第27話 至福のひととき

<sideルーディー>


マクシミリアンの尻尾に触りたいと言い出した時にはどうなることかと思ったが、やはり賢いアズールだけあって、すぐに私の話を理解してくれたようだ。


だが、アズールにしてみれば、自分と同じような形の尻尾を持ったものに初めて出会ったのだから、興味を持つのも無理はない。

それなのに、突然大きな声をあげて叱ったりして悪かったな。


そんな申し訳なさを誤魔化すように、アズールに外の印象を尋ねてみる。


「あじゅーる、おちょと、ちゅきー」


どうやらさっき叱ったことはもうアズールの中では忘れてくれたようだ。

よかった。無闇矢鱈に叱る奴だと思われたら嫌だからな。


アズールは私の腕の中から周りをキョロキョロと見回す。


「あじゅーる、おちょと、あるけりゅあるける?」


正直なことを言えば、アズールほど歩けるようになれば、外を歩いても問題はないだろう。だが、それは道を歩くということに関してであって、安全かということではない。


この世のものとは思えないほど可愛いアズールはそこに存在するだけで目を惹く。

それなのに、アズールを歩かせでもしたら、可愛さが何倍にも膨れ上がる。


いや、抱っこをしていても可愛さが増すことは変わりないが、私の腕の中にいるだけで安全も格段に増すのだ。


アズールが安心して歩ける家の中はともかく、危険だらけの外でアズールを歩かせる選択肢は私にはない。


小さくて軽いアズールは抱いて歩いてもなんの支障もないし、なんなら何かあった時にすぐにアズールを連れて逃げられる利点の方が多い。


というわけで、アズールが外を自分の足で歩くことは当分ないだろうな。


外を歩くのは難しいといえば、悲しげな表情を見せるだろうかと心配したが、アズールは特に気にする様子もなく、それどころか私の抱っこが好きだと言ってくれた。


ああ、もうこれで決まった。


アズールは絶対に私の腕から下ろしはしない。


そんな嬉しいことを言ってくれたアズールを連れ、アズールの好きなものでも食べに行こうと声をかけると、私の腕の中で可愛らしく身体を跳ねさせて喜んでいた。


本当に可愛らしい。

いつもより力強く飛び跳ねているが、私にとっては可愛く跳ねるアズールを間近で見られてご褒美でしかないな。


「マクシミリアン、あの店に入るから先に行って店員に話をしてきてくれ」


「はっ。承知いたしました」


急いで駆け出していくマクシミリアンを見送り、通りすがりに咲いている花をアズールと共に愛でながら歩く。マクシミリアンが店の扉を開け、こちらを向いているのが見える。


どうやら、交渉はうまく行ったようだ。


扉の前で待ち構えるマクシミリアンと、店主らしき者に近づいた。


「突然で悪いな」


「い、いいえ。もったいないお言葉。ぜひ、ごゆっくりお過ごしください」


店主は少し震える声で返してくれた。


きっと私の顔が怖いのだろう。

頭を下げたままの店主に、


「ねこちゃんらぁだぁ!!」


とアズールが可愛らしい声をかける。


確かに店主の頭には猫耳が見えるがアズールはマクシミリアンの尻尾といい、よく知っているものだと感心してしまう。


その声に店主は驚きながら、顔をあげアズールと目を合わせる。一気に顔を赤らめてその場にへたり込んだ。


らいろーぶだいじょうぶ?」


心配そうに声をかけるアズールに店主はさらに顔を赤らめ、


「は、はひ。だいじょーぶでござりまするです」


と不思議な言葉を返しながら必死に立ち上がっていた。


あのちとあのひと、らいろーぶ、かなぁ?」


「心配しないでいいよ。これがここでは普通なんだ。さぁ、中に入ろう」


これ以上はアズールに付き合わせたくないし、そして店主もおかしなことになってしまうと考え、さっさと中に入った。


最近流行っているというお店だけあって、店内はかなり混雑していた。

我々の姿を見てあちらこちらからいろんな声が飛び交っているのがわかる。


アズールに対しては皆、好意的で可愛い、可愛いという言葉ばかりだが、私に対しては怖そうというものが多い。

仕方がないと思いつつ、直接入ってくる言葉は少し辛いものはある。

店員もそれがわかったのが、それともトラブルを避けるためなのか、すぐに我々を奥の個室に案内しようとしてくれた。


だが、肝心のアズールはショーケースに手を伸ばして離れたがらない。


「やぁーっ、あじゅーる、こりぇこれみりゅーみるー!」


きっと自分で選びたいんだろう。

爺も言っていた。


――そろそろアズールさまには自我が芽生えて、自分でなんでもなさりたがる時期がやってまいります。その時は決して、否定なさらず、アズールさまのお好きなようにやらせてあげてくださいませ。ただし、命に関わるときは決して許してはなりませぬ。そこは決して違えてはなりませぬぞ。


と。


おそらく爺の言っていたのはこのことだろう。


私はそのことを思い出し、店の奥に案内しようとする店員を遮る。


「アズール、自分で選びたいのならここで気が済むまで選んでいこう」


私の言葉にアズールは嬉しそうに笑っていた。


「こりぇ、おいちちょおいしそうー! こっちもおいちちょー! るー、ろうちようどうしようろれもどれもおいちちょうで、むじゅかちぃむずかしい


悩む姿も実に可愛らしいな。


「アズール、食べたいものは全て頼んだらいい。アズールが食べきれないものは私が全部食べるから心配はいらないよ」


そういうとアズールの目が輝いた。


「るー、らいちゅきだいすき!!」


ギュッと抱きしめてくれるアズールの可愛らしい姿に、店内が一瞬しんと静まり返った。


アズールが私を大好きだと言いながら、抱きついてきた瞬間、一瞬の静寂の後に店内が


「きゃーっ!!」

「わぁーっ!!」


という地鳴りのような大きな声に包まれた。

と同時に一斉に椅子やらテーブルやらがガタガタと倒れた。

その音にアズールは「うにゃあっ!!」と怯えた声をあげながら私の上着の中に隠れた。尻尾も耳もピクピクと震わせて可哀想だが、それ以上に可愛すぎる。


「マクシミリアン、あとは頼むぞ。ショーケースの中のものを全て持ってくるようにも伝えてくれ」


その姿を誰にも見せたくなくて、私は急いでアズールを上着の中に隠したまま、マクシミリアンの返事も聞く前に案内されていた奥の個室に飛び込んだ。


「ふぅ。アズール、もう大丈夫だぞ」


そう声をかけたものの、アズールはまだ私の上着の中でプルプルと震えている。

可哀想で仕方がないのに、可愛くてどうしようもない。


二つの気持ちが交錯するままに、アズールを抱きしめながら落ち着くのを待つ。


「るー、こわい、ない?」


「ああ、もう大丈夫だ。私たちだけだぞ」


上着の上からアズールの身体を撫でると、ようやく私の上着から長くて可愛らしい耳をぴょんと出し、様子を伺い始めた。


まだ少し怯えながらも、ゆっくりと顔を出してくれたアズールは私の顔を見ると、嬉しそうに笑った。


「びっくりちた」


「ああ、でももう大丈夫だぞ」


にゃになにあっちゃのあったの?」


「んっ? ああ、何やら虫が出たみたいだな」


「むち……ちょっかそっか。びっくりちたね」


「ああ。でもアズールはすぐに私の上着に隠れて偉かったぞ。何かあったらいつでも私のところに隠れるんだ。そうしたら守りやすいからな」


「わかっちゃー」


そんな話をしていると、扉をノックする音が聞こえた。

その音にアズールは一瞬身体をびくつかせたが、先ほどの騒ぎよりは随分と小さな音にもう怖がりはしなかった。


「入れ」


扉の外に声をかければ、失礼しますと言いながら店員達が次々とショーケースにあったものをテーブルに並べていく。


「わぁーっ、おいちちょー」


アズールは目を輝かせながらも、私に抱きついたままだ。


本当に愛おしい。

店員達はアズールが私から全然離れないことに驚いた様子を見せながらも、可愛いアズールに笑みを浮かべながら部屋を出て行った。


「るー、いっぱい、ありゅあるー」


「どれから食べたい?」


「あじゅーる、このあかいの、たべりゅ」


「赤いの? ああ、いちごのケーキだな」


「いちご、ちゅきー」


「じゃあ、いちごから食べるとしよう」


フォークでいちごを刺して、アズールの口の前に持って行ってやると、アズールは小さな口を開けてカプッと半分食べた。


「あまーいっ! おいちぃーっ!」


「そうか。ほら、まだ半分残ってるぞ」


フォークに残ったままの半分のいちごを、アズールの口の前に持って行ってやる。


「ううん、そりぇ、るーの」


「えっ? 私の? アズールが好きなものだろう? 食べていいんだぞ」


「ううん。あじゅーる、るーと、はんぶんじゅっこはんぶんずっこしゅりゅするー!」


そう言って駄々をこねる。

これも自我の目覚めなのか?


いや、私にとっては嬉しいご褒美でしかない。


「アズールがそう言ってくれるなら、半分もらおうか」


「やぁーっ、あじゅーる、たべちゃちぇてあえるたべさせてあげるー!」


手に持っていたフォークで食べようとすると、大きな声をあげて止められた。


「アズールが?」


驚く私を横目にアズールは、私が持っていたフォークに刺さっていたいちごを手でとり、


「あい、どーじょ」


と差し出してきた。


っ、これはいつぞやのあの人参の再来!


あの時限りだと思っていたご褒美がまたやってきたのだ!


ああ、神よ!

私はなんて幸せ者なんだ!!!


あまりの嬉しさに昇天しそうになるのを必死にとどめ、口を開けるとアズールが嬉しそうに小さな指で摘んだいちごを口の中に入れてくれた。


アズールの指だけでなく、手のひらごと長く大きな舌で包み込み、たっぷりとアズールの手を味わいながら、この上なく甘いいちごを堪能した。


もうどれがいちごなのかもわからないほど、甘く美味しい味に酔いしれていた。


「るー、おいちぃ?」


「ああ、アズール。こんなに美味しいいちごは食べた事がないな」


「よかっちゃー」


「アズール、次はどれが食べたい?」


それから、アズールが指さすもの全て二人で分け合って食べていくという至福の時間を過ごしたが、四つほど食べたところで、アズールがお腹いっぱいだと言い出した。


と言っても、ケーキはほとんど口にしておらず、上に乗っていたフルーツばかり食べていたのだがアズールが満足してくれただけで十分だ。


「るー、のこり、たべりぇる?」


まだ十枚以上残った皿を見て、不安そうにしているがこんなの造作もない。


あっという間に全てを平らげれば、アズールがキラキラとした目で私を見てくれた。


「るー、ちゅごいねすごいね


「大したことはないよ。じゃあ、行こうか」


部屋の外に出るのを思い出し、アズールは慌てて私の上着の中に隠れたのは、よほどあれが怖かったからだろう。


あれはアズールの可愛さに店にいるもの全てがやられただけだ。

もう本当にアズールはその空間にいるもの全てを落としてしまう。

今日出かけたことでそれがよくわかった。


外に出る時は絶対にアズールから目を離してはいけないな。

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