第12話 心の叫びと体の異変

「ただいま…」


「レオン!良かった…また突然いなくなったから探しましたわよ!

やっぱりリオちゃんのところに飛んで行っていたのね?

リオちゃん、送って帰ってくれたの?」


「ええ…わたくしのせいで、レオンがこちらに来てしまった訳ですし…」


重たい足取りで家に戻り、玄関のドアを開けると、

バタバタと慌てた様子でお母さまが飛び出してきて、レオンをギュッと抱きしめた。


前回のことがあったから、居場所は予想できていたようだけど、

やっぱり突然消えたら探すよね…なんて思っていると、

お母さまは私の顔を見るなり、心配そうな表情を浮かべた。



「あら?どうしたの、リオちゃん。何だかとても悲しい顔をしているじゃない。

学院で何かあったの?」


「あー…そう…ですわね。少し、殿下と…」


「まぁ。殿下と喧嘩でもしちゃったのかしら?それで落ち込んでいるのね?

大丈夫よ。殿下はいつもお優しい方なんだから。」


「ははは…」



母親というものは、子供のちょっとした変化でも見抜いてしまうんだなと改めて思った。

私が殿下と喧嘩をしたことを察したお母さまは、「殿下は優しいから大丈夫よ」と笑ってくれた。


まぁ、そうね。でもね、お母さま。

私は結構な酷いことを言い逃げしちゃったの。

“クソガキ”とか言っちゃったんだよね…。

それに、責任を取って学院をやめる宣言までしちゃったから、

この先の私の人生がとても大変なことになるのは間違いないのよ。ごめんね、お母さま。


そう心の中で呟きながら玄関先で話していると、またあの馬車の音が聞こえてきて、思わず外を覗いた。



「あらあら。わざわざ迎えに来てくださったじゃないの。ほら、行ってきなさい?」


「ええ…?さっきもう話したじゃん…っていうか、学院に戻ったんじゃないの?」


「姉上、僕がついて行かなくても大丈夫ですか…?」


「ありがとう、レオン。まぁ、大丈夫でしょう。少し、話してくるわね。」


なんでまた来たわけ?

そう思いながらも、来てしまったものは仕方がない。

私は一応、馬車の近くまで歩いた。

すると、すぐに扉が開き、またもや気まずそうな殿下が姿を現した。


気まずいなら来なきゃいいのに…そう思いながら、ひとまず中庭へ殿下を案内した。

やっぱり、さっき言えなかった文句を言いに来たんだろうな。

そう思いながら、噴水の近くまでやってくると、殿下の方から口を開いた。



「さっきは、まともに話ができなかったからな…。」


「…」


「今日のおまっ…リオラはおかしいぞ。いつも俺に口答えなどしなかったというのに…。それに、口調だっていつもと違ったというか…」



開口一番、「話ができなかった」と嫌味っぽく言われた私は、

勝手に代弁される前に、今までの気持ちと、これからの気持ちを自分の言葉で伝えることにした。

この先のことを考えても仕方がない。

今、私が思う素直な気持ちを伝えなければ、きっと何も伝わらないと思ったから。



「…ずっと我慢していましたの。」


「え?」


「政略結婚というものは、この時代、百歩譲って仕方がありませんわ。

ですが、わたくしは女性を下に見る方、“お前”と呼ぶ方、自分がすべて正しいと思っている方、暴力を正義とする方が大嫌いですの。」


「だいっきらっ…」


「ええ。今までは、きっと“仕方がない”と我慢していたのでしょう。

それが当たり前、運命、家族のため…そう思い込んでいたのだと思います。

ですが、今のわたくしには、もうそのような考え方はできませんの。

わたくしは、わたくしを大切にしてくれて、想い合い、尊敬し合える、そんな方でなければ、添い遂げるつもりはありません。

それで処刑されるのでしたら、仕方がありませんわ。

ただ、家族に迷惑をかけるのだけは避けたいの。

ですから…わたくしは、きっとこのまま殿下と一緒になるのでしょう。

ですが、これだけは覚えておいてください。」


「…なんだ」



喋り出したら、もう止まらなかった。

理想を押し付けるつもりはない。

ただ、こういう考えの人間が現実に存在しているということ。

そして、あなたの考え方が100%正しいとは限らないということを、伝えたかった。



「わたくし、リオラ・アステリアは、今現在あなたのことが、死ぬほど嫌いだということを。

そして今後、必要がなければ、お誘いいただいてもお会いするつもりはありません。

さらに言えば、あなたの思うような女性にはなれないということを、覚えておいていただけますと幸いです。」


「…そんな。なぜだ…今まで我慢していたのだろう?だったら、これからも我慢して…俺を見てはくれないのか?」



私は宣言した。

殿下に対するこれからの対応と、彼の望む“理想の女性”にはなれないということを。

ここまで言われて、私を受け入れるなんて、絶対にないと思っていた。

だけど殿下は、「これからも我慢して自分を見てくれないのか」と。

そんな殿下に対して、寝言は寝て言え。

そう思ってしまった私は、もう助からないと確信した。

だから、もっとはっきり、きっぱりと伝えることにした。



「では、この際ですので、はっきりと申し上げます。

今のあなたに、“第二王子”という肩書きと、“顔立ちが良い”という以外に、何か魅力がおありですか?

わたくしには、ただのクソガキとしか思えませんの。」


「クソガキ…」


「権力、財力もおありでしたわね。それに、魔法もお上手なんだとか?

でも、それがどうしたというのです。

この世界では、感情を優先して物事を進めることはない。それは承知しています。

ですが、わたくしは、それを諦めたくはないのです。

…殿下は、幼少の頃から血反吐を吐く思いで、いろんなことを我慢し、学びたくもないことも学ばれてきたのでしょう。

その苦労は、想像を絶するものだと思います。

そんなあなたを、身近で見てきたからこそ、きっと支えたいと思ったのだと思います。

ですが、今のあなたを、あの頃と同じ気持ちで見ることなんて、できるわけがありませんわ。

ですから、わたくしは―」


「俺は…いやっ―だ…」


ドサッ―


「えっ…?」



これが最期だと思った。

私は、私の感じるままに、殿下に気持ちを伝えた。

また“クソガキ”と口走ってしまったけれど、もういい。

私は、自分の気持ちを完全に殺して、この人についていくなんて、絶対に無理だと思ったから。

そして、幼少期からの殿下の姿を見ていたであろう“リオラ”の気持ちも、少しだけ織り交ぜた。


すると、殿下の顔色がどんどん悪くなっていき、

「いやだ」と小さく呟いたあと、そのままドサッと地面に倒れ込んだ。



「ええええっ?!ででっ、殿下?!殿下、しっかりしてください!

ちょっと待って…なにこの人…体の中から魔力が外に出たがってる…?え?」


「…っ」



倒れた殿下の体を少し起こすと、触れた瞬間に感じた。

殿下の体の中にある膨大な魔力が、外に出たがっているということを。


それが何を意味するのか、私には分からない。

でもこれは、きっと“ただ事ではない”。

そんな気がしてならなかった。

それが証拠に、殿下はギュッと胸の辺りを押さえてとても苦しそうに唇を嚙みしめていた。



「もうっ…何なのよ!

よっこらしょっと…重いっ!」


「…っ」



あんなに暴言を吐いた相手とはいえ、このまま放置するわけにもいかず、

なんとか殿下を背負って、人のいる場所まで運んだ。

それがまあ、重いのなんのって。

腰が砕けるかと思った。

幸い、すぐ近くに殿下の側近の方がいてくれたおかげで、

殿下を引き渡した私は、そのまま客間へと案内された。


まさかとは思うけど、私が色々言っちゃったから倒れた…なんてこと、ないよね?

そう思うと、ちょっと罪悪感で胃が痛くなる。

何も分からない今はただ、殿下が目を覚ますのを待つしかなかった―…

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