し違うのう。剣術修行の時も教えたが、パリィの真髄は受け流しで受け止めではない」


 じいちゃんが、剣術とエーテルを組み合わせる真髄を話し始める。



 ◆



「パリィ(受け流し)の本質は、力の作用を僅かに変えることじゃ。剣術も魔法剣も変わらぬ。少量のエーテルでも、相手の力の軌道を自在に操ることはできる。節約を覚えないと攻撃を連続で受け止められんぞ」


 じいちゃんが小剣に微かなエーテルを纏わせつつ、コントロールする方法を教えてくれる。


 防御で大きなエーテルを消費しないためにも、敵が連撃を放った際にも役に立つ。


「うん。よく分かったよ」


 エーテルのリソース管理、その重要さが身に沁みてよく分かる。


「じゃが、防御には、受け流しじゃなく、リソース度外視で受け止めなければならぬ時もある。それがどんな時か分かるか?」


 じいちゃんが人差し指を立てて出題する。


「ええと、受け流しや回避が難しい時?」


「受け止めなければ仲間が傷つく時じゃ。自分の命やリソース管理など言ってられぬからの」


 パリィ(受け流し)や回避では、側にいる仲間を守れない時……。そんな優しい気持ちが、じいちゃんが他の冒険者から好かれる理由だ。


 魔法剣に特化した修行は、それから1ヶ月、毎日行われた。


 何十回、何百回と岩を受け流し、時には失敗して全身が軋んだが、じいちゃんの厳しくも温かい指導のおかげで、少しずつコツを掴んでいった。一ヶ月後には、僅かなエーテルでより大きな岩を受け流せるようになっていた。


 そして、じいちゃんが再びダンジョンへ出発する前日を迎える。



 ◆



「どうして、もう一度ダンジョンへ入ろうと思ったの?」


 僕は、じいちゃんと白くて丸い月を眺める。


「単純に言えば、冒険者の好奇心じゃな。遺跡の先に何があるのか、古代人が何を残したのか、それを知りたくなった」


 好奇心、それはシンプルで、街に集まる冒険者たち共通の想いでもある。ダンジョンを踏破したじいちゃんでも、その想いは同じなんだ。


「遺跡のさらに先があるんだね」


「そうじゃ。まだ知れぬ古代錬金術はもちろん、世界の秘密を知ることになる“何か”がある。わしらは、まだその宝に辿り着いてない」


 英雄パーティーがまだ到達していない宝か。


「じゃが、迷いもある。新たな錬金術の発見は、生活を豊かにするばかりじゃない。このまま、そっとしておいたほうがよいものもあるじゃろう」


「危険な術ってこと?」


「使い方次第によっては……じゃよ。世界をひっくり返すほどの力は、わしらの手に余る。古代遺跡は、かつてそこに栄えた錬金術の都市が滅んだ跡じゃ。世界の秘密とは、街や世界を滅ぼしたものと関係がある。力とはそういうものじゃ」


「父さんも、それを探していたのかな?」


「そうかもしれんな。危険な可能性があっても、それが何かを知りたい。そういうものじゃよ」


 じいちゃんが少し寂しそうに上を向いた。


「見つけられるといいね。遺跡の宝。じいちゃんたちなら変な使い方はしないし」


 力は、使い方次第というより、誰が使うかによって決まる。


「そうじゃな。これが最後の冒険になろうとも、わしは必ず宝を見つけるつもりじゃ」


 月に誓いを立てるじいちゃんは真剣な表情をする。僕は「必ず帰って来て」とは言えなかった。じいちゃんに悔いのない冒険をして欲しかったんだ。



 ◆



 それが、じいちゃんの最後の冒険になった。


 残された荷物袋には、傷薬に隠されたエリクサーが入っていた。愛用の大剣は帰って来なかった。今も遺跡の奥に眠っているのかもしれない。じいちゃん達は、その冒険でもダンジョンを踏破し古代遺跡にたどり着いた。じいちゃんは、遺跡の深層にたった1人で挑んだと言う。


 遺跡の深層で、じいちゃんが何を見つけたのかは誰も分からない。生き残った英雄は、じいちゃんの最期をこう語る。遺跡の深層へ繋がる入口で、じいちゃんは、眠るように倒れていた。遺跡の先で何を見つけたか、それは分からない。


 どうやって遺跡の入口まで戻ったのかも分からないけれど、じいちゃんは、穏やかな表情で眠りについた。なぜたった1人で深層へ向かったのか。


 今思えばわかる。じいちゃんは、父さんを探しに行ったんだ。それこそが、じいちゃんが探し求めた『世界の秘密』だったに違いない。


 僕は再び、窓から差し込む月を見上げる。


 「父さんは生きている」その言葉は、僕にとっての希望だ。僕も、いつか必ずその真実を突き止める。


 じいちゃんから譲り受けた《ロングソード》を、満月に掲げる。その鋼の刃に、月明かりが鋭く反射した。


 僕は決意を新たにした。必ず、ダンジョンを踏破し、父の行方を知る「世界の秘密」へ辿り着くと。その決意は、もはや祖父の遺志でも、幼馴染への想いでもない。英雄ルークの孫ではない、自分自身の、新たな誓いだった。



 第6話 END

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