第2話 授業は意味ないらしい


ーアルスター学園ー

「この大陸でで最も有名な魔術学園は?」そう尋ねると必ずと言っていいほど「アルスター学園」とかえってくるぐらい、由緒と歴史のある学園。


「今日は召喚術の基礎についての復習をしていくぞー」


そんな栄えある学園にて教卓に立っているのはメガネを掛け白衣を来た、明らかに不健康そうな顔色をした男。ついでに言うなら目の下のクマが深く、綺麗な顔を無精髭で台無しにしていた。


「今年度から召喚術を学ぶ人、昨年度はダメだった人、そこに優劣の差は無い。」


教卓を中心に、扇を描くように座っている多くの子ども達に向かって講義を初めていく。


ここはエルトライト法国はアルスター魔術学園。

その中でも「二ツ星ダブル」と呼ばれる多少の魔術知識を得た学生が勉強に励む教室である。


ここアルスター学園では普通の学校・学園とは異なり、年齢を重ねるだけでは学位をあげれない。


14歳ー22歳の間に「一ツ星シングル」から「五ツ星クインティプル」まで五位階の学位をあげなければ卒業ができないのだ。


学位をあげるには特定の試験の合格、あるいは魔術を収めることが必須とされており、仮にこの学院から卒業出来たとなれば将来は法国に仕える上級職に就くことが容易になる。


「ただいし、君たちも既に知っている、あるいは経験したものもいるかもしれないが、「二ツ星ダブル」から「三ツ星トリプル」に上がるためにはいずれかの種族と契約が必須だ」


「オイゲン先生ー。契約ってやっぱりぃ、難しいですかー?」


「おい、アレイ。辞めてやれってー。マリアが可哀想だろ〜。な、二度失敗ダブルのマリア」


「ッ」


突如として講義に挟まれた会話。

いくらかのクスクスと抑えきれなかった笑い声と、明らかに大きな笑い声が講堂に響く。

アレイと、その取り巻きと思わしき生徒がマリアと呼ばれた女学生を名指しで嘲笑するために、わざわざ割り込んで大声で騒いだのだ。


(アレイ・バスター。クレイ辺境伯の第3子息でちゃらんぽらんだが、召喚術ではあの『動く鎧リビング・ウォリアー』を手繰り寄せた幸運の持ち主にして大問題児。

大して入学して以来、座学は一度も落とさず学年首席を保ち続けるマリア・ロザリア。

子供でもやろうと思えば結べる「契約」を、生まれついてこの方一度も「契約」ができず二度進学を帳消しにされた問題児、か)


「ああ、だが今まで契約出来なかった事と、これから先契約が出来ないというのは、激しくナンセンスだね。アレイ・バスター」


「ッチ、今までできてねえもんはこの先も出来ねえだろうが」


これがこの教室の歪な日常。

マリアを馬鹿にする集団と、触らぬ神に祟りなしと近寄らない集団。


そして。


「君たちは両方間違っている。高位の幻想存在と契約を結ぶ、と言うのは古き時代から連綿と受け継がれる貴族の証だ。

本来なら武功で有名になったバスター家も、もはや潰えたロザリア家もこの場にふさわしいものではない」


「クラレスゥ。いい覚悟だな。第二競技場にいけよ。今日こそその凝り固まった頭と共にぶっ潰してやるよ」

「一人でやっているといい。能無しアレイ」

「決めた。確実に泣かすッ」



純血主義。

クラレスを筆頭とし、この学園内外にあまた存在する思想の持ち主。

エルトライト法国は、特に建国時に共に剣を持ち戦った128家からなる貴族制であったため、他国よりも顕著な風潮がある。


「ほら、さっさと召喚術の基礎をやるぞ。その後に第一競技場で実践もしてもらうからな」


その言葉に他の生徒は「既に習ったってのー」「つまんなーい」「俺とお前、実技でどっちがすげぇの召喚できるか勝負な!」と避難の声を上げるが、マリアは静かにノートを取り出しすと黙々と授業項目の要素を確認しだした。


「どうせお前は勉強しかできない石頭だろ」

「...」

「あ!勉強だけできるお前と魔法学だけは良かった父親って親子そっくりじゃん!」


ダンッッッッッッ

先程まで呑気に喋っていた生徒も、真面目に授業準備をしていた生徒も動きがかたまり、教室が静寂に包まれる。


「正式な謝罪を要求しますバスター様。

今、この場で、お父様に謝ってください」


聞いているだけで胃が痛くなりそうな声音のマリアが、アレイに宣告する。


「はあ?なんで俺が謝んなきゃいけねえんだよ。事実だろうが」


どんどんと眉間のシワが深くなり続けるマリアに気づいた様子もなく、アレイはペラペラと悪態を突き続ける。


「そもそもお前みたいなのはさっさと帰れよ。契約なんて、本来座学は必要ねえんだよ。やろうと思えば子供だってできる」


「ああ、そうだ。やろうと思えば、な。

今からその座学の重要性について解説していくぞ!万一、契約で事故を起こしでもしたら重犯罪者にだってなってしまうからな。心して聞くように」


オイゲンが大きな声を張り上げ、教室の空気は悪いものの、ようやく授業が始められるくらいには落ち着いた。


じっと己の掌を見つめるマリアを除いて。




〜〜〜〜〜〜




「さて、そもそもの契約についてだが。君たちは一体どのように認識しているのか。はい、ウェイブ・ローバ」


「いぇ!? えっと...こことは異なる世界の住民を呼び出して、魂の契約を行うことで生涯のパートナーになる...ですかね」


「それだと45点くらいしかあげられないな。

「契約」とは召喚術によって異なる世界の住民を呼び出す!ここまでは正解だ。まあ例外的にこの世界の存在もあるが、より正確には『彼らの好む魔力の持ち主と召喚された【使い魔】が互いに惹かれあった結果』というものが通説だ。

彼らによって「契約」の対価や期間が変わるが、本契約を結ぶと、基本的にどちらかが死ぬまでは別の存在と契約することはできなくなる」


「じゃあ契約を不利な条件で結んじゃったらどうすればいいんですか?」


「いい質問だ、ピモン・エイク。

そのために我々魔術師は「仮契約」という猶予期間を設けることがほとんどだ。

例外的に互いが一目惚れして結ぶなんてこともある。そういった場合は、魂レベルで相性がいいから問題はそうそう起こらない。

そうでない場合はしっかりと「仮契約」から行うように」


オイゲンが黒板に「仮契約」「本契約」と続けて書いていく。

当てられたウェイブは熱心にノートをとり、質問をしたピモンは前髪を人差し指で遊びながら頷いている。


続けて「召喚術の理論」「確認されている種族」「基本的な対価」についての講義が進んでいく。


とはいえここまでは一ツ星シングルの頃に受けた内容の復習が多くを占めているため 、途中にある細々とした、ある種専門的な話以外では、講義の腰をおらずにつつがなく進んだ。



「と、言うことでこの世界で大きな傷を負った場合でも彼らは死ぬことは無い。そして元いた世界で体を癒す。

ただし、多くの無茶なことをやらせると召喚の拒否をされてしまったりする。

彼らはあくまでも友人であり、消して道具なんかではないということを覚えておくように。

以上で今日の講義は終わります」


オイゲンがそう告げると、今まで大人しく講堂にいた生徒たちが忙しなく動き出す。

次の時間は実際に召喚術を用いて、「契約」を行うからだ。

二ツ星ダブル」に上がるまで基本的に「本契約」を許されていないアルスター学院の子供たちは、この実技を最も楽しみにしている。

貴族や宮廷魔術師でもない限り、この講義が持つ意味は大変大きいものとなる。

仮に「龍種」や「魔種」なんてものを引き当てたならそれだけで将来が安定するからだ。


みな、年相応に目を輝かせながら第一競技場へ移動を開始する。

それは既に仮契約を結んでいるアレイやクラレスも例外ではないようだ。


唯一。

マリアだけは不安そうにノートを抱え、しばらくしてから一寸遅れて第一競技場へと歩き出した。

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