第3話 封じられた場所

午後の空は、薄曇りだった。

玲奈は小さな傘を握りしめながら、線路沿いの坂道を歩いていた。

電車の音が遠くで響き、雨上がりの匂いが街を包む。


事故現場は、駅から少し離れた踏切だった。

一週間前、美咲はこの場所で車に撥ねられ、即死と報じられた。

だが、玲奈には今もそれが“信じられない”でいた。


踏切の遮断機のそばに立つと、風が頬を撫でた。

――そのとき。


バッグの中のスマホが、ひとりでに光った。

画面には、地図アプリが開かれ、赤いピンが示されている。

位置は、この踏切のすぐ裏手にある廃屋だった。


「……ここに行けってこと?」


玲奈は足を踏み出した。

雑草が生い茂る細道を抜け、古びた木造の建物が現れる。

窓は割れ、壁には落書き。

かつては町の診療所だったらしい。


ドアを押すと、鈍い音を立てて開いた。

中は埃だらけで、空気が重い。

けれど、床の上に“誰かが最近置いた”と思われるものがあった。


――1枚の写真。


それは、美咲と悠真、そして玲奈の三人が写った高校時代の写真だった。

夏祭りの日、浴衣姿で笑い合う自分たち。

懐かしいはずの記憶が、胸の奥で疼く。


「……どうして、これがここに?」


そのとき、背後から微かな音がした。

振り向くと、廃屋の奥の部屋の扉が、ゆっくりと開く。

中には――誰かがいた。


玲奈は息を呑む。

「……美咲?」


暗がりの中から現れたのは、確かに美咲だった。

けれどその顔は青ざめ、瞳には涙が光っていた。


「玲奈……ごめん。私、死んでなんかいないの」


玲奈は言葉を失った。


「全部、嘘だったの……私が姿を消したのは、悠真を――守るためだった」

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