舞い降る桜と花火
花びらが散り、緑が増えてきた桜の木が風でざわめく。それはまるで、俺の今の心境を表しているようだった。告白の事を考えただけで、心臓が張り裂けそうなくらい高鳴る。夏が来たら何を話そう。どのタイミングで告白をしよう。告白の時、どんな言葉で気持ちを伝えようか。頭の中でいろいろなことが浮かんでは消えていく。そんな俺を無視するかのように時間は過ぎ、夏との集合時間を迎える。しかし、夏は来ていなかった。
「珍しいな。夏、いつも時間守るのにな。」
夏は時間や約束事は守る性格だったので、何かあったのかと心配になる。数十分が過ぎ連絡をしようか迷っていると、夏が息を切らしながら小走りでこっちへ向かってきた。俺は夏が来てくれたことに、まず安心した。昔のように何も言わずいなくなってしまったわけではなかったから。
「ごめんね遅くなっちゃって。結構待たせちゃったよね。」
夏は少し息を整えながら、俺に謝った。
「全然大丈夫だよ。なんかあったの?」
「いろいろしてたら結構時間かかっちゃって。」
桜の木がさっきよりも強い風でざわめく。
「そうなんだ。珍しいね、夏が遅れてくるなんて。心配しちゃったよ。またいなくなったんじゃないかと思って。」
俺が冗談っぽく言うと、夏がぎこちない顔で笑う。
「ごめんごめん。もう何も言わずにいなくなったりしないよ。」
「そうだよな。安心した。」
そうして俺たちは、昔から花火を見るときに使っていた隠れスポットへ向かった。
だんだんと空が夜に染まり始め、花火の時間が近づく。…………。俺は夏のことで頭がいっぱいになり、喋れなくなってしまう。俺たちの間に長い沈黙が生まれる。そんな沈黙を破ったのは花火の音と、夏の言葉だった。
「わあ、綺麗。桜と一緒に花火が見れるのって、この街の花火大会くらいなんだよね。」
俺からしたら毎年見ているから普通のことだが、夏は久しぶりにこの光景を見られて感動している。俺たちは言葉を交わさないまま花火に見入っていた。夏を見ると懐かしさからか、少し泣きそうな顔をしていた。だんだんと花火がクライマックスに近づき、花火の打ち上げられる間隔が狭くなってくる。花火に呼応するように俺の心臓も高鳴っていく。それは告白の時が近づいてきているのを、俺に自覚させるようだった。
「夏、あのさ。」
あんなにも考えがまとまらなかったのに、もう少しでこの時間が終わってしまうと思うと、つい言葉がこぼれていた。夏が優しい表情でこちらを向く。俺は勢いに任せ、言葉をつなげる。
「昔夏が引っ越す前なんだけど、俺、夏のこと好きだったんだよね。だけど思いを伝えることはできないまま夏がいなくなっちゃってさ。ずっと後悔ばっかりしてたんだ。」
夏の表情は変わらず、俺のことを優しく見つめている。謝ることもなく、心配することもなく、夏は静かに俺の話を聞いてくれていた。
「そのあともずっと夏のことが忘れられなくて、また会えたらとか考えてたけど、そんなことありえないと思って諦めてた。でも、奇跡が起きて夏とまた会えた。それでまた一緒にいるうちに好きになってた。ずっと一緒にいたいって思ったし、もうあんなことにはなってほしくないって思った。」
俺は夏の目をまっすぐ見つめる。空には大きめの花火がいくつも打ちあがっている。
「だからいま、改めて伝えるね。ずっと昔。夏がいなくなる前から、いなくなった後でさえも好きでした。そしてもちろん今も、これからもずっと好きです。俺と付き合ってください。」
俺が告白の言葉を伝えた後、花火の最後の一発が散っている音だけが聞こえてくる。少し間を取ってから、夏が口をひらく。
「私もね、昔からはる君のことが好きだったんだよ。私もはる君と同じで、引っ越してからもずっと忘れられなかったし、好きだった。こっちに戻って来て、はる君とまた会えて好きになったよ。私もはる君と付き合ってこれからずっと一緒にいたいと思った。」
夏の言葉がここで一度止まる。すごく不安そうな表情をしている。俺は夏の言葉をゆっくりと待った。「お願いします。」の一言を。しかし、次の夏の一言で俺の頭の中は真っ白になる。
「でも、ごめんなさい。はる君と今は付き合うことができない。本当にごめん。」
桜の木がまた風でざわめき、花びらが散る。俺は言葉も、涙すらも出なかった。代わりに汗ばかり出てくる。そんな俺に追い打ちをかけるように、夏が涙ぐんだ声で続ける。
「実は、明日また引っ越すことになっちゃって、はる君のそばにはいられないんだ。だから今は、付き合うことができない。」
「え……。」
俺は何と言ったらいいかわからなかった。言葉が出てこなかった。知らず知らずのうちに涙があふれてくる。俺の目は何にもピントが合わず、虚無の空間をただ見つめることしかできなかった。
「本当にごめんね。本当に……。」
夏の震えた声が聞こえてきて、俺は夏の顔を見た。夏は同じ言葉を何度も繰り返しながら、あふれる涙を必死にぬぐっていた。
「今回はみんなに黙ってないでちゃんと言おうって思っていたんだけど、みんなとの時間が楽しすぎて、ずっと一緒にいたくなって結局言い出せなかった。」
俺は夏が今日、どういう気持ちで花火を見ていたのかと思うと心が苦しくなった。涙が止まらなくなる。この涙は俺が夏がいなくなるショックを受けていたからでもあった。でも、それ以上に夏が不安や悲しみ、寂しさ、罪悪感などいろいろな感情を持っていたはずなのに、最後に会ってくれたことに対しての感謝があった。昔のように、そっといなくなってしまえば別れのつらさは少しやわらぐのに、わざわざ会いに来てくれた。そう思うと俺から夏に送れる言葉がなかなかみつからなかった。
「夏、そんな泣くなって。あの時だってもう会えないと思ってたけどまた会えたんだし。」
桜の木を見上げる。上を向いても涙がこぼれてくる。
「俺たちもこの桜の木みたいにいつまでも変わらずに待ってるから。また夏が俺たちの前に咲きに来てくれる時を。」
俺は泣きながらも笑っていた。引っ越しのことを夏に前向きなものとしてとらえてほしかったから。昔はできなかったけど、夏を明るく送り出してあげたかったから。優しく背中を押してあげたかったから。
「はる君、ありがとうね。君は本当にいいやつなんだから。」
俺の言葉を聞いて夏も笑っていた。涙が止まることはなかったけど、今日一番の笑顔をしていた。
そのあと俺は、夏を家まで送っていった。その時間は、俺たちがお互いのことを忘れないように、思い出を一つでも増やせるように、一秒も無駄にせず大事に大事にかみしめるように過ごした。
「送ってくれてありがとう。気を付けてね。」
夏の家につき、別れの時が来てしまう。
「うん。じゃあ、またね。」
俺はいつもどおりに夏に別れの挨拶をする。あんまり別れを惜しむと帰れなくなってしまうと思ったから、最後はいつも通りさっぱりと、またいつでも会えるかのように振舞った。夏に背を向け自分の帰り道へと歩き出す。一度止まっていた涙が、再びあふれ出す。その涙が夏にばれないように堂々と歩く。
「はる君、元気でね。また、私たちに桜の咲く季節が来ますように。」
後ろから夏が震えた声をごまかすように声を張り上げる。俺は夏のほうへ振り向かずに手を振った。
次の日、学校に行く前に夏の家の前を通る。そこは昨日までの日々が夢だったのかと思ってしまうほど、とても静かだった。ただ、俺の中に残る夏との思い出、夏がくれた言葉、それらが夢ではなかったことを証明してくれていた。夏のことを忘れるわけじゃない。これから先、いつか会える日の為に前に進み続けようと俺はこの日、決心した。そうして俺は前を向いて学校へと向かった。春が終わり、夏が近づいてきてすこし蒸し始めた空気を感じながら。
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