第4話 お悩み相談

 午後の授業も終わり、放課後。


「…………」


 リアラは机に頭を伏せて、満身創痍だった。結論から言って、寝ずにちゃんと授業は受けていた。だが、理解が出来なかったのか、頭からは湯気が出ている。


「さっぱり分からなかった……。満点なんて取れる気しねー……」


 昼休みの時の意気込みはどこへやら、今はもう心がへし折られていた。


「理解出来なかったんだろうけど、ちゃんと授業を受けた自分を褒めろよ。それに、授業を受けたのは今日が初めてなんだろ? まだこれからだ」


 一応、発破を掛けておく事にする。動機はどうあれ、やる気になったんだ、リアラには頑張ってもらいたい。


「そうか……。そうだよな。私はまだ、これからだ! だけど、勉強よく分からないから、後で教えてもらえると助かる……」


 上目遣いで、目をうるうるさせながら見つめてくる。正直、少しドキっとしてしまった。この事は誰にも言わず、墓まで持っていく事にしよう。


「あ、あぁ。俺でよければ教えるよ。それじゃ、部活の時間だし、行くか」


「おう。そういや、雑談部って何する部活なんだ?」


「ん? 部活の名前通り、ただの雑談の時もあれば、学園からの相談を、解決したりもしてる」


 今日三度目の部室に向かう。みらいを除く、メンバーはすでに揃っていた。


「臼杵君、天壌さん。ちょっと待ってて、紅茶を用意するから」


 九重先輩と話していた白河が、俺達に気を利かせて、紅茶を淹れに行ってくれた。本当によく出来た子だ。男じゃなかったら告って……いや、それは無いな。


 俺は自分の椅子に座り、一息吐く。そこで、椅子が一つ増えてる事に気づいた。


「この椅子、リアラの席ですか?」


「はい。リアラさんが入部するって事なので、椅子を一脚貰って来ました」


「ここ私の席か! わざわざ持って来てくれて、ありがとなカホ」


 ドスっと身を投げ出すように、椅子に座る。ここの部室にある椅子は、全部クッション性があって少しぐらいなら、飛び込んでも問題ない。これも、九重先輩がいるが故の、他の教室にはない優遇差なのか。


 そこで、トレイに三つのカップを乗せた白河が戻ってくる。二つは俺とリアラの分だとして、後一つ、すでに九重先輩と白河の分は置いてある。という事はそろそろ来る、みらいの分か。


 白河が、カップを机に並べ終わったタイミングで、扉が開かれた。もちろんそこにいるのは、我らが部長、みらいだ。手には、大きめの箱が抱えられている。


「生徒会室に目安箱取りに行ったらさ、庭津女(にわつめ)会長に小言言われちゃって、何か今日やけに機嫌悪かったのよね」


 庭津女にわつめ理玖りく。三年生で、庭雲学園の生徒会長。成績も学年ニ位の実力で、九重先輩に並んで、秀才な人らしい。


 らしいと言うのはその話自体、みらいから聞いただけだし、俺自身、庭津女会長とは、一度しか、話をした事はないんだけど。


「珍しいですね、理玖さんが機嫌悪いだなんて」


「確かにね。普段から事務的な対応で、話してくるのに、今日は小言言われたし何かあったんでしょ」


 みらいが手に持っていた箱を机に置き、ぽんぽんと叩く。


「そんな事よりも、部活始まるわよ!」


「んあ? ミキその箱なんだ?」


「これはね、目安箱。雑談部創設の時、夏帆の力を使っても、中々部活として認めてもらえなかったから、生徒会の雑務を肩代わりするという条件で、認めて貰ったの」


 わたしの許可なく、夏帆が勝手に決めたんだけどね。と言い、箱の中から一枚の紙を取り出す。


「この紙はここの生徒達の、要望書よ。そして何故、この目安箱の雑務が選ばれて、わたし達雑談部に回って来たかと言うと、大抵ロクな事しか書いてないから!」


「それ、雑用押し付けられてないか?」


「ま、そんな所ね。でも、結構面白いのよ。生徒達が何を思って、何を考えてるか見えるから」


「ふぅん。で、みんなでそれの解決案を出して、まとめた物を生徒会室に提出する事が、雑談部の部活ってわけか」


「そゆこと。本来は、雑談しているだけの、部活なんだけどね。じゃ、リアラも理解した所で、早速、引きましょうか」


『好きな人がいるんですが、告白した後フラれる事を思うと、告白出来ません。だけど、今のままじゃダメだとは思っています。何かいい案はあるでしょうか? HN(ハンドルネーム)伯氏 性別男性』


「知るかぁぁぁぁ!」


 リアラは立ち上がり叫んだ。隣の席なんだから、もう少し声量を下げてほしいものだ。耳がキンキンする。


「いきなりどうしたの!?」


「目安箱って学校を良くする為の箱だよな! 漫画で読んだから知ってるぞ! でも明らかにこれ、ただのお悩み相談じゃねえか!」


「だから言ったじゃない。ロクな事書いてないって。でもこれは、ちゃんとした相談よ。って事で、誰か案ある人いる?」


「それでいいのかこの学園……まぁいいか。じゃ、まず私が答える。この手の相談は、ラノベでも良くある展開だしな」


 リアラはゴホンと咳払いし。


「振られる前提で考えるな! お前はまず、恋愛ゲームをやって主人公精神を磨け! そして、恋愛が何たるかを理解し、告白に挑め! そうしたら成功間違いなしだ」


 フフンとドヤ顔をしているリアラ。だが俺は知っている。そのセリフ、某生徒会ラノベの会長が、主人公に言ったセリフだと言う事を。


「ふむふむ。リアラは恋愛シミュレーションをやって、恋愛を学べと。他に案ある人いる?」 


「では、次はわたくしが。この伯氏さんは質問の内容から察して、自分に自信がないご様子。ならば、自分磨きを提案します」


「例えば、どんな事をすれば良い?」


「まずは見た目ですかね。人間、見た目が全てではありませんが、やはり印象は大事です。服装、ヘアスタイル、正しい姿勢、これらを磨けば相手からの印象は、そう悪くはならないと思います」


「さすが夏帆ね。良い提案をありがと。さて、男子二人は何かない?」


 ついに俺達に回って来た。正直さっぱりだ。告白なんて、したこともないし何も浮かばん。


「じゃあ僕が。えっとですね、強さが大事だと思います。僕自身あまり強くないんですけど、前に友達が強い人は憧れると言っていたので、身体を鍛える事を提案します。精神も鍛えられて一石二鳥ですし」


「女子は強い男の子に惚れる、一理あるわね千明君」


 紅茶を一口飲み喉を潤した後、みらいは俺に目を向ける。


「最後は祐。いい案をどうぞ」


「案って言ってもな、正直何も思いつかないんだが……」


「祐は解答無しって事ね」


 なるほどと頷き、数秒待った後みらいが椅子から立ち上がる。


「じゃあ、みんなの意見を実際にやってみましょうか」


 雑談部は要望書(お悩み相談)に対して意見を述べ、それが最適な解答なのかを確かめるべく、自分達で実行して答えを導き出す。そういう習わしにすると、みらいが決めたらしい。


「まずは、リアラの案からね。昔使ったパソコンがこの部室にあるけど、ソフトはどうしよっか? 祐の部屋たくさんゲームあるし、一個ぐらい持って来てない?」 


「持って来てるわけないだろ。そもそもあれ、俺のじゃなくて、母さんと父さんのだからな」


「そうなると、恋愛ゲームはどうしよっか?」


「んあ? ソフトが必要なのか? ならあるぞ」


 そう言って、制服のポケットから取り出したのは、例の箱だ。


「さて、なんのゲーム出そうかな」


 ウキウキしながらリアラは箱を開け、出て来たのは五人の美少女が描かれているパッケージ。題名は『サンクチュアリ・ブルーム』と書いてある。


「PC版、家庭用版、どっちもあるぞ! この美少女ゲー好きなんだ! なんたって、一番好きな絵師さんがイラストを担当してるからな」


「…………」


「なんだユウ? そんなにパッケージを凝視して、誰かに惚れたか?」


 いや、そういう訳ではないが、このゲームはよく知っている。特にこのイラストを描いた人とは、親密と言って良いほどの関係だ。


「ねぇ、祐このゲームの絵──」


 俺は、人差し指を口に添えて、しーっの仕草をし、みらいに口止めする。みらいも俺の意を汲んでくれて黙ってくれた。


 このゲームのイラストレーターに、「他人に私の仕事の事を喋るな」と言われている為、俺がこの絵師の事を知っていると、リアラにバレる訳にはいかない。色々聞かれそうだし。

 

「あのリアラさん、その箱を少し見せていただいても、よろしいでしょうか?」


 ちょうどその時、九重先輩がリアラの持っている箱に興味を示し、俺から気を逸らしてくれた。ナイスです、九重先輩!


「多次元収納ボックスの事か? いいぞ」


 九重先輩が箱を受け取り、四方八方と確認し始める。


「どうやってそのゲームを、この箱に収納していたのでしょうか? そのゲームがこの小さい箱に入るとは思いませんが」


「箱の中にな、宇宙が広がってるんだ。それ以外分からん。てか、この説明したの今日で二回目だな」


「……そうですか。では、お返しします」


 九重先輩はあまり納得がいってない様子だが、箱を持っているリアラが分からないんじゃ、しょうがない。実際、蓋を開けて見ても、宇宙なんて広がってる風に見えないしな。


「みんな、ゲームの準備が出来たよ」


 知らずの内に、白河がゲームの準備を進めていてくれていたらしい。パソコンの前に座って、こちらに手招きをしている。本当に気の利いた奴だ。


「千明くんが準備してくれたし、早速プレイしましょ」


「それで誰がやるんだ? 恋愛シミュレーションゲームだから、マルチプレイなんて無いし」


「もちろん祐に決まってるじゃない。なんの提案もなかったし、今回の実行者は祐ね」


「俺か……」


「それに、このゲームやった事ないんでしょ?」


「…………」


 みらいの言う通り、確かにやった事はない。家のゲーム置き場の中に、埋まっているだろうが、パッケージからソフトを取り出した事すらないと思う。


 が、今は部活中だ。部長である、みらいがやれと言うなら俺に拒否権はない。それに、意地でもやりたくないという訳でもない。……いや、少しぐらいあるかも。


「分かった。やるよ」


「決まりね。他の三人も、祐がやるで良いわよね?」


 九重先輩と白河は頷き、リアラは「本当は私がやりたがったが、ユウがやった事ないなら譲ってやる」と言った。別にリアラがやりたいなら、やっても良いのだが……。


「それじゃスタート!」


 みらいの掛け声と同時に、スタートボタンを押す。このゲームは、元から主人公の名前が決まっているらしく、すぐにプレイ出来た。


 夜の摩天楼を一人の少女が、駆け抜けてるところから物語は始まる。


「この娘が、メインヒロインの星野莉菜ちゃんだ! 私の一番好きな娘だから、一番最初に攻略するぞ」


「あ、そう。なんでも良いいけど」


 リアラ曰く、このゲームは選択肢で、ルートが決まるらしいのだが、分岐自体複雑ではないらしい。キャラと話している時に出てくる選択肢は、好感度が上がるか下がるかの二択だけで、上がる選択肢を選んでいけば、狙いの娘のルートに入り、逆に下げる選択肢を選んでいけば、ルートには入らないと言う。


 まぁ、とにかく俺は、星野莉菜というキャラの好感度をずっと、上げていけば良いという事だ。


 それから脳死で、好感度を上げていった。星野莉菜の好感度は上げ、他のヒロイン達は下げる……。正直に言う、あんまり面白くない。そもそも美少女ゲー自体、俺はあんまり好きじゃない。


 そしてまた、選択肢だ。


『莉菜にプレゼントを渡す。渡さない』


「…………」


 さっきまで脳死でマウスを押していた手が、止まる。


「んあ? ここ悩む所か? プレゼント渡した方が好感度上がるだろ」


「だよな……」


 俺は、カーソルを渡すに合わせようとした所で止めて、渡さないを選択した。


「なんでだよ!!」


「別にいいだろ。一つぐらい好感度下げる選択肢選んでも」


 チラッと後ろを見る。今はリアラ以外、周りにいない。最初こそ集まって見ていたが、ゲームを進めて行くにつれて、各々自分の席に戻っていった。俺は少しホッとする。さっきの選択肢を、みらいに見られなくて本当に……。


「良くないわ! 莉菜ちゃんが可哀想──」


 パンッ! と手を叩く音が後ろから聞こえた。リアラも俺も驚いたように、後ろを向く。


「そろそろ十九時になりそうですし、帰宅しましょうか」


 音の正体は、九重先輩だったらしい。時計に目を向けると、確かにあと数分で十九時になりそうだった。


「もうそんな時間なのね。それじゃみんな、今日の部活の続きは明日にしましょ」


 みらいがスマホに付いているイヤホンを耳から外し、椅子から立ち上がった後、帰りの支度を始める。


「あ、明日は、ゲームじゃなくて、夏帆か千明くんの提案の実証をするから、祐は、そのゲーム持ってるんだし、家でプレイしといてね」


「え、俺このゲーム、また一からプレイしなきゃいけないの?」


 さすがに、学校のパソコンを持って帰る訳にも行かないし、家でやる以上また初めからとなってしまう。


「またとは何だ、またとは、サンクチュアリ・ブルームは神ゲーなんだぞ! 何度やってもいいぐらいだ」


 リアラがぷんすかと、怒ってくる。全然怖くないけどな。


「そういや、リアラはどこに帰るんだ? まさか、みらいの家の物置部屋に、住むわけじゃないよな?」


「当たり前だろ! 校長って奴にちゃんとした場所を用意してもらったからな!」

 

 そう言うと、ポケットから一枚の紙を取り出す。どうやら賃貸契約書らしい。それに目を通すと、何だか知ってる住所が書かれていた。


「ここって……」

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