第5話 約束の夜

病院の白い廊下は、雨音を吸い込んで静まり返っていた。

玲奈は受付で篠原悠真の病室を尋ね、案内されたのは最上階の特別室だった。

扉の前で深呼吸をする。

心臓の鼓動が、まるで何かを知らせるように早くなる。


ドアを開けると、淡い光に包まれた部屋の中央に、悠真が静かに眠っていた。

モニターが規則的に点滅し、呼吸は穏やかだ。

玲奈はそっと近づき、ベッドのそばに腰を下ろした。


「……やっと、見つけた」


手を握ると、その温もりは確かに“生きている”ものだった。

けれど、彼の表情はどこか苦しげで、夢の中でも何かと戦っているように見えた。


バッグから例のスマホを取り出す。

画面には、最後のメッセージが届いていた。


【夜、屋上で】


玲奈は顔を上げた。

病室の窓から見える外は、夜の帳が下り始めている。



屋上に出ると、雨は止み、街の灯りが滲んでいた。

玲奈は空を見上げ、深呼吸をした。

その瞬間、ポケットのスマホが光を放つ。

画面には、悠真の姿が映っていた――しかし、それは“映像”ではなかった。


『玲奈、聞こえるか? これが俺の最後の記録だ。

俺は未来を見た。美咲を救うために過去を変えようとした。

けど、本当に救うべきは、“今”を信じる人の心だったんだ。

君と美咲の笑顔があれば、俺はもう大丈夫だ』


声が途切れると同時に、夜風が優しく吹き抜ける。

玲奈は涙をこらえながら空に向かって叫んだ。


「悠真――私たちは、生きてるよ! もう、過去に縛られない!」


その瞬間、遠くで稲光が走り、スマホの画面が静かに消えた。

そして――病室のモニターが、微かに反応した。



翌朝。

玲奈が再び病室を訪れると、悠真は目を覚ましていた。

驚きと安堵が混ざる笑みを浮かべ、玲奈を見つめる。


「……夢を見てた。二人が笑ってる夢を」

玲奈は涙をこぼしながら微笑んだ。

「夢じゃないよ。――約束、果たしたんだね」


美咲も病室に現れ、三人は静かに手を取り合った。

窓の外では、雨雲が晴れ、光が差し込んでいた。


それはまるで、過去の痛みを洗い流し、新しい未来を照らす“約束の光”のようだった。

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