第44話 アズールさまの涙

<sideマクシミリアン>


重い口を一生懸命開けながら、必死に食事を終わらせたアズールさまが突然倒れられ慌ててその小さな身体を受け止めた。


想像していたよりもずっと小さくて軽いその身体に驚く。

急いでお祖父さまを呼ぶともうすでにアズールさまの異変に気づいていたのか、医師に連絡をとってくれていた。


小さな身体がこの数日でさらに痩せてしまったように見える。

私がついていながら、どうしてもっと早くお声掛けしなかったのだろうと己を責めるが、そうしたところでアズールさまが目を覚ますわけではない。


後でお詫びするとして、今はただやるべきことをするだけだ。


心身ともにストレスがかかっている状態で、その上、運命のつがいと長時間離れたことがアズールさまの心に大きな痛みを与えている。それが医師の見立てだった。

一応栄養薬は処方されたものの、効果はそれほど期待できないと医師は話していた。


なんと言っても、何よりの薬はルーディー王子がそばにいることなのだから。


「マクシミリアン、アズールは私に任せて。あなたはアズールが一生懸命やっていたことを引き継いであげてちょうだい。ルーディー王子が帰って来たら、元気になったアズールとすぐにパーティーをして差し上げたいの」


「はい。アズールさまをお願いいたします。念のため、入り口に騎士を配備しておきますので、何かございましたらすぐにお声掛けください」


専属護衛としてアズールさまのおそばを離れることは職務怠慢だと言われてもおかしくない。だが、今のアズールさまには優しい温もりが必要なのだ。

それは私には逆立ちをしても与えられない。

ここはアリーシャさまにお任せするしかない。


パーティー会場となる広間に向かうと、すでにお祖父さまが準備を始めていた。


「マクシミリアン、アズールさまのご様子はどうだ?」


「今はまだぐっすりと眠っておいでです。栄養を摂れるようにとお薬をいただきましたが、一番のお薬は王子が帰って来てくださることですから……」


「そうだな。アズールさまにはアリーシャさまがついてくださっているのか?」


「はい」


「ならば、我々のやるべきことを進めるとしよう」


アズールさまが心配で言葉も発することもなく、作業に没頭していると


「マクシミリアンさまっ! マクシミリアンさまっ!」


と今まで聞いたこともないほど慌てふためいたベンの声が聞こえた。


「どうした? アズールさまに何か?」


「い、いえ。はぁっ、はぁっ」


もどかしく思いながらも息を切らしているベンが落ち着くのを待ち、話を聞いた。


「い、いま、ルーディー王子より早馬が参りました」


「何? 見せてくれっ!」


差し出された手紙を見て、あまりの驚きに私は膝から崩れ落ちた。


「マクシミリアン、どうしたんだ?」


「王子が儀式を終えられて帰途に就かれ、明日にはお屋敷に戻られるそうです」


「なっ、まことか? それは何と素晴らしい連絡だ! 思っていたよりも随分と早いが、きっとアズールさまのために頑張ってくださったのだろうな」


「ええ、おそらくそうでしょう。私はすぐにでもアズールさまにご報告をして参ります」


「ああ。そうするがいい。私はここで、準備を続けておく」


広間の準備をお祖父さまにお任せし、急いでアズールさまのお部屋に向かったはいいが、まだぐっすりとお眠りの最中だろうか。


勝手に寝室に入るのは気が引ける。

だが、一秒でも早く王子のご帰還をお伝えしたい。


「マクシミリアン、どうしたんだ? そんなところでうろちょろとして」


背後から聞こえた声に振り向くとそこにはヴォルフ公爵がいらっしゃった。

アズールさまのことばかり考えていて、ヴォルフ公爵の気配が感じられなかったなんて……ヴェルナーに知られたら叱られそうだ。


「お見苦しいところをお見せして申し訳ございません」


「それはいいが、どうしたのだ? アズールが心配なら中に入ったらいいだろう?」


「いえ、今はお休みになっておられるのです。アリーシャさまがついていてくださるので安心なのですが……実は、ルーディー王子から早馬が届きまして、アズールさまにそれをお伝えしようと思い、お部屋まで伺ったのですがお休みのところをお起こしするのは忍びなく悩んでいたのでございます」


「そうか。だが、王子からの連絡なら眠っていたとしてもすぐに聞きたいというだろう。気にせず入るがいい」


ヴォルフ公爵に背中を押され、私は中に入った。


寝室の扉を叩き、アリーシャさまがすぐに出てこられた。

アズールさまにお話が……というとすぐに察してくださったようで、アズールさまに声をかけ起こしてくださった。


「んーっ、おかぁ、ちゃま……」


眠そうな目を擦り、こちらに目を向けたアズールさまは、とろんとした可愛らしい目で私を見つめる。


初めてみるその可愛らしい目にドキッとする。だが、部屋の中の王子の匂いに威嚇されているような気がして背中に恐ろしいものを感じ身体が震える。


ああ、こんなに離れていてもいつでもアズールさまを守っていらっしゃるのだ。


私は決して間違いなど犯したりしない。

ヴェルナー、私にはあなただけです。


「ま、っくちゅ……どう、ちたの?」


寝起きで舌足らずになっているアズールさまに、王子からの手紙が届いたことを伝える。


「儀式を終えられ、もうすでにこちらに向かっていらっしゃいます。明日にはご到着なさいますよ」


「っ! ほんと? ルー、かえってくる? あした、あえる?」


「はい。明日お帰りになりますよ。アズールさま、本当にようございました」


アズールさまの嬉しさが伝わってきて、私も思わず涙が込み上げる。


「ルーに、あえるんだ……」


アズールさまは喜びを噛み締めるように小さく呟きながら、大粒の涙を流した。


<sideアズール>


「よかったわね、アズール」


「うん。あっ、ルーが、かえってくるなら、はやくじゅんび、しないと!」


慌てて飛び起きようとしたけれど、目の前が暗くなってフラフラしてしまう。


「ダメよ、まだ無理しちゃ」


「でも……」


まだ帰ってこないと思っていたから、まだルーを迎える準備ができていない。

こんなんじゃ、ルーを驚かせて喜ばせられない。


「ぼく……なにもできない……」


「大丈夫よ。ねぇ、マクシミリアン」


「はい。アズールさまがすでにお作りになっていたバロンだけで十分飾れるほどはできておりましたし、それはもう広間に飾ってございます。ケーキも後はアズールさまが仕上げをなさるだけになっておりますので、もう少しおやすみされましても王子がお帰りになるまでには十分間に合いますよ」


マックスの優しい言葉にホッとして、僕は頷いた。


「今はごゆっくりおやすみください」


「じゃあ、ぼく……おかあさまと、おとうさまと、いっしょにおねんねしたいの。いい?」


「ええ、もちろんいいわよ。ねぇ、あなた」


「ああ。だが、この部屋で一緒に寝るわけにはいかないから、私たちの部屋に行こう」


なぜかお父さまは僕がいるこの寝室に入ってから、キョロキョロとして落ち着きがないように見える。

お父さまたちのお部屋とあんまり変わらないように見えるけれど、何かおかしいところがあるのかな?


「?? ここでも、さんにんで、ねられるよ」


「んっ? いや、そうなんだが……私が……そう、私が枕が変わると眠れないんだ。だから、アズール。私たちのベッドで寝てくれるか?」


そうなんだ。お父さまにもそんなかわいいところがあるんだな。


「おとうさま、こどもみたい。じゃあ、ぼくがあっちでねてあげる」


ルーから貰ったブランケットを持って起きあがろうとすると、


「あ、アズール。そ、それは持って行かないほうがいいんじゃないか?」


とお父さまが駆け寄ってくる。


「えっ……どうして?」


「えっ……いや、それは……」


「ルーが、いないあいだ、ルーだとおもってねてって、いってたよ。ルー、つれてっちゃ、だめ?」


「うっ、だがな……」


「あずーる、おやくそく、まもりたい……だめ?」


お父さまとお母さまと一緒に寝たいけれど、ルーのブランケットなしじゃ眠れる気がしない。だって、ずっとルーから貰ったブランケットと一緒に寝ていたんだもん。


「し、仕方がないな……いいぞ」


「わぁーっ! おとうさま、ありがとう!」


「うぐぅーっ!!」


嬉しくてブランケットを持ったまま、おとうさまに抱きつくと、なぜかわからないけれどお父さまは苦しそうな声をあげていた。



<sideヴィルヘルム(ヴォルフ公爵)>


王子からアズールに早馬が届いたと聞けば、帰りの日時の報告に決まっている。

体調を崩して寝ていたとしても、帰ってくるとわかれば喜ぶに違いない。


それがわかっていたから、マクシミリアンがアズールの寝室に入るのを許可したのだ。とはいえ、アリーシャとアズールのいる寝室にマクシミリアンだけを入れるわけにはいかず、私もついていったのだが、できることならここには入りたくなかった。


なぜなら、あの匂いだ。


ただでさえ、いつもルーディー王子の匂いを纏っていたアズールだが、今回の匂いは今までのものとは比べ物にならないほどの威力を放っていた。


王子がお発ちになったあと、王子から頂いたブランケットをアズールが被った瞬間、身体中の毛が逆立つような感覚を味わった。

こんなすごい威力を放っているものと同じ空間にはいられない。

急いで部屋に持っていくようにいったまではよかったが、アズールはそれに巻きついたまま寝ていたようで、たっぷりと王子の匂いを纏って部屋から出てきた。


騎士であるマクシミリアンは匂いに対抗できるような訓練を重ねているし、アリーシャはアズールの母であるから威嚇の対象にはならない。

フィデリオ殿のように生殖能力の弱くなった年配者も同様に匂いだけではそこまで恐怖を感じないだろう。

だから、皆はアズールのそばに近寄れるが、私は違う。


アズールに対して決してそのような間違いなどあり得ないのだが、残念なことに父親である私も威嚇の対象になってしまっているのだ。

それはどうしようもないことだ。


だから、この数日できるだけアズールから離れて過ごしていたが、体調が悪くなったのなら話は別だ。

父として守ってあげたいと思うのは当然だろう。


アズールから、私とアリーシャと一緒に寝たいと望まれて何を断る理由がある?

もちろん三人で幸せを噛み締めながら寝たい。


そのためにはこの部屋ではダメだ。

ルーディー王子の匂いに占領されたこの部屋では一生眠れる気がしない。


だから、なんとか理由をつけて私たちの部屋で寝ようと持ちかけたが、アズールはあの・・史上最強で最恐に王子の匂いがたっぷりと染み込んだブランケットを私たちの寝室に持ち込もうとする。


それだけは勘弁してくれ!!


必死の思いで止めさせようとするが、アズールは王子との約束を守りたいと可愛らしい目で訴えてくる。


どうする?

どうするべきだ?


あの可愛らしい目を涙で濡らすわけにはいかない。


これでもヴォルフ公爵家当主。

その誇りにかけて、一晩乗り切って見せる!!


マクシミリアンからの憐れみの表情を受けながらも許すしかなかった。


喜んだアズールにブランケットと共に抱きつかれてそれだけで失神しそうになったが、そこはなんとか乗り切った。


しかし、一晩中ルーディー王子の威嚇に塗れた匂いを嗅ぎ続け一睡もできなかったのは言うまでもない。

威嚇と威圧による恐怖でフラフラになった私とは対照的にアズールはぐっすりと眠って体力を回復したようだ。


よかった。

そう。それでよかったんだ……私にはそう思うことしかできなかった。

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