『消えた約束』

暫定黒糖プリン

第1話 消えたスマホ

カフェ「レヴェリー」は、いつも夜の八時で店じまいだ。

閉店十五分前、白石玲奈はいつものようにテーブルを拭きながら、流れるBGMのピアノに耳を傾けていた。

秋の雨が静かに窓を叩き、店内にはわずかに焙煎豆の香ばしい匂いが漂っている。


そのとき、ドアのベルが鳴った。

入ってきたのは、傘もささずにずぶ濡れの青年だった。

黒いパーカーにジーンズ。目は疲れているが、どこか焦りを隠しているような表情。


「すみません……もう、閉店ですよね」

「あと十五分、大丈夫ですよ」

玲奈は笑顔を向け、カウンター席を示した。


青年はホットコーヒーを注文し、震える指でスマホを取り出した。

その手元をちらりと見たとき、玲奈はふと胸がざわつく。

なぜだろう。――彼をどこかで見た気がする。


だが思い出せないまま、青年は短く礼を言って席についた。

彼は何度もスマホの画面を確認しながら、小声で何かをつぶやいていた。


「あと一日……間に合うはずだ」


玲奈には意味がわからなかった。

けれど、その目の奥には、絶望と希望が綱引きをしているような光が宿っていた。


閉店時間。

青年は伝票を置くと、深く一礼し、静かに店を出た。

玲奈はいつも通りカウンターを片付け、電気を落とそうとして――気づいた。


カウンターの上に、スマホが置かれている。

画面にはひとつのメッセージが点滅していた。


【明日、彼女を救え】


玲奈は息をのむ。

思わず画面をタップすると、写真アプリが開いた。

そこには、雨の街角で振り返る女性の姿。

――その顔を見て、玲奈の心臓が凍りつく。


「……美咲?」


一週間前、事故で亡くなったはずの親友の姿が、そこに映っていた。

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