第2話「天才パイロット」


 神凪は勝利の余韻に浸りながら帰艦していた。


──向かう先は、母艦プロメテウス


 全長数キロに及ぶリング型空母。その外周部はゆるやかに回転し、地球と同じ重力を再現している。


 リング内部は、まるで小さな都市だった。人工の大地には植林が施され、緑は視覚的な癒しだけでなく、酸素供給やクルーの精神安定にも役立っている。


 人工の空は時間に応じて朝焼けや夕暮れを映し出し、鳥の鳴き声のホログラムが響く。兵士たちはその下を歩き、まるで地球の郊外を散歩しているかのように過ごしていた。


 リングの中心には巨大な格納庫が浮かぶ。無重力状態の空間に、戦闘機ツバメが規則正しく並び、発進時にはゲートが開いて矢のように宇宙へ射出される。


 格納庫と居住リングは無数の連絡路で結ばれている。兵士たちはエレベーターに乗り、無重力区画を抜けて任務へと向かう。


 神凪の姿がよく見られるのは、その連絡路の途中に設置されたシミュレーション室だ。暇さえあれば模擬コックピットに潜り込み、仲間の視線も気にせず黙々と操縦を繰り返す。実戦での苛立ちを抑えるかのように──。


 戦場と日常が同居する。これが《プロメテウス》という母艦であり、彼らが暮らし、戦い、そして帰還する“もう一つの地球”だった。


「そろそろ着くぞ。開けてくれ」


『ゲートを開きます。おかえりなさい』


 格納庫のゲートが開き、淡白いランプが次々と点灯する。誘導員の指示に従い、神凪は機体を滑り込ませた。


 降機した彼は歩きながらヘルメットと手袋を乱暴に脱ぎ捨てる。受け取った誘導員は、ひっくり返った手袋を直すこともなく、無言で彼を見送った。


 エレベーターで連結路へ。扉が開いた瞬間、腕組みをして仁王立ちするリサが待ち構えていた。


「……おかえりなさい」


「ただいま。……もしかして怒ってる?」


「もしかしなくても、ね」


 神凪は小さくため息をつき、リサと並んで管制室へ向かう。


「今回は少数だったからよかったけど、数が増えたらあなた一人じゃ無理。もっとチームを大事にしなさい」


「アイツらの子守りをやれってことか? 今日だって、あのままじゃ全滅だったぞ」


「……空じゃ“天才”だったかもしれないけど、ここでは下っ端なの。もう少し人付き合いを考えなさいよ」


 神凪は立ち止まり、リサを一瞥し、すぐに歩を進めた。


「……戦闘機乗りは、実力がすべてだろ」


「そうよ。でも、あなたは協調性がなさすぎる。一年前からずっとね」


「俺はここに友達を作りに来たんじゃねぇ」


「じゃあ何? 仲間? その仲間はできたの?」


「……」


 リサの鋭い言葉に神凪は沈黙した。彼がここ、NASA特殊部隊『宇宙空挺チーム』にやって来たのは──ちょうど一年前に遡る。




──NASAは、“天才パイロット”を探していた。


 半年ほど前から、宇宙から謎の信号がキャッチされていた。その頻度は次第に増していき、やがて政府とNASAは「地球を狙う外来の探査信号」と結論づける。地球は何者かに標的とされていた。


 迫り来る宇宙戦争に備え、NASAは戦闘機乗りの育成に本格的に乗り出した。各国空軍にスカウトを送り、優秀なパイロットを引き抜き始めたのだ。


 アメリカ、ロシア、イギリス──主要各国から数名を迎えたが、飛び抜けた才能を見せる者はいなかった。


 そんな折、スカウトから一報が入る。


「物凄い奴を見つけた」


「どこの国だ?」


「……日本だ」


「……おいおい、冗談だろ? 日本は核すら持たない“戦争弱者”じゃないか」


 しかし、すでにNASAで訓練中の各国パイロットたちの間でも、その名は囁かれていた。軍事演習で彼の操縦を目の当たりにしていたのだ。


──その名は、神凪裕二。


 噂の真相を確かめるべく、スカウトと管制官、上層部は日本へと向かうことを決めた。




第2話 了

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