白井未衣子とロボットの日常《短編》

カレーポーク

1・調査の日

 私の家族は、私・2人の兄と祖父母が同じ家に住んでいる。


 他に父がいるのだけど、父は別の場所に住んでいる。家族と喧嘩して家出したわけではなく、仕事の都合で離れているだけ。


 祖父が1日に1回程のペースで、父に連絡をとっている。祖父が穏やかにニコニコしている日もあれば、怒鳴り散らしている日もあった。


 私は……父の仕事が何をしているのかわからない。 学校の課題で出された時も、祖父の昔していた仕事を書かされたんだ。祖父は靴の製造会社で働いていた。


 [ラストコア]での強制訓練を終えて、私達3兄妹は帰宅した。武人兄ちゃんも一緒についてきてくれた。


「まあちょっと寄るだけやからな」


 家のドアを開けると、怒鳴り声が聞こえた。武人兄ちゃん以外は声の主がわかっていた。


「またおじいちゃんかよ」

「お父さんに八つ当たりが酷いんだなぁ……」


 祖父の怒鳴り声は、白井家では馴染み深い声になっていた。


 むしろ怒鳴り声よりも内容が気になった。祖父の部分しか聞いていないので、事実は把握できなかったけど。


「経営方針を変えるだと……今住んでる高齢者達はどうするのだ!」

「外国人受け入れて、既存の人々が困惑するだけだろう!」

「何年この商売をやっているんだ! ウチは長年住んでいる高齢者と労働者のみだ! 外国人は拒否しろ!」

「ウチの建物は観光ホテルじゃない!」


 祖父は受話器を強く叩きつけた。


 高齢者、労働者、ホテル……? 介護のお仕事? でも介護のお仕事だったら、 無理に隠す必要ないよね? だってお年寄りの人の世話をするんだから、役に立っているよ。私は自分中心だとわかってるから、絶対その仕事向いてないと思うし。


 ますます気になってしまった。早速私は調べようってなった。


 まずは話を聞いてみようとした。でも祖父母ははぐらかした。期待はできなかったので、他の方法で調べた。


 こういう時、インターネットは便利だなぁ。言葉を入力するだけで、膨大な情報が出てくるもん。ネットの情報を、私はメモしたり、印刷したりと収集していた。


 すると、お目当ての情報を見つけたんだ。


 愛嬌市北部は繁華街。行く手前に、出稼ぎ労働者達の住処があると。労働者達はその場しのぎで生活していて、繁華街へのお出かけが趣味と化している人が多いらしい。


 住処の地図を調べてみた。 ホテル? マンション? 名称が複雑な建物が多すぎる……父の働き場を探すのは難しいなあ。


 

 決まりだ。現地へ行こう。


 私は[ラストコア]の帰り、勇希兄ちゃんの迎えが来るまでにこっそり 《転送装置》を使った。


 家の最寄駅までやってきたら、切符を買って電車に乗った。乗車には苦労はしなかった。夜は暗かった。


 目当ての駅に着いたけど、駅構内は綺麗ではなかった。地面のゴミはわかるけど、食べ物のカスやらよくわからない液体も地面に撒かれていた。


 建物などの壁際には塗料スプレーの落書きが。怒られないのかな?


 マンションみたいな住処が多いと思っていたけど、実際は居酒屋やコンビニも多かった。


 父や祖父ぐらいの男性達の笑い声が聞こえる。


 駅から離れると、夜のせいか街中は暗い。街灯はあまり機能していないらしい。ホラーのアトラクションに挑戦しているかのようだった。


 でもここは遊園地ではない。普通の街だ。街なのに、恐怖が押し寄せてくる感覚が染みついてきた。


 居酒屋で飲む人達はマシだった。歩いていくと、路上でマントか何かを敷いて座っている人がいた。もう高齢のお爺さんで、腫れているのか、顔が真っ赤だった。


 少しチラッと見ただけだけど。


「嬢ちゃん! ここに何のようだい?」


 と声をかけられた。因縁をつけられたかのような、怒り気味の荒げた声だった。


 本来は知らない人には無視しろと教わったけど……目的達成の為にもっと情報が必要だ。私は丁寧に返答した。


「父を探しているんです! マンションみたいな所で働いていて……」

「マンション? 住む所なんか、この辺りはたくさんあるよ!」


 言われてみればそうだった。事前に調べたとおり、ここは労働者達が暮らす街として有名だという情報があったんだ。資料で調べるよりも複雑で大変かもしれない。


 お爺さんに話すばかりでは時間の浪費になるだろう。


「すみません、ありがとうございました」


 私はお礼だけを述べて、もう少し歩き回ろうとした。


 私の不注意だった。歩いてる誰かにぶつかってしまった。


「あ……」

「おいガキ! どこほっつき歩いてんだよ!」


 どうやら私は、またお爺さんと出会してしまった。今度は先程の人と比べて、かなり気が荒れているようだ。


 とりあえず、ぶつかったみたいだし、謝ろう。


「ごめんなさい!」

「ああ? お前ケンカ売ってるのか!」


 え? ケンカを売る? 怪我させた事を謝るだけで? 


 私は頭がパニックになった。無意識に私の言動にも棘が出てしまった。


「ごめんなさいって、謝っていますよ!」

「ああ? 俺に突っかかるとはいい度胸だな! クソガキ!」


 私は自分で言うのもなんだけど、大人しい真面目な性格だ。一応、その点は関心のない学校の先生も認めてくれている。だから、『クソガキ』と言われる程やんちゃな子供じゃないのは、自分でもわかっている。


 でもこの人は、私に向かって『クソガキ』発言をした。ただ単に不注意でぶつかっただけだよね? どうしてなの? 私は泣いてないけど、動揺はしていた。



 その後に現れたおじさんがいなかったら、走って逃げたかもしれない。


「待ちな。その子供はこちらで話をするから、貴方は帰りな」


 おじさんはお爺さんの手を掴んでいた。


「あ? テメェ誰に口聞いて……」

「帰れ、って言ってるのがわからないのか? この腕が折れるまでに去れ」

「あ、あ、あ、あ、」


 お爺さんの顔が強張った。おじさんの掴んだ手の握力が強かったのかな。お爺さんはうまく言葉を発せなかった。


 今のうちに逃げよう、なんて思っていたら、おじさんに止められた。


「お嬢ちゃん? 送り迎えするからそこで……未衣子?」


 突然、名前を呼ばれた。声の主は、助けに入ったおじさんからだった。


「え?」

「未衣子? 未衣子なのか?」

「未衣子は私ですけど」


 名前を連呼してくるので、私は正直に答えた。


 するとおじさんはお爺さんの腕を振り離して、私に近づいた。お爺さんは即座に逃げた。


「未衣子、こんな所までどうして……」

「父を、探してまして」

「俺のことかい?」


 『俺』? 私は聞こえたんだけど……まさか。


「お父さん、なの……?」

「あはは……数年も会っていなかったら、顔をよく覚えてないか……」


 この人、私のお父さんが言っている事はまさにそうで。


 小さい頃から私達3兄妹は祖父母と一緒に暮らしていた。


 母は残念ながら雲の上にいっちゃったのだけど、父はまだ生きているのを覚えているだけ。


 私は、私達は、父とあまり顔を合わせてないのだ。だから私は、父の顔をよく知らなかったんだ。


「ひとまず、ここでウロウロしていたら危険だ。ご飯は食べたかい?」

「まだ……です」


 私はまだ警戒していた。あの厳ついお爺さんの件もある。この人が本当に私の父なのか、疑っていた。


「そうか。あまり顔を知らないからな、未衣子は。でも大丈夫。比較的安全な駅前に丼屋があるから、奢ってあげる」

「いやお金は……」

「欲しい本の為に取っておくんだ。少ない小遣いでよくここまで来れた事は褒めてあげるよ」

「私の趣味、わかるんですか?」

「お婆ちゃんから散々聞かされているからね。丼と麺類だけど、好きなもの食べたらいいよ」

「ありがとう……ございます」

「まだ表情硬いな……」


 父はやれやれと頭をかいていた。


   ★★★


 駅前の丼屋さん。安価で早くメニューが出てくるお店だった。私は親子丼ときつねうどんを注文したが、家庭の味で美味しかった。


「ところでよくここまで来たね? どうやって?」

「インターネットで」

「ネットか……今の時代は便利だなぁ」


 ハハハと笑う父。牛丼とかけそばのセットは、まだ少し残っていた。


「お爺ちゃんは何も喋らないだろう?」

「電話の声が……」

「妙な所で頑固だからな。お爺ちゃんは」


 父はビールの入ったコップを置いた。


「ちょっと、仕事を変えようと思ってね……あ、転職じゃないよ?」

「何を変えるの?」

「未衣子は電車乗った時、外国の人を見かけたりしなかったかい?」


 例えば、大きなキャリーバックを引っ張っていく金髪の人とか、と父が聞いてきた。


 私は電車に乗った時の様子を思い出した。


 そういえば。金髪の女性2人が、キャリーバックを置いて話し合ってたなぁ。あの言語はおそらく、英語だったかな?


「未衣子が訪ねてきたから言うけど、俺の仕事はホテル業なんだ」

「旅行に来た人を休ませる仕事?」

「本来の意味はそうだけどね……実は俺の、いや白井家のホテルだが、お客さんのほとんどが労働者達なんだ」


 え? どういう事? 普通住むのだったら、ホテルじゃなくて、マンションとか家だよね? 私はすぐに理解ができなかった。


「普通なら未衣子の想像通りだ。だがここ愛嬌市北部の今成区は昔、市の開発事業で多くの日雇い労働者が借り出されてね。彼らの仮住まいとして、俺達のホテルがあるんだ」


 父はかけそばの残りを食べ切った。


「時代が変わり、雇用形態も変わり、日雇い労働者が減っていった。開発事業は大手の建設業が担うようになって、彼らの仕事が減った。宿泊費が払えず、ホテルを出る羽目になった人達も多数でね。

 そこで、国からの支援制度を利用した給付金で生活してもらうよう、切り替えたんだが。労働者達は高齢化が進んで、具合を悪くしていなくなる人達も増えたんだ」


 父は牛丼の最後の1口を口に含んだ。よく噛んで飲み込んだ後に、続きを話した。


「そこでだ。実は近所の専門学校の先生から話を聞いてね。

 愛嬌市全体が観光の街としても栄えようというプロジェクトを計画しているらしく、外国人の観光客を呼び込もうとしているんだ。観光ガイドのセミナーも開催されて、僕も参加したんだ。

 今成区の既存のホテルを利用すれば、プロジェクトのコストも削減しやすいとね」

「お父さんはその話、乗るの?」

「最初は半信半疑だったさ。外国人絡みだと国境を超えた手続きの問題もあるし。

 でも、俺には支えなくてはならない存在がいる。和希、勇希、未衣子、お爺ちゃんやお婆ちゃんという家族を。吉川区の喫茶店だけではね、未衣子達を支えきれないからね。

 だから家に帰れなくても、俺は未衣子達を家族だと思っているし、未衣子達を助けているつもりだ。

 ……未衣子には実感が湧かないかもしれないけどね」


 実感はそうかも。私は父や祖父母みたいに働いていないのだから、お金の感覚がわからない。家事はほとんどできるけど、生計の立て方はあまりよく知らない。


 父はおそらく、「生活するにはこれだけの費用がいる」事を知っているんだろう。


 だから働いているんだ。私達を支えるために。父の苦労だけは、段々理解してきたよ。


「それじゃ、もう家に帰ろうか。お婆ちゃんには俺が言いつけておく。だから未衣子、お父さんの仕事は覚えてていいし、遊びに来てもいい。

 でも、お婆ちゃんの言いつけだけは守ってあげてくれ。いじめの時以来、お婆ちゃん達は心配してくれているから」


 店を出ると、父は近所の駐車場に連れてきた。黒色の普通の自動車。私の家族分ならちょうど乗れるサイズだから、軽よりは大きめだった。



 ここで私は、ある人物と遭遇した。というのは、私を探していたなんて事、知らなかっただけだから。


「未衣子!」


 車に乗る前に私は呼ばれたので、後ろを振り向いた。


 癖毛の強い黒髪ロングの、メガネをかけた男の人……武人兄ちゃんだった。


 武人兄ちゃんは走ってきた。


「武人兄ちゃん?」

「未衣子、和希と勇希が心配しとるんや、家に帰るで……」


 すると、車のエンジンかけた父が睨んだ。


「ウチの娘に、何か用かい?」


 父は怖いお爺さんをねじ伏せた事があるから、並大抵の男の人は怯えるけど。


 武人兄ちゃんは、違うんだ。


「娘、やと?」

「俺はこの子の父親です。今から送り迎えをするんですよ」

「場所は、吉川区の神社の近くの、喫茶店の入った3階建ての住宅やな?」

「!」


 父は目を大きく見開いた。


「何故ご存知で……」

「未衣子達の通う塾の先生やねん。未衣子が意欲の高い生徒でな、難しい内容も教えてるんですわ」

「そうなのか、未衣子」


 父は私に尋ねてきた。私は空気を読んで、武人兄ちゃんの言った内容を認めた。


「う、うん。そうだよ」


 塾ではないんだけど……ここで言うとややこしくなるから黙っておいた。


「今から娘を家まで送るんですよ。なのであなたは下がって頂きますか?」

「一緒に乗せる選択肢はないんやな? せやけど、それでお婆ちゃん達納得するん?」「俺は普通に対処できますから」

「未衣子は1人で外出させるなと言う禁止令が出てるんやろ? あんた、自分の仕事内容隠しとったみたいやな」

「隠してたのは親父ですよ」

「あんたが未衣子と一緒に帰ったら、未衣子は余計外に出られへんやろ? いじめ問題でも縛りがついとんのに」

「そうですが……」

「最寄り駅で下ろしてくれたらええ。あとは俺が連れて帰る」


 すると父は運転席でため息をついた。


「未衣子、この人を乗せていってもいいか? 未衣子はこの人知っているみたいだけど、俺は心配なんだ」


 今度は武人兄ちゃんが後ろから言った。


「別に俺は1人で帰ってもかめへんで。親子だけで話したい事たくさんあるやろ?」


 判断は、私に委ねられた。


 どうしようと迷いそうだけど、せっかく来てくれた兄ちゃんの好意を無にできない。


「いいよ兄ちゃん。後ろに乗って。その代わり……」


   ★★★


「親子の会話に参加せえへんかったけど、よかったんやな?」

「ごめんね。心配してくれて……でも兄ちゃん、何でわかったの?」

「アレックスに《転送装置》のルートを探ってもらってな、それでわかったんや」

「すごいね、これ」


 私はブラウスの中に隠したペンダントをチラッと見た。


「あんな所で働いてんねんな、お父さんは」

「初めて知ったんだけどね。今まで教えてくれなかったし」

「ほんまに愛嬌市内でも、色々あんねんなぁ……噂は聞いとったけど、外に出えへんからな」

「兄ちゃんは10年 くらいだもんね。愛嬌市の知識は、私の方が先輩か……」


 へへ、と私は笑った。これから祖母に怒られるかもしれないのに、呑気になっちゃってるな。


 多分、隣の兄ちゃんがそばにいるから、平気なんだろうな。


「事情を抱えてんのは、俺だけちゃうんやな」

「え?」

「いや、何でもあれへん」


 武人兄ちゃんが独り言言っていた気がしたけど、兄ちゃんが止めたので深掘りはしなかった。


「未衣子、お父さんは良かったか?」

「うん。お父さんは立派に仕事しているよ。お爺ちゃんが怒る様な悪い事はしてないわ」

「そうやと思う……暮らせる家を提供できるのは、決して悪い事やない」


 兄ちゃんの言う通り。暮らせる家があるのはありがたいんだ。


 初めて今成区内に来た時、路上で寝ている人もたくさんいた。


 今は5月初めで夏に向かって暑くなる。夏は雨が多いから、濡れて風邪をこじらせてしまう。あの人達も、父の所で休ませればいいのに……。


 なんて考えたけど。父はホテルの名目で商売をやっている。多分、あの人達はお金がないから、家に住めないんだろう……誰か、助けてやれないのだろうか……。


「今は、家の事心配した方がええで?」


 武人兄ちゃんの言葉に、顔をあげた。


「あの人らはなんとかして生きていけると思う。今までずっと生きていけてたんやからな」


 そうかもしれない。私が心配していても、何も解決しない。


 だったら、私が今しなければならない事に専念しなきゃいけない。それは、あの人達がこれからも生きていける様に。この地球を守る事だろう。


 せっかく武人兄ちゃんという、強力な仲間がいてくれるのだから。もっと、勉強して、強くならないと。


 家には無事に着いたが、私は家族に怒られるのは避けられた。武人兄ちゃんが自分の不注意として、深々と頭を下げたからだ。


 その後、勇希兄ちゃんに詳細を教えてほしいと言われたので、

「お父さんは頑張ってるよ」

 と一言返しておいた。

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