第20話 安心させたい

<sideルーディー>


父上がアズールを抱っこしたいと言い出すのはわかっていた。

だからこそ、絶対に阻止しようと思っていたのに……アズールがいいと言ってしまえば、それを反対することなど私にはできない。


父上の膝に乗り、少し緊張しているアズールの可愛い顔は、私が抱っこしている時には決して見られない表情だ。


それが見られたのはまぁ良かったが、アズールの顔に触れようとするのは話は別だ。


アズールの色白で柔らかくて可愛らしい顔に触れていいのは私だけだと決まっているのだ。ヴォルフ公爵夫妻とクレイくらいは許してやるが父上は許すわけにはいかない。


私はさっと父上の腕からアズールを取り返した。


父上は急に奪われたことに一瞬怒りを見せたが、アズールが私の腕の中で途端に緊張を解いたことに気づくと、もう何も言いはしなかった。


その辺はさすが、国王。

空気を読んでくださるようだ。


「父上、そろそろ大広間にいかないと招待客を待たせてしまいますよ」


「んっ? あ、ああ。そうだな」


「あ、その前に……爺、ずっと紹介したいと思っていた、私の許嫁のアズールだ」


後ろでずっと控えていた爺の前に、アズールを抱っこしたまま近づく。

爺は今まで見たこともないほどに破顔した。


「アズールさま……ようやくお会いできました。ルーディーさまをご幼少の時から、今のアズールさまと同じくらいのご年齢の時から、ルーディーさまのお世話を仰せつかっておりました爺のフィデリオと申します」


「ひでいお? じぃー、らめだめ?」


「爺とお呼びください。その方が嬉しゅうございます」


「じぃーっ! うれちぃーっ!」


「本当に可愛らしい。ルーディーさまと一緒にいらっしゃるとお似合いでございますね。そっくりな衣装が格好いいですよ」


「るー、かっこ、いい! あじゅーるも、かっこ、いい!」


アズールは爺が格好いいと言ってくれたことが相当嬉しかったようで、私の腕の中でぴょんぴょんと飛び跳ねている。

こんなにも可愛らしいのに、爺はお揃いの衣装が格好いいと言ったのはどうしてなのだろう?

これも年の功なのか?

やっぱりまだまだ爺なしでは、私はわからないことだらけだ。



<sideパウル(ホフマン侯爵家次男)>


公爵家の大広間はさすが、我が家の広間とは比べようもないほどに素晴らしい。

その大広間にヴンダーシューン王国の主要となる貴族たちが皆集まっている。

この会に招待を受けると言うことは、ヴォルフ公爵に目をかけてもらっていて、尚且つ国王陛下とも友好な関係を築けているという証なのだと父上が仰っていた。

わがホフマン侯爵家もその中に入れていただけたということは、誇るべきことなのだと嬉しそうだった。


たったひとつの後悔を残しては……


このお披露目会に向かう途中もずっと父上は、本当ならパウルが……と何度も言い続けていたが、本当も何もお生まれになった時点で王子の許嫁と決まったのなら、もう変えようもない事実なのだ。


どんなお方なのか、興味は無限にあるが本当に奪い取る気など毛頭ない。

だから、もし普通に狼族として生まれてきて、私の許嫁となっていたら……くらいの妄想くらいは許してほしい。


そんな考えを頭に残したまま、大広間で会が始まるのを待っていると、ようやく入場の声が聞こえ始めた。


まずは、本日の会の主催者であるヴォルフ公爵夫妻。

そして、この招待客の中で最も身分の高い国王陛下。

今回の主役・アズールさまとその許嫁でいらっしゃるルーディー王子の順番のようだ。


国王陛下が入場されると、途端に緊張感が走る。

なんと言ってもこんなにも至近距離でお顔を拝見できることなど滅多にないのだから。


国王陛下が席に着かれ、とうとうアズールさまとルーディー王子の名が呼ばれた。


ああっ!

ドキドキが止まらない。


たらればの話をするなど愚かなことだが、なぜかその思いが止められない。

きっと父上の話をずっと聞かされていたからだ。


そうだ。私のせいじゃない!


そう自分に言い聞かせて、入場扉に目を向けると


「な、なんと…っ」


眩いほどに美しい人が、ルーディー王子に抱き抱えられているのが見えた。


大広間のあちらこちらから感嘆の声が漏れ聞こえる。


みんな言葉が出ないんだ。

あの美しさを表現するような言葉が見つからないんだ。


真っ白くて細くて長い耳。

キラキラと輝く金色のような真っ白のような美しい髪。

まだ一歳とは思えないほど、整った容姿にピッタリな言葉が見つからない。


まさか……アズールさまがあんなにも美しい人だったなんて……


可愛い、あの子を私のものにしたい!!

絶対にだめだと頭の中で押さえつけようとする自分を縛りつけてでもあの子を手に入れたいと思ってしまうほど、私はアズールさまの可愛さにすっかり魅了されてしまっていた。


<sideルーディー>


んっ? 

大広間に入ってから、何か嫌な視線を感じる。

アズールの美しさに魅了されているのとは違う。

明らかに私に対して敵対心のようなものを感じる。


どこだ?


アズールに集中しつつも、大広間中に神経を研ぎ澄ませる。

私の能力を持ってすれば、特定などすぐにできるはずだ。


あいつか!


あいつは確か……ホフマン侯爵家のパウルだったか。


大した力も感じないが、やる気なら存分に相手をしてやろう。

もちろんアズールには一切手を出させるつもりはないが。


「るー、ひちょひとたくちゃんたくさんちゅこちすこしこあいこわい


初めて見るたくさんの人たちに怯えたアズールが小声で私に訴えかけてくる。

小さな手で私の服をしっかりと掴んでいる姿がいじらしくもあり、可愛らしくもある。


「大丈夫。私がずっと一緒にいるから怖がらなくていいよ。みんなアズールの誕生日と私たちのお祝いに来てくれたんだ」


「るー、じゅっちょずっといっちょいっしょ?」


「もちろんだ。私とアズールはずっと一緒だよ」


そういうと、アズールは嬉しそうに私に抱きつきながら、皆に笑顔を向けた。

きっと私がそばにいるというのが安心できたのだろう。


それくらい私はアズールの信用を勝ち取っている。

あんなわけのわからない侯爵家の息子などに負けるはずなどない。


「わぁーっ!」

「おおーっ!!」

「なんて美しいっ!!」


突然大広間中に地鳴りのような声が響いたのはさっきのアズールの笑顔を見たものたちの反応の大きさだ。


そのあまりにも大きな声に


「うにゃっ!!」


と声をあげ、私に抱きついてくる。

私の上着の中に隠れようとするほど怖かったようだ。


「皆の者! 私の大事な息子になる者を怖がらせてはならぬ!」


父上が玉座から声を張り上げ注意すると、今まで騒がしかった大広間は一気に水を打ったような静けさを取り戻した。


「アズール、もう大丈夫だぞ」


そう声をかけてみたものの、可愛いお尻をフリフリさせながら私の服の中へ頭を入れ込んでいく。怖がっているアズールには悪いのだが、その姿は可愛すぎる。


私はその姿を誰にもみられないように全力で隠すしかなかった。


急いで自分たちの席に向かうと、父上の後ろに控えていた爺がさっとブランケットを渡してくれた。


やはり爺は頼りになる。

手渡されたブランケットでアズールの身体が見えないように覆い隠し、もう一度大丈夫声をかけるとようやく上着から耳だけを出してくれた。

小刻みにフルフルと揺れると、まだ少し怯えながらもゆっくりと可愛らしい顔を見せてくれた。


こあかっちゃのこわかったの


「そうだな。アズールは耳が敏感で小さな音も拾ってしまうからな。父上が大声を出さないように皆に注意したからもう大丈夫だぞ」


ほんちょほんと?」


「ああ。私も一緒にいるからな」


「るー、あいあとありがと。いいにおいちゅるー」


嬉しそうにブランケットに巻き付いているが、その前にすることがある。


「アズール、私にお礼を言うときはほっぺたにキス、するんだろう?」


「あー、ちょっかぁそっかわちゅれちぇたわすれてた、るー、ちゅーっ」


アズールの可愛らしい小さな唇が私の毛むくじゃらの頬に触れる。

こんなにもふさふさの毛で覆われているというのに、アズールの唇が触れたところはすぐにわかる。


ふしゃふしゃふさふさのもふもふぅー。あじゅーる、るーのほっぺ、ちゅきすき!」


「くはっ!!」


アズールの無垢な煽りに心が鷲掴みにされる。

ああ、もう本当にアズールは一体私をどうしたいのだろう。



<sideクローヴィス(ヴンダーシューン王国の国王でルーディーの父)>


大広間に入場してすぐにアズールの美しさに招待客の視線が釘付けになったのがわかった。だが、その中に何か違う感情が蠢いているのがわかったが、それがどこから発せられているのかまでは見当がつかなかった。


そっとルーディーに視線を送れば、さすが『神の御意志』として生まれただけあって、ならずものをすでに見つけているようだ。

その者が何かしようとも、もうすでに袋の鼠同然。

獣人に目をつけられてただで済んだ者は未だかつて一人もいないのだから。


アズールは初めて見る大勢の人の姿にすっかり怯えてしまっている。

ただでさえ、ウサギ族は大きな音に弱く、人見知りだと聞いている。

まだ一歳になったばかりのアズールにはたくさんの者たちから注がれる視線に耐えきれなかったのだろう。


必死にルーディーの影に隠れようとするのがいじらしく思えて、私は皆に注意を与えた。


その静まり返った隙にルーディーはアズールを連れ、自分たちの席に着いた。

フィデリオがすぐにアズールを落ち着かせるためのブランケットを手渡したが、ルーディーはアズールに夢中で気づいていないようだな。


あれはルーディーが幼少の頃から使っていたブランケット。

いわば、ルーディーの匂いがたっぷりと染み込んでいる。

これならアズールもすぐに落ち着くことだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る