第11話 理想の肌を求めて


「大福餅の皮です、スカルさん!」


 眼鏡の奥の瞳はきらきらと輝いていました。幼い男児のようで、言い知れぬ嫌な予感が私に襲いかかってきます。


「……餅? 餅とおっしゃいました?」


「はい! 白くて柔らかくて、もっちもちしてますよ! 餅だけに」


 それは菓子? 菓子の皮を持って来たということですの?


 私の困惑などお構いなしに、男たちが騒ぎ出します。


「おいおいコウジ、まんまじゃねえか」


「だってウチ、餅屋だし! 餅の皮って女子の肌そっくりじゃね?」


「もち肌ってか? そういう意味じゃねえだろ」


 笑い合っています。何がおかしいと言うの?


 これから私の体を菓子の皮で包もうとしています。甘い香りは良いとして、食べ物のように扱おうとしているも同然ではありませんか。それを何とも楽しそうに話すなど、この者たちはまともじゃありません。


「お待ちなさいな!」


「スカルさん、どうしました?」


「私は食べ物ではなくってよ」


 即座に「分かってますよ」と、凌太郎が返します。そして、わずかですが微笑んで見せました。これまでの硬かった表情が、まるで嘘のようです。


 なぜ今日になって急に? どのような心情の変化なのでしょうか。人の心が理解できるようになったから、そう思いたいところですが。


「食べてしまいたくなるくらい、綺麗になれますよ」


 狂気すら感じる発言です。食べてしまいたくなるって——


「まさか……本当に食べたりしませんわよね?」


「それはさすがに。でも……」


 凌太郎の顔がみるみる紅潮します。もしかして、私は余計なことを口走ってしまったのでしょうか。彼を興奮させるような、どうしようもなくいかがわしい想像をかき立ててしまったのでしょうか。


「……でも?」


「お許しいただけるなら遠慮なく!」


「馬鹿なことをおっしゃらないでくださる? 私がそんな破廉恥なこと、許すわけがないでしょう!!」


「破廉恥……」


 凌太郎の呼吸が明らかに荒くなりました。額に汗を滲ませています。


 彼だけではありません。その場にいた男たち全員が似たような反応をしています。もしかして、私はとんでもない失言をしてしまったのでしょうか。ひょっとして、このまま私は——。


「男子校で、そんなこと言っちゃいます?」


 緊張が走りました。全身から汗が噴き出してくるのを感じ——た気がしました。汗が出てくれたら、多少はましだったかもしれません。ですが、私は未だに指一本動かすことさえできません。


 感情の捌け口が、文字通り、口しかないのです。


「スカルさん?」


「な、何よ!」


「変なこと考えてますね?」


「ち、違います!!」


 凌太郎と私のやりとりを、男たちがにやにやと見ています。私は完全に囲まれていました。その輪がゆっくりと近づき、狭まって来ます。このままでは——!


「変なことはしませんよ。安心してください」


「できませんわ!」


「試した後は、スタッフが美味しくいただきますから」


 ああやはり、男たちに体をなぶられてしまう。こんなところで、こんな野蛮な男たちに。どうすれば、この醜悪な運命を変えられるでしょうか。


「やめて……お願い、おやめになって!」


「やっぱり変なこと考えてますね? このままでは犯されてしまう~とかなんとか。そんなことしませんって、だって骨体ですよ? お餅の皮をちゃんと残さず食べるって話です」


「……はい?」


「男子高校生は毎日腹ペコなんです。コウジんちの店の大福、めっちゃ美味しいんですよ。ですからスカルさんに試した後、大福の皮は残さずみんなで美味しくいただきますね」


 は? 本当に食材を食べるって話ですの?


 急に恥ずかしくなりました。私はありえない妄想をして、ひとりで盛り上がっていたと? 破廉恥は私の方ではありませんか。


「それにしても、さっきは驚きました」


「何がです?」


「皮を貼り付けたままかぶりついても良いと、そんな大胆なことをお許しいただけるのかと勘違いしてしまいましたよ」


 そっち? 先ほどの興奮の理由はの方?


「そんなはしたないこと、絶対許可しませんわよ!」


「ですよね。スカルさんは高貴なご出身なんですし」


「なんか……馬鹿にしていらっしゃらない?」


「いいえ全然。ただ……」


 恥ずかしがっているのでしょうか、凌太郎は顔をぽりぽりと掻いて言い淀んでいます。ころころとよく態度を変える男です。


「ただ……何ですの?」


「僕らは年頃の男子なので、ちょっとでもエロを感じる発言は控えていただけると助かります」


「はあ?」



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