Un–Hopes City
蒔文歩
絶望区
Chapter1 三年後
静寂の世界で、俺は死体になっていた。
息を吸って、吐く。それをまた、繰り返す。肺が軋む。喉が痛い。ここは、どこで、俺は、何をしていたのか。でも全て、どうでもいい。
あのバケモノを、殺す。あいつらさえいなければ。
『コスモ!』
殺す。
『お兄ちゃん。』
殺してやる。
『おかあさあああん。』
一体も残らず。
『日本、滅亡。』
全員。
「殺してやる………!」
「大丈夫ですか?」
そう、聞こえた気がした。でも、届かない。
「俺は横浜陸軍の軍人です。怪我はありませんか?」
「………」
自分の吐息と、誰かの声。俺は何も言わない。
「怪我、してますね………運びます。痛いかもしれませんが、我慢してください。」
答える前に、そいつが動いた。断りなく俺を背中に負って、勝手に歩き出した。だれもいない金属でできた道。バケモノの死骸。俺が、殺した。振動に沿って、痛みが襲う。………やめろ。触るな。
「………離せ。」
「いやです。」
またイライラする。やめろよ。殺せ。
「………しね。」
それは、全く別の言葉に変換された。
「それも、いやです。」
無機質な足音と声。不快感が頂点に達した。
「離れろよ!」
まだ残っていた力で、背中から大袈裟に抵抗する。そいつの体から離れ、腕を振り払った。つもりだった。衝撃だった。
その瞬間、そいつの右腕が宙を舞った。
重い音が床で響く。胴から離された右腕は、一回跳ね返って、落ちたまま動かない。唖然とする。そんなに、強い力で動いたわけじゃないのに。
「………やっちゃったな。また修理しないと。」
「………は。」
ただ、当人はそれほど慌てる様子もなく、血も流さず、痛がるそぶりも見せず、その腕を自然に拾い上げた。
「心配しないでください。これ、義手なんで。」
ここで俺は、初めてそいつの顔をしっかりと見た。美しい顔だと思った。左頬には一本の傷がついていて、白い肌の中にそれが際立つ。漆黒の短髪と、瞳。
そこから、何も言えなくなった。
「えっと、名前。青木………うちゅう?」
「
「そうか。自己紹介やなんやとやりたいところではあるが、生憎人手不足だからなあ。時間がない。早速、訓練にはすぐ取り掛かってもらう。」
ここに来るまで、驚くほど簡単だった。横浜軍隊対機械作戦班。「II班」とも呼ばれる。ここで俺は、作戦に参加する。
「一日のほとんどが、肉体型訓練。そして軍の情報をまとめる作業や、臨時戦闘への参加。それら簡単な作業だけを行なってもらう。」
「はい。」
その簡単な作業で、ここでは多くの軍人が死んでいるらしい。一説によると、軍の中で一番死亡者数が多く、誰もが避けたがる班だと。俺がここに配属されたのは、「あの時」病院で治療を受けて、治療費を払う代わりに都合のいい人材に使おうとしたからだろう。でも、それでいい。俺も、最初からこの班を希望する予定だった。
「明日から本格的に訓練を開始しろ。今はもう遅いから、寮室へ行きなさい。これが鍵だ。二人一組の部屋だが、仲良くする必要はない。」
淡々と班長の男が情報を並べていく。二人一組。よくわからないが、元から仲良くする気などない。俺は、バケモノを殺しに来たのだから。
廊下を歩く。軍服が重くて、イライラする。いつからだろう。未成年の子供を普通に「軍人」と呼ぶようになったのは。日本が、滅亡した日からか?
いや、違う。もっと前から、この国には「学生兵」という制度があった。俺は進学校に通っていたおかげで徴兵を免れたけど、日本本土にもバケモノたちが攻め込んできて、たくさんの人が殺された。バケモノの殺し方が確立されたのは、およそ二年前。それまで俺たちは、あいつらに大切なものを壊されるしかなかった。でも、今は殺せる。
「………ここ、だよな。」
234号。渡された鍵と同じ番号のドアプレートがついている。もう一人の人間は、すでにこの部屋に入っているのだろうか。鍵を刺そうとすると、すでに扉は開いていた。一応ノックをして、すぐ入る。
『大丈夫ですか?』
いや、まさかな。あいつがこの班に所属している可能性は大いにあるが、同じ部屋なんて、まさか………
「………あ。」
「あ。」
声が、ハモった。一度否定した、その可能性。机の上で、金属パーツと一緒に自分の偽の腕をいじる、「彼」がいた。
まじか。
普通に朝が来た。
『どうも。』
『………ああ。』
『先寝てていいですよ。おやすみなさい。』
昨日の会話。それだけ。
「なんなんだよ………」
「よし、これから訓練を開始する。」
訓練、とは言っても、本当にそれは単純なものだった。射撃訓練三時間、座学二時間、柔道などの訓練、一時間、ダガーでの訓練、一時間。ダガーが武器として導入されたのは、本当に最近のことらしい。対「Un−Hopes」戦では非常に不向きだからだ。
射撃訓練:ライフル、ピストル、光線銃での訓練。
「あの的を狙え。hopeは心臓を撃ち抜けば壊れる。遠くからでも狙えるようにしろ!」
昔から、目はいい方だった。遠くのものを見るのが、好きだった。
「金星がもう見れたの!すごいねえ。」
母親は、そうほめてくれた。でも、もういない。
「………青木、お前はもっと遠くの的を狙え。」
「………え?」
「ここの的はもう百発百中で当たっているだろう。」
あまり目立たないよう、やるつもりだった。でも、途中からムキになってしまった。
「はい………」
「どうした吉田!本気でやれ!銃は始まる前に点検を済ませろ!」
ビクッとしたら、教官の声の先には、あいつがいた。ライフルをいじりながら、何か苦い表情を浮かべている。
「すみません………」
故障だろうか。あの感じだと、何か詰まっているようだ。
「………あーあ、あいつまた怒られてるよ。」
「ざまあだな。にしてもお前、酒のコルク栓詰め込むとかやるな。」
後ろで声がした。数人の軍人が身を寄せ合って笑っている。
「まあな。あいつ無表情で、愛想も悪いからな。」
「数年前の学生兵隊の事故で生き残ったんだろ?」
「自分だけ特別だと思ってるんだろ。」
………こんなに大きな声で話をして、バレないとでも思っているのか。いや、バレても本人が反論しないのか。
「………だっさ。」
こちらはバレないように、陰湿に言ってやる。不快だ。この世には、バカが多すぎる。
座学:hopeについての様々なことを学ぶ。
「『Un−Hopes』通称『hope』は八年前旧日本が開発した殺戮兵器であり、製作の成功したすぐ後、犯罪組織UNOに強奪されました。それが………」
真面目に聞いている者は、ほとんどいない。テスト前に復習するのも面倒だから、俺は授業で大体覚えてしまうことにしている。
そして、隣の席。
「………おい。」
「あ。」
「『殺戮』の字、間違ってるぞ。」
ちゃんと話を聞いている、少数の一人。名前は、「吉田」。ルームメイト。
『札陸兵器』
「ありがとう、気づかなかった。」
………こいつ、バカだろ。
武器無所持の際の訓練:合気道や柔道などを行う。
「踏ん張れ!こんな貧弱ではhopeは倒せないぞ!」
「………!」
どうも、これが苦手らしい。まあ、これでうまく上官が幻滅してくれたら、いいとしよう。しかし合気道や柔道なんて、対hope戦で使うのだろうか。
まるで、人と戦うときのような訓練だけど。
ダガーの訓練:うまく相手の心臓を狙う訓練をする。
「二人一組になれ!偽のダガーで実技訓練を行うぞ!」
まあ、こういう時は大体好きな人とばかりみんな組みたがるのだ。よって今日初めて訓練に参加する俺は、誰とも組むことができない。これは、教官と組まされる流れか、もしくは………
「………あの。」
「え。」
「お願いしてもいいですか?」
………吉田。今日は、こいつとよく目が合う。同じように余った人間と組む。それが、もう一つの流れだ。
「始め!」
全員が、それぞれに取り掛かる。だけど、こちらは動かない。
………隙が、ない。
先に動いたのは、彼の方だった。その目には、手加減も同情も見られなかった。俺も咄嗟に、偽の刃物を振り下ろす。そこから、動きが流れ出した。何度も振り下ろし、心臓を狙う。でも、全て避けられる。何事もないかのように。
「………っ!」
手を払われて、偽ダガーが振り払われる。武器を失った。残る道は一つだけ。最後に床へ倒れ込んで、心臓に刃物が突きつけられる。目は、最初のまま。
「………そこまで!」
終わった。彼はそのまま刃物から手を離し、俺に手を差し出した。唖然としながら、手を取る。
「ありがとうございました。」
「あ………ありがとう、ございました。」
全ての訓練が、終わった。
情報をまとめる作業。一日の日記付みたいなものだけど。後は、もう出来上がったデータをレポートにまとめる。
「終わった………」
この作業は、終わった者から随時解散することになっている。とりあえず早めに終えて、すぐ終わりにしよう。
「おーい、吉田くーん。これ残り、やっといてくれない?」
「あ、いや。」
「どうせ暇だろ?」
あの時悪口を言っていた三人組が、「吉田」の机に資料を置いていく。彼は困った表情を見せたが、諦めたように引き受けてしまった。………いや。
「………だっさ。」
「ああ、なんだって?」
今回は、ちゃんと聞こえるように言った。睨みつける。
「だせえだろ。」
「てめえ、調子乗んなよ。」
三人だからって、態度が大きく出れると思っているのか。本当に、バカばっかりだ。
「………拾え。」
彼の机から、資料を持ち上げた。そして、床にばら撒く。薄暗い藁半紙が床一面に広がる。
「お前もうタスク終わってるだろ?いくぞ。」
「あ………うん。」
「てめえ、このまま行く気か!」
「別にやらなくてもいいんじゃね?てめえらがやらなかっただけになるからよ。」
そのまま彼を引っ張って、部屋を後にする。ただの、自己満足として。
食堂。昼は一人で食べたけど。
「あの………ありがとう。」
「あ?勘違いするなよ。俺はあいつらが気に入らなかっただけで」
「わかってる。ありがとう。」
不良漫画のあるある発言に、あっさり感謝を重ねられる。流石に少し照れた。
「俺が何も言い返さないから、助かりました。」
「お、お前敬語やめろよ。多分歳変わらないだろ。」
目を丸くして、それから彼はゆっくり頷いた。食堂のカレーを一口頬張る。
「青木、コスモだよね?」
「あ。」
「俺は、吉田。十八歳。」
「………氏名は?」
まさか、「吉田」が名前なわけじゃないだろうな。俺がコンプレックスのキラキラネームを公開したんだから、そっちも教えないとフェアじゃない。ぎくりと話を逸らそうとする吉田に、畳み掛ける。
「いや、そういえば」
「おい、話逸らすな。言え。」
「………ミライ。」
声が、小さい。耳を澄まし、吉田が声のボリュームを上げる。
「吉田、未来。過去と未来の、ミライ。」
………吹き出した。
「え、ひどくない?!」
「いや、済まない。俺と同じくらいキラキラネームがいるとは思わなかった。」
「いや、キラキラ度で言えばコスモの方が………!」
「黙れ、殺すぞ。」
「理不尽!」
気づくと、普通に会話になっていた。人と関わらないだけで、ミライは人が嫌いなわけじゃないんだ。
「………あ。」
「え、どうかした?」
「お前、右手手袋つけてるのか。」
「………ああ。」
自分で言って、思い出した。自分が彼の右手を、壊したこと。
「覚えてるか、わからないけど………ごめん。腕、壊したことあるよな。」
「気にしないでいいよ、本当に。」
ごく普通に、覚えていてくれた。嬉しさを隠すように、話した。
「腕を負傷しているなら、負傷兵として徴兵を免れることができたんじゃないか?」
素朴な疑問だった。なぜ、そこまでして戦場に執着を。
「………守るため。」
「え?」
「友達を、守るためだ。」
その顔は、少しだけ赤くなっているようにも見えた。………まさか。
「その人、女性か?」
「うん。なんでわかったの?」
「いや。」
「でもそれは、コスモも同じことだよね。」
「え。」
「治療を受けた時に、そうやって軍に入らずにも済んだはずなのに。」
聞かれたときの答えは、決まっていた。俺が、戦場に行く理由。
「バケモノを、殺すためだ。」
「バケモノって、hopeのこと?」
「あいつらに、家族を殺された。」
ミライが驚くのがわかった。あの光景が、フラッシュバックする。
母親は、頭をかち割られていた。首の断面を見て、俺は吐いた。それでも、家族を探したくて、家の中を探した。でも、いなかった。
妹が手首につけていたミサンガが、血に濡れて残っていただけだった。
「あんな殺され方を、もうさせない。hopeも、hopeを作った奴らも、全員殺してやる。一人残らず。」
「………」
話をまた、逸らされるかと思った。でも、今回は話が詰まった。
「………辛いね。」
こんな言葉をかけられたのは、初めてだった。だから。
「………あんたに、何がわかるんだよ。」
突き放した。本当に、惨めだ。
「わかるわけないだろ。」
だけど、彼は離れなかった。澄んだ瞳の奥を、じっと凝視した。光にも見えるし、闇にも見える。きっと、どっちもだ。
「………ごめん。」
「いいよ、謝らなくて。」
気不味い空気が流れる。なんとなく各々食事を済ませて、先に寮室へ帰ってしまった。
「………あの、コスモ。」
「なんだ。」
「座学を、教えてほしい。」
………よくもまああの空気で、なんて言葉も出ないほど、唐突。寮室へ行くなり、ミライが頭を下げてきた。
「戦闘訓練に精一杯で、自主勉強も捗らないんだ。頼む。」
「精一杯って。」
訓練での様子を思い出す。
「お前ダガーの扱い滅茶苦茶うまいだろ。」
「でも、それだけじゃ勝てない。」
目が本気だったから、さらに驚く。
「俺にできないことは、多い。敵がhopeだけではない今、一つのことができるだけじゃ、ダメなんだ。」
「………敵が、hopeだけじゃ、ない?」
ずっと、喉の奥にあった疑問。それらが、一つになる。
「本当の、敵は………」
ミライが口を開く。それと同時だった。
『敵襲、敵襲!旧渋谷スクランブル交差点近くで大量のUn−Hopesを発見。至急、II班の兵士は出動を要請します。繰り返します………』
「敵襲………今?」
真夜中だ。こんな時間に。
「行こう、コスモ!」
ミライは言いかけていた口を閉ざし、すぐ寮室を後にする。頬を叩いて眠気を覚まし、すぐ俺も追った。
「いやー、ついてねえな、こんな時に敵襲なんてよ。」
「すぐ終わらせて帰ろうぜ。」
真夜中の進軍は、其々が持つライトの光を頼りに行う。まるで、お化け屋敷のように。
「hopeの駆除なんて、仕組みさえ分かれば簡単だしな!」
「あー眠。」
すっかりだれきった空気の中。ミライだけが、ずっと前を見ていた。
「………おかしい。」
「え。」
「hopeは確か、夜の活動は不活発だったはずなのに。」
………確かに。なのに、急に渋谷に現れた。それが示唆する可能性は。
「………まさか、hopeは」
「見つけたぞ!」
兵長の声。俺は言葉を止めて、反射的に銃を構える。ここからは、まだ遠い、hopeたちの列。潜んでいた殺意が、一気に溢れ出す。
「撃ち方、よーい」
戦争が、始まる。
「はじめ!」
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