第8話 嫌われたくない!
<sideアズール>
こんなにペシペシ当たってるけど、大丈夫なのかな?
ふさふさだけど、こんなに強く当たると痛いよね?
止めてあげたいけど、あんまりにも勢いがすごいから僕が手を出しても止められなさそう。
どうやったら止まるかな?
「うーっ、うーっ」
大丈夫?
そう尋ねるように顔を覗き込んでみる。
「アズールっ!! ああ、何でこんなに可愛いんだ!」
さらに頭を優しく撫でてくれる。
その時、垂れ下がった僕の耳に王子さま……ルーの手がちょこっと触れた。
「きゅうっ……」
その瞬間、身体にピクッと変な感覚が走ってなんか変な声が出ちゃった。
「っ、今の声……っ、くぅ――っ!」
ルーが突然、苦しそうな声をあげて僕を抱っこしたまま立ちあがろうとして、よろよろとに木に寄りかかったまま動けなくなってしまった。
もしかして、何かの病気?
そういえば、以前の僕も調子がいいなと思ったら、突然ベッドから起き上がれなくなる時があった。
見た目にすっごく元気そうだと思ったけど、ルーはもしかしたら無理して僕のところに来てくれてたんじゃないのかな?
そんなっ、僕のせいでルーに無理させちゃってた?
僕ったら何で気づかなかったんだろう!
「ふぇぇーーんっ、ふえーーんっ」
「ア、アズールっ! 大丈夫だ。何も怖くない。だから泣かないでくれ! アズール!」
ルーが声をかけてくれたけれど、一度流れ出した涙を止めることができなかった。
<sideルーディー>
嬉しすぎる興奮に必死に遠吠えを我慢しようとしたけれど、尻尾がいうことを聞いてくれない。ただひたすら腕の中のアズールを抱きしめながら、喜びに浸っていると、突然アズールが私の顔を覗き込んできた。
可愛らしく私の名を呼びながら、心配そうに見上げてくる姿に思わず心の声が漏れ出てしまった。
可愛いっ、可愛いっ、可愛いすぎる!
頭だけ、頭だけ撫でて落ち着こう!
そう思ったのに、撫でている最中にアズールの耳が垂れてきて、私の手に触れてしまった。
あっ!
まずいっ!
そう思ったと同時にアズールの口から、
「きゅうっ……」
と甘やかな声が漏れた。
その声を聞いた瞬間足元が覚束なくなった。
力が抜けてフラフラと木に寄りかかるが、絶対にアズールは落としたりしない。
ギュッと抱きしめながらもなんとか歩けるようになるまで回復を待っていると、突然アズールが大声で泣き始めた。
きっと見たことのない私の様子に今までに感じたことのない不安が込み上げてきたのだろう。
私がアズールを不安にさせてしまったんだ……
必死に宥めようと声を掛けるが、不安になってしまったアズールに私の声は届いていないようだ。
もうどうしたらいいんだろう……
さっきまではアズールに名前を呼ばれて嬉しかったのに。
私も泣きたくなってきた……
その時、屋敷からヴォルフ公爵がものすごい勢いで駆け寄ってきた。
「王子っ! アズールっ! 何があったのです?」
「説明するから、まずはアズールを……」
「やっ、うーっ!」
心配そうな表情をしている公爵に腕の中でまだ泣き続けているアズールを手渡そうとするが、アズールは嫌がって私から離れようとしない。
泣くほど不安にさせてしまったのに、私のそばから離れないなんて……
「ふぇっ……うーっ、うーっ」
小さな手で私の服を掴んで話そうとしない姿に、
「王子、アズールは離れたくないようです。とりあえず、座って寝かしつけてみましょう」
と公爵が助言してくれた。
さっきまで限界を迎えていた身体も私の気づかない間に落ち着きを取り戻していた。
どうやら、アズールの涙で熱が冷えてしまったようだ。
アズールを怖がらせてしまったな。
その場に座り、アズールを腕に閉じ込めて背中を摩る。
泣き疲れたこともあってすぐにアズールの目が閉じ始めた。
しばらく経つと、涙でいつもよりもずっと赤く見える瞳が瞼にしっかりと覆われ、スゥスゥと安定した寝息を立て始めた。
「どうやら眠ったようですね」
「公爵、申し訳ない……。アズールを不安にさせてしまったようだ」
「何があったのか、お尋ねしてもよろしいですか?」
「実は、アズールが私の名を呼んでくれたのだ」
「えっ? アズールが? まだお父さまとさえ言えないのですよ?」
やはりお父さまと呼ばせようとしていたか。
考えることは同じだな。
「私もずっとルーディーと呼んでくれるように声をかけていたのだが、爺にそれがアズールには難しいのではないかと言われて、『ルー』と呼ぶように声をかけたらすぐに呼んでくれたんだ。ほら、さっきアズールが『うー』と言ってくれたろう? あれが私の名だ」
「なんと……っ、そのような方法が……」
がっかりしている公爵の姿に、きっと一番に名を呼んでもらおうとしていたのだということがありありとわかった。
公爵には悪いが、アズールが私の名を一番に呼んでくれたことはもう一生変わらない事実だ。
「アズールが名を呼んでくれたことが嬉しくて、思わず遠吠えしそうになったのを必死に堪えていたら、アズールが心配して顔を覗き込んでくれたのだ。嬉しくて頭を撫でたら、垂れてきた耳に私の手が触れてしまって……その、アズールの……甘やかな声が漏れ出てしまって、それで……必死に堪えたのだが、それがアズールの不安を煽ってしまったようだ。泣かせてしまって、申し訳ない……」
「なるほど、そういうことでございますか……」
「耳には触れないように気をつけていたのだが……悪い」
不可抗力だが、だからこそ十分に気をつけなければいけなかったのだ。
「いえ、それは仕方のないことでございます故、お気になさらず。それにさっきのアズールの様子を見ていると、王子に怯えた様子はございませんでしたので、ただ単純に驚いただけかと存じます」
「そうか……なら、よかった」
公爵に咎められると思っていただけにそう言ってもらえてホッとした。
「アズールがこんなにも安心して眠っているのですから、目が覚めればいつもと変わらないと思いますよ。ですから、王子も今まで通りに接してあげてください」
「わかった。ありがとう」
可愛い我が子の泣き声にすぐ飛んできた公爵。
それほどまでに可愛いアズールを泣かせてしまったというのに私の話をしっかりと聞いてくれて嬉しかった。
爺に次いでまた一人、相談できる大人ができて私は幸せだな。
<sideアズール>
初めてもふもふ王子さまを『ルー』……実際には『うー』としか言えてないけど……と呼んでから、毎日お父さまが僕にお父さまと呼ばせようと教えてくれるけれど、もふもふ王子さまの名前『ルーディー』よりも『お父さま』の方がずっと難しくて、なかなか言えずにいた。
だから、僕は以前、同じ病室にいた子がお父さんのことをパパと呼んでいたのを思い出して、試しに呼んでみたら、パパじゃなくて、『ぱっぱ』になってしまったけれど、お父さまはものすごく喜んでくれた。
ルーにも、私のことを呼んでくれるようになったんだと自慢していて、僕は嬉しかった。
だから、同じようにお母さまのことも「まんまっ」と呼びかけてみたらすごく嬉しそうに抱きしめてくれた。僕は幸せすぎてどうにかなってしまいそうだ。
こうやって名前を呼んで、そして返事をしてくれる相手がいるって……本当にすごく幸せなことなんだな。
「まんまっ」
「はぁい。どうしたの?」
今日も声をかけると、お母さまは笑顔でだきしめてくれる。
『まんまっ』と呼ぶのもいいけれど、早くお母さまと呼べるようになって、もっともっと喜んでもらえたらいいな。それまでもう少し『まんまっ』で許してね。
「まんまっ……うーっ?」
いつもならとっくに来てくれている時間なのに、もふもふ王子さまのルーがまだ来てくれない。
どうかしちゃったのかな?
もう、一日一回はルーのもふもふのお顔をさわさわしないと落ち着かなくなってきてるんだよね。それくらいルーのもふもふは気持ちがいいんだ。
「アズールは待ち遠しいのね、でも大丈夫。王子はもうすぐ来てくれるはずよ。あっ、ほら。話をすれば。アズール、耳を澄ませてごらんなさい」
あっ!
本当だ!
ルーの足音が聞こえるっ!!
「うきゅっ、うきゅっ」
嬉しいとついつい出ちゃうこの声。
止めようと思っても、無意識に出ているから止めようもないけど、ちょっと恥ずかしいんだよね。
最近できるようになったハイハイで、部屋に置かれた囲いの中から扉に一番近い場所に駆けつける。ちょうどいいタイミングでルーが扉を開けた。
「アズールっ!!」
「うーっ、うーっ!」
目の前の囲いにしがみついて名前を呼ぶと、
「ははっ。そんなに待ちかねていたのか?」
ルーが囲いの上から手を伸ばし僕を抱き上げてくれる。
「うーっ、もふもふぅ……っ」
ああ、この時が最高だ。
やっぱりしっぽも好きだけど、ルーのお顔のもふもふが一番大好き。
もふもふのお顔に手を伸ばしてさわさわしていると、ルーのしっぽがバシバシとすごい勢いで動いてるのがわかる。
前にお父さまとお母さまが話しているのを聞いたことがあるけれど、しっぽがものすごい勢いで動いているのはすっごく嬉しい時なんだって。
僕は小さなしっぽだから、全然見た目にはわからないけど、ルーやお父さまたちみたいにふさふさのしっぽだとそういうのもわかって楽しそう。
でも、ルーは顔はすっごく冷静なんだよね。
今もしっぽはどこかに飛んでいくんじゃないかって思うくらい、ぶんぶん動いてるけど……。
もしかしたら、ルーのしっぽが動くのはお父さまたちとは違う意味なのかな?
しっぽが動いているからといって嬉しいわけじゃないのかもしれないな。
でも、嫌がられないから触っちゃうけど。
だって、もふもふのお顔を触れないなんて絶対嫌だもん。
「ははっ。アズールは本当に私の顔が好きだな。いや、顔というよりはこの毛に覆われたのが好きなのか? それはそれでまた微妙な感じもするが……まぁ、いい。どちらにしてもアズールが私に会いたがってくれているのならな」
「アズールは王子をずっと待っておりましたよ。私にもいつお越しになるのかと尋ねていましたから……」
「そうかっ! それなら、嬉しいな。それにしてもアズールは毎日会うたびにどんどんはいはいが上手になるな。私を追いかけてこちらまできてくれたのだろう?」
「ええ。もう少ししたら、囲いを持って立ち上がりそうですよ。王子が一緒にいらっしゃる間に立てるようになるといいですね」
「ああ、そうだな。初めてはいはいする姿も私の目に焼き付けておいたからな」
そうか……
ルーは、僕が立つところが見たいんだ……
前の世界では心臓も弱かったから、少し歩くとすぐに疲れてた。
だから、ベッドから下りることもあまりなかったけれど……ここでは今のところ、元気いっぱいでどんなに動いても全然苦しくならないし、楽しいんだ。
だから、ついついはいはいで動き回っちゃう。
でもどれだけ動き回ってもお母さまは優しく見守ってくれるし、疲れたらすぐに抱っこしてくれるし、本当に楽しい。
「王子がアズールを見てくださるので、その間私は少し休ませていただきますね」
「アズールのことは心配しなくていい」
「はい。ありがとうございます」
お母さまが部屋を出ていくと、ルーは囲いの中に一緒に入って、僕を抱っこしたまま座り込んだ。
「さぁ、アズール。何したい? 絵本でも読もうか? それとも少しお昼寝でもしようか? ほら、私の尻尾に包まって寝るのが好きだろう?」
さっきとは違う、優しく動くしっぽを僕に見せてくれる。
ああ……あのしっぽに包まって、おねんね……
うん、最高だな。
でも……ルーは僕が立つのが見たいんだよね?
ちょっと練習でもしてみたら、もしかしたらルーの前で立てるようになるかも……
「うーっ、うーっ」
僕は囲いに手を伸ばしながら、ルーの名前を呼ぶ。
「んっ? どうしたんだ?」
ルーは笑顔で囲いに近づいてくれる。
僕は囲いを手でぎゅっと握ったけど、身体をルーが抱きしめているから全然立ち上がれない。
「うーっ」
「もしかして、立とうとしているのか?」
「だぁっ、だぁっ!」
やった!
やっとわかってもらえた。
「もしかして私が見たいと言ったからか?」
「だぁっ!」
「アズールは……本当に私の言葉がわかっているみたいだな……。だが、まだ生まれて七ヶ月だというのに……こんなにも理解できるものなのか?」
ルーの目が不思議そうに僕を見つめる。
えっ?
もしかして、僕のこと……変だと思ってる?
えっ……どうしよう。
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