真っ白ウサギの公爵令息はイケメン狼王子の溺愛する許嫁です
波木真帆
第1話 ささやかな願いと第二の人生
<side蒼央>
「
「うん。ありがとう。師長さん」
なんとか半分以上食べ終わった食器を配膳車に乗せて部屋を出ていく師長さんを見送りながら、僕は大きなため息を吐いた。
お母さんたちが来てくれるわけがない。
師長さんだって分かってるけど、僕のために言ってくれてるんだよね。
でも……言われるだけで、結局は来てくれない事を再確認してどんどん傷ついていく。
こんなんなら、もうお母さんたちの話題なんて出してくれなくていいのに……
僕は空しか見えない窓を見ながらもう一度大きなため息を吐いた。
僕、
一歳になった頃に数回、自宅で数日間過ごしただけでなんの思い出もない僕の世界はずっと変わらないこの個室と、ここから見える空だけ。
あとは何も知らない。
毎日、ベッドを少し起こして座っているだけで何もせずにただ時間だけが流れていくのを見ているだけだ。
余命宣告は今までに五回は受けた。
一歳まで持てばいい。
三歳を超えられるかどうか。
小学生にはなれないかもしれない。
十歳を迎えられるかどうかわからない。
二十歳までは確実に生きられないでしょう。
多分これが、最後の余命宣告だと思ってる。
そう感じながら、僕は先生たちのおかげで先日十八歳の誕生日を迎えた。
物心ついた頃から、お父さんたちはあまり病院にはきてくれなかった。
大部屋にいたころ、周りの子たちのところには毎日のように誰かが付き添って、食事を食べさせてもらってたり、抱っこされながら眠ったり、絵本を読み聞かせしてもらってたりしていた。
ずっと同じ部屋で聞いていたから、僕の頭の中にあるいくつかの物語は誰かのお父さんかお母さんの声で覚えたものだ。
最初は扉が開くたびに、お母さんかも!
次こそはお父さんかも!
今度こそ……って毎日期待してた。
でも、どれだけ期待しても僕に会いに来てくれることはほとんどなかった。
あまりにも僕のところに誰も来てくれないから、いつの間にか僕の部屋は個室に変わってしまった。きっと師長さんたちの配慮だったんだろう。
みんなが親と楽しく過ごしているのを見なくて良くなった分、さらに一人の時間が増えた。
もうすっかり期待しなくなった頃、突然お母さんがやってきた。
久しぶりに見たお母さんは僕の記憶の中のお母さんとは随分変わってしまったように見えた。
それでも来てくれたことが嬉しくて僕は久しぶりに笑顔になれた気がした。
でも、久しぶりに会いに来てくれたことが嬉しすぎて、僕はついわがままをいってしまったんだ。
「ねぇ、お母さん……僕、もっとお母さんに会いたい! だから、もっと病院に来て」
もっとお母さんとの時間を過ごしたい。
みんなのようにご飯を食べさせてもらったり、抱っこしてもらったり……お母さんと会話を楽しんでみたいってお願いしたら、きっとお母さんもわかってくれると思った。
でも……今まで見たこともない鬼のような形相で怒鳴られた。
「会いたい? ふざけないで! あんたの病気のせいで、私がどれだけ苦労してると思ってるの? 高い医療費ばっかり払わされて、一向に治りもしない。あんたのせいで私には自由な時間もなく働かされるばっかり。余命宣告受けるたびにこれまでの辛抱だと必死にやってきたのに全然くたばりもしないし、いい加減にしてよ!」
「お、お母さん……ご、ごめ――」
「ああーっ、もうほんとなんなのよ、あんた! あんたのせいで私の人生めちゃくちゃよ! 治りもしないんならさっさと死んじゃってよ。ほんと迷惑なのよ! あんたのせいで! あんたのせいであの人だっていなくなっちゃったんだから! あんたなんか、ほんと産まなきゃよかった! なんであの時死ななかったのよ! 死んでくれたら私は幸せになれたのに!」
お母さんはそう吐き捨てると病室をバタバタと出て行って、それから一度も来てくれなくなった。
当時十歳だった僕はお母さんに怒られたことが怖くて、苦しくて……しばらく泣いて過ごした。
僕がわがままを言ったから嫌われたんだ。
僕は悪い子だったんだ。
だから、愛してもらえないんだ。
それが悲しくて布団を被ってひたすら泣いた。
――あんたなんか、ほんと産まなきゃよかった! なんであの時死ななかったのよ! 死んでくれたら私は幸せになれたのに!
この言葉がずっと耳に残って離れない。
そんな僕に追い打ちをかけるような話が耳に入ってきた。
「ねぇ、聞いた? 蒼央くんのお父さん……若い女と浮気してでてっちゃったんだって」
「えーっ、だからお母さん、あんなことを蒼央くんに?」
「気持ちはわかるけど、酷すぎでしょ」
「まあね、でももう十年でしょ? 辛くなるのもわかるよね」
「もう多分来ないんじゃない?」
「うーん、そうかもね。ってか、お母さんも浮気してるでしょ?」
「えっ? そうなの?」
「この前田村さんが街で若い男と腕組んで歩いてるの見たってさ」
「じゃあ、もう本格的に蒼央くんのこと見捨てるってわけ?」
「まあ、うちとしては入院代だけ滞らずに払ってくれさえすれば家庭のことには首突っ込まないけどね」
「でも、ほんと蒼央くん可哀想……。最期くらいは会いに来てくれたらいいけどね」
看護師さんたちは廊下での会話が部屋に筒抜けなのを知らないのかな。
いや、わざと僕に聞かせて現実を思い知らせてくれているのかもしれない。
そうか……僕はとうとう捨てられたんだ……
治りもしない、かといってなかなか死なない僕に嫌気がさしたんだ。
僕はあの日から、死ぬことだけを考えて生きるようになった。
それでも自分で死ぬのは怖くてできなかった。
でも、僕は自分で手を下さなくても近いうちに死ぬ。
それだけが、いつしか僕の心の拠り所になっていた。
――なんであの時死ななかったのよ!
僕の耳をつんざくようなお母さんの叫び。
この言葉はあれから八年経った今もずっと僕の心に刻まれてる。
誰も僕が生きていることを喜んでなんかくれないんだ。
本当に生まれてこなければよかった。
友達もいない。
愛してくれる親もいない。
僕には何もないのに、どうして僕はこの世に生まれてきたんだろう。
生きているだけで迷惑かけるなら、生まれなければ良かったのに。
なんで僕は……。
誰も答えを教えてくれないまま、季節が冬に近づいた頃、僕の病状は一気に悪くなった。
「蒼央くん、先生呼んでくるからね」
バタバタと師長さんが先生を呼びにいくのを見送りながら、僕は心の中で喜んでいた。
ああ、やっとだ。
やっと楽になれるんだ。
食事も喉を通らなくなり、口から栄養が取れなくなった僕は主治医から胃瘻を提案されたけれど、これ以上治る見込みもないのに延命治療はいらないと断固反対した。
僕なんて生きていたってなんの意味もないんだから。
僕の頑なな態度に先生も心配して、両親にも一応連絡してくれたらしい。
けれど、お父さんとは連絡が取れず、お母さんは本人の望む通りにとだけ返ってきたみたいだ。
ああ、やっぱりお父さんもお母さんも僕がいなくなることを望んでる。
このままなんの治療もいらない。
これでいいんだ。
僕はもう一度先生に告げた。
「先生……もう、僕を自由にしてください……」
その言葉に先生はようやく頷いた。
結局、胃瘻も延命治療もせず、点滴のみで栄養を補給することになったけれど、食事が取れなくなると如実に身体は悪くなり、あっという間に身動き一つ取れなくなった僕はあっけなくこの世を去った。
いや、ようやくと言ったほうがいいのかもしれない。
きっと今頃、お父さんもお母さんも僕がいなくなってほっとしているだろう。
最後の最後に親孝行ができたのかな。
お母さん……やっと僕、死ぬことができたよ。
お母さんの幸せを邪魔してごめんね。
これから幸せになって……。
* * *
真っ暗な場所から明るい光の差す場所に出てきてすぐに暖かいふわふわの布で包まれた。あったかくてほわほわする。
「おおっ。元気な男の御子でございますぞ。しかも、ご覧ください。真っ白な
「まぁまぁ、なんて可愛いのかしら」
この人は一体誰?
でもすごく優しい匂いがする。
「可愛い私の息子。生まれてきてくれてありがとう。愛しているわ」
チュッとほっぺたに優しい感触がする。
「この子に早くお母さまと呼ばれたいわ」
「奥さま。気が早うございますよ」
えっ、この人……僕のお母さん?
――あんたなんか生まれて来なけりゃよかったのに……
あれもお母さんだったはず。
でもあの人とは全然違う。
優しい目で僕のことを見てくれる。
それに、僕のこと、可愛いって……愛してるって……生まれてきてくれてありがとうって……今、言ってくれたよね?
そんなこと一度も言われたことがなかったからなんだかくすぐったい。
でも、この人に優しく抱きしめられるのが気持ちいい。
そうだ。僕はこんなふうに抱きしめて欲しかったんだ。
「本当に可愛らしいわ。ほら、見て。私を見ているわ」
「本当に賢い御子でございます。奥さま、御子をそろそろ旦那さま方の元にお連れします」
「ええ。わかったわ。私の可愛い息子、また後でね」
もう一度ほっぺたにチュッと優しい感触がして、僕は優しい腕から引き離された。
ふわふわの布で巻いてくれたさっきのお婆さんに抱き上げられ、どこかに連れて行かれた。
いやだー、いやだー。
さっきのお母さんのところにもっといたい!!
離れたくないよーっ!
そう叫んでも、僕の口からはふえーん、ふえーんと泣き声しか聞こえない。
手足をばたつかせると小さな小さな手足が見える。
僕は大きくはなかったけど、ここまで小さくはなかったはず。
それに死んじゃったはずだし……
そう思ってようやく自分が赤ちゃんになっていることに気づいた。
もしかして、僕……生まれ変わったの?
確か師長さんに貸してもらった本でそんな話があった気がする。
いじめられて死んじゃった子が生まれ変わったお家で大切に育てられるってお話。
あれはただの物語だと思ってたのに。
あれは本当の話だったんだ。
信じられない気持ちでいっぱいになっていると、
「旦那さま。無事にお生まれになりました。男の御子でございますぞ」
と僕を抱いているお婆さんが隣の部屋の前で声をかけた。
その瞬間、部屋から次々に人が出てきた。
大人も子どももたくさんいる。
何? ここ、いったいどこ?
怖い、何、どうしたらいいの?
「わぁーっ! 可愛いっ!」
「おおっ! この子はウサギだったか」
「なんと真っ白で美しい毛並みだ。ここまで綺麗な尻尾は見たことがない」
「見て、耳も可愛いよ」
「本当に。この子は稀代の美人だな」
慣れない場所にドキマギしていると
「ほらほら、お前たち。私にじっくりと見せてくれないか」
そう言って、大きくて優しい手がお婆さんから僕を抱き上げる。
誰?
やだやだ!
怖いよ。
必死で手足をばたつかせるけど上手く動かせない。
「元気な子だ。アズール。わかるかい? お前の父だよ」
優しい瞳が僕を見つめる。
この人……今、父って言った?
じゃあ、この人が僕のお父さんってこと?
じっとお父さんを見つめると、とても優しげな笑顔見せてくれる。
お父さんが僕のことをこんな笑顔で見てくれるなんて初めてだ。
笑顔ってこんなに嬉しいものだったんだな。
チュッと優しい感触がほっぺたに触れる。
さっきの、お母さんのそれと同じ心地良い感触に心が温かくなる。
思わず笑みを浮かべる。
「おおっ、笑ったぞ。生まれたてでこんなにも可愛い笑顔を見せてくれるとは……この子は将来有望だな」
嬉しそうにほっぺたをすり寄せて抱きしめてくれた。
わぁーっ!! 僕、今お父さんに抱っこされてるよ!!
ねぇ、見て!
お父さんに抱っこされてるんだよ!!
世界中の人にそう自慢したいくらい嬉しい。
「どうだ? そろそろアリーシャに会えるか?」
「はい。旦那さま。こちらへどうぞ」
僕を抱っこしたまま、お父さんはさっきお母さんがいた場所に連れて行ってくれる。
「アリーシャ、ご苦労だったね。半日もかかっただろう?」
「ええ。でもこの子の顔を見たら疲れが吹き飛びましたわ」
「そうか、だがこれからしっかりと休養を取るのだぞ。アズールにはアリーシャが必要なのだからな。もちろん、私とクレイにもな」
「ありがとうございます」
「本当にご苦労さま」
お父さんは僕を抱っこしたまま、お母さんの唇にちゅっと重ね合わせた。
僕はほっぺだったのに、お母さんは唇なんだ……。
でも、お母さん……すごく嬉しそうだな。
「アリーシャ、この子はウサギだったな」
「ええ。私も驚いてしまいましたけど、こんなに可愛いのですもの。当然ですわね。じゃあ、この子は王子の?」
「まぁそうなるだろうが……ああっ、嫌だ! この子を渡したくないな」
「あなたったら。まだまだ先の話ですし、それにこの子の幸せのためなのですよ」
「わかっているのだが……こんなにも可愛いと手放したくなくなるな」
えっ……僕どこかにやられちゃうの?
やだ、やだ!
ずーっとお父さんとお母さんのところにいたいよ!
必死に訴えかけるけど僕の口からは
「ふえーん、ふえーん」
と力の無い声しか出てこない。
「ほら、あなたがそんなことを言うからアズールが不安になってますわ」
「おおっ、アズール。悪かった。大丈夫、私がずっと大切に愛するからな」
お父さん、愛してくれるの?
ほんと?
「今、泣いていたのにもう笑顔になっている。本当にアズールはお利口だな。私の言葉がわかっているみたいだ」
お父さんは嬉しそうに何度もほっぺたに顔を擦り寄せて抱きしめてくれる。
ああ、僕本当に幸せだ。
あれ?
なんだろう……。
ふと、お父さんの頭にぴこぴこと動く何かが見えて、手を伸ばす。
「んっ? これが気になるか?」
お父さんは頭を近づけてくれる。
僕の小さな手が触れるくらい近づけてくれて、触るともふっと柔らかな感触がする。
「かっこいいだろう。ヴォルフ公爵家の当主としての証だからな」
ゔぉるふ、こうしゃくけ? とうしゅ?
「あなたったら。まだアズールにはわからないでしょう?」
「いやいや、この子は優秀だからな。ほら、私の耳がお気に入りみたいだぞ」
「お父さま、そろそろ僕も中に入っていい?」
「ああ、クレイもこっちにおいで。初めての家族団欒だ」
お父さんのもふもふの耳を触っていると、優しくて少し幼い声が聞こえた。
家族って言ってたけど、この子は一体誰?
「アズール、僕の耳も触って。僕だってお父さまと同じなんだよ」
そう言って、お父さんによく似た、ちっちゃい男の子が僕の目の前にやってくる。
キラキラとした瞳で僕を見つめながら、僕の手を持った。
「わぁ、ちっちゃくて可愛い手だ。ほら、アズール。僕の耳だよ」
触らせてくれたもふもふの耳はお父さんよりもずっと柔らかい。
その感触が気持ちよくて笑顔になると、
「ほら、お父さま。アズールが笑ったよ」
と嬉しそうな声をあげた。
「本当だな。クレイ、この子はお前の大切な弟だ。可愛がるんだぞ」
「はい。お父さま、任せてください!!」
「ははっ。これは頼もしいな」
「アズール、僕の可愛い弟。これからは僕が大切に守ってあげるからね。早く大きくなるんだよ」
ちゅっと柔らかな感触がまた僕のほっぺに触れる。
この人は僕のお兄ちゃん?
ずっと優しいお兄ちゃんが欲しいと思ってたけど、まさか生まれ変わったこの世界で夢が叶うなんて……。
かっこいいお父さんと優しいお母さん、そして優しいお兄ちゃんに囲まれて僕の第二の人生が始まるんだ。
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