湊の不運
悠月蒼歌
第1話
「ねぇ、湊! こんな噂知ってる?」
これは、そんな……何気ない日常にある、たった一つの噂話から始まった。
「……『学校の裏山にある廃墟に、少女の幽霊と『何か』不気味なモノが出る』……ねぇ……」
「何? もしかして、信じてないの?」
「いや……俺、幽霊なんて見たことないし……それに、ただの噂なんだろ?」
「確かに、ただの噂だけど……でも見たって人、ちゃんと居るのよ!!」
そう言って俺の机に両手を叩き付ける幼馴染を見て、これは確実に面倒くさいことに巻き込まれると判断した俺は、さっさと帰り支度を済ませようと机の横に掛かっている、学生カバンに手を伸ばした。
「ね! それでさ……!」
「俺は行かないからな」
俺が食い気味に言うと、幼馴染の美咲は不満顔で頬を膨らませる。
「……なんで?」
「何でって……『胡散臭い』と『めんどくさい』以外の理由が必要か?」
「ふーん……ねぇ……もしかして、怖いの?」
「……は? そんな訳無いだろ? 俺はただ、めんどくさいから行きたくないだけで……」
美咲から全力で目線を逸らしながら、俺は自分に冷静になれと、必死に言い聞かせる。
ちゃんと冷静を装えれば、怖がっていることがバレることは無いと、必死に。
「……だったら、一緒に来てよ! ……幽霊とか、お化けとか……怖くないんでしょう?」
「いや……だから、めんどくさいんだって……!」
「めんどくさくなんか無い!! それに、幼馴染の女の子が一人で廃墟に行って、危険な目に遭ってもいいの!?」
「……いや、それ……ただ美咲が行かなければいいだけだろ……」
「もう……湊ったら、私のこと舐めずぎ! 私はホラー系が大好きな人間なのよ!? そりゃ、こんな近くにホラーな噂が存在しているんだったら実際に見に行って探検するわよ!!」
「……それは、知ってるけど……でも、そのせいで何度もおばさんに怒られてるだろ?」
「そ、それは……い、今は別にいいじゃない!! そんなことより!! 湊は、私についてきてくれるの!? くれないの!?」
そう言って顔を近づけてくる美咲の目を見て、これは……本気で一人でも行くやつだ……と長年の付き合いから理解した俺は、顔を背けながら「あ〜! もう!!」と大声を出した。
「分かったよ……!! 一緒に裏山の廃墟を探検すれば良いんだろ!?」
そんな俺の言葉を聞いて美咲の顔は徐々に喜色に染まっていき……最終的には、俺の手を取り激しく上下に振りながら「ありがと〜! 流石! 私の幼馴染!!」と、俺にキラキラとした目を向けて来ていた……。
「さぁ! ここが例の廃墟よ! 時間が勿体ないわ!! 湊!! 早く行くわよ!!」
「ちょ……! そんなに腕引っ張るなよ、美咲!! 危ないだろ!?」
目をキラキラと輝かせながら、美咲は時間が惜しいと、建物の中にどんどんと入って行く。廃墟の外観を眺め(ず、随分と雰囲気あるな……)と少しだけ怖気付いて居た俺は、美咲に右腕を引かれながら、転ばないように歩幅を合わせて、薄暗い建物の中へと蝉のうるさいくらいの鳴き声を聞きながら入って行った。
俺たちが廃墟の探索を始めて、およそ三十分。俺は先程から気になっていたことを、美咲に聞いた。
「……なぁ、美咲」
「ん? どうしたの、湊?」
「美咲が言ってたあの噂ってさ、なんか部屋とか指定されてないのか? 今の俺たちってさ、目的も無く、この廃墟の中を延々と歩き回ってるだけだろ……?」
俺の質問に固まった美咲は、小さな声で「……確かに」と呟くと、質問に質問を返してくる。
「うーん……湊は、何か知らない? この噂の続きだったり……あとこの建物の詳細とかでも良いわよ!!」
「……え? ……も、もしかして……美咲、ここが昔、何の建物だったか知らないのか……?」
「知らないわよ? 私がちゃんと下見とかするとでも思ってるの?」
「……ああ……そういえば、美咲はそう言う奴だったな……」
呆れた、と言葉では伝えずに強く目線で訴えてやれば、美咲は途端に言い訳を話し出す。
「……仕方ないじゃない! 私が凄く調べ物苦手だってこと、湊だって知ってるでしょ!? それに、私は『思い立ったら、すぐ行動!』派なの!! それに……いつも湊、誘っても来てくれないから……久しぶりに湊が誘いに乗ってくれて、嬉しくって……」
「……聞き込みとかも、忘れてた、と?」
「……そうよ」
ふて腐れた様な、気まずそうな表情をしながら、俺の方を少し遠慮がちに見てくる美咲。その様子に内心、(何その可愛い言い訳……!?)と荒ぶりながらも、その感情を表情に出すことはせず、少しだけ困った様な表情を作り、そのまま美咲に言った。
「……全く……美咲のことだから、そんな事だろうなとは思ってたけど……」
「その……ごめんなさい、湊」
しおらしい美咲の様子を見て俺は少しだけ微笑みながら、ため息を吐いて言葉を続けた。
「……はぁ……次からは気を付けろよ? ……俺以外の奴だったら事前に調べるなんて、多分してこないんじゃないか?」
「……え?」
「とは言っても、俺もそこまで調べられた訳じゃない。山道だって言うのに、美咲がどんどん先に進むから、ちゃんと調べるのは難しかったんだ」
俺はそう言って、制服のポケットからスマホを取り出し、画面を見ながら話を続ける。
「でも……ここは元々病院だった、ってことまでは調べられてる。……なんで、こんな山奥に病院を作ったのかってことは謎のまま、だけどな」
「……流石、湊ね!! やっぱり、貴方は自慢の幼馴染だわ!!」
呆けた様子で俺の話を聞いていた美咲はそんなことを言いながら、突然、俺に抱きついて来た。
「なっ……!? お、おい! 美咲! 危ないだろ!?」
「危なくなんて無いわよ!! だって、湊が抱きついた私を支えきれないことなんて、今まで一度も無かったじゃない!!」
「……た、確かに無かったけど……でも、ここは瓦礫が沢山あって、足場が不安定なんだぞ? 今までの環境とは違うんだ。……だから、抱き着くのは、極力辞めてくれ」
「……そっか……そうよね……分かった! 今度から気を付けるわ!!」
少しだけ残念そうな顔を見て、俺は(言い過ぎたかな……?)と一瞬だけ不安になったけど、次の瞬間には満面の笑顔を浮かべていて……キラキラした目を、此方に向けてくるもんだから……やっぱり俺は美咲には一生敵わないのだと、そう……再認識するのだった。
「うーん……結構進んで来たけど、何も居ないわね……」
「……そうだな……本当、おかしいくらいに……『何も居ない』」
「え? ……何、それ? どう言うこと?」
美咲の疑問を聞いて、美咲はこの事態を異常と思っていないことを理解する。でも、先ほどから美咲の顔色は凄く悪い。だから……俺は美咲に、何個か質問をすることにした。
「なぁ……美咲の質問に答える前に……先に美咲が俺の質問に答えて貰ってもいいか?」
「……うん、別にいいけど……?」
「ありがとう。それじゃあ、一つ目の質問なんだけど……美咲って今まで、心霊スポットとかに行って体調悪くなる事とか……あったか?」
「えっと……何回かはあったかな? ……でも……そういえば、いつも自分じゃ気付けないのよね」
「……自分じゃ気付けない? それってどう言うことだ?」
「うーん……私にも分からないんだけど……いつも、一緒に行ってる人に『顔色凄く悪いけど、大丈夫?』って言われて気付くのよ」
「……そっか。もしかしたら、心霊スポットに興奮し過ぎて、アドレナリンとかが出てさ……自分じゃ体調が悪くなってるってことに、気付けないのかもしれないな……」
「確かに、そうかも……! いつも不思議に思ってたけど……流石、湊だわ!!」
……我ながら、とても苦しい言い訳に感じたけど……でも、美咲が納得したならそれでいい。でも、一つ分かった……つまり、今の美咲は体調が悪いことを俺に黙っているのでは無く、自分で体調が悪いことに『気付いてない』んだと理解する。……これは本格的にヤバくなって来たかも知れないと、少し覚悟を決めながら、俺は美咲に二つ目の質問をする。
「そ、それじゃあ、二つ目の質問なんだけどさ……今まで美咲が行ってきた心霊スポットって、動物とか……居た……?」
「……確か、居た気がするけど……」
「確証は無い、と?」
「うん。だって、直接姿を見た訳でも無いし……」
「……なるほどね」
これで、美咲が今の現状に違和感を抱えていない理由が分かった。……美咲にとって、動物は居ないことの方が自然なんだ。だから、俺が感じ取ってしまった違和感を、感じない。
「……それじゃあ、これが最後の質問。……今まで美咲が行ってきた心霊スポットの中で……虫の鳴き声が……全く聞こえない場所は、あった?」
「……え?」
「……さっきから、虫の……蝉の鳴き声が聞こえない。入ってくる時には、うるさいくらいに聞こえていたのに。……それと、もう一つ。ここは……寒すぎる」
そんな俺の声に答えるかの様に、ガタガタと大きい音を立てながら、窓が揺れた。
「……確かに、ここに入る前よりは肌寒いけど……もしかして、これが心霊現象ってことなの?」
「そうかもしれない。……なぁ、だから早く帰ろう? こんな所に長居する必要なんて……」
「……何言ってるの……? ……湊!! これは、紛うことなきチャンスじゃない!!」
「……え?」
「私は今まで、オカルト研究部の活動の中で沢山の心霊スポットを巡って来たわ! ……でも、どんなに有名な心霊スポットに行っても、私だけが心霊現象に遭遇することは無かった……!」
……何だか……風の動きがおかしい。美咲を中心に円を描いている……気がする……?
「だから……これはチャンスなのよ! オカルト研究部に在籍して、早二年……今日こそが! 初! 心霊体験を経験する! 記念すべき日なのよ!!」
そう、美咲が叫んだ途端。美咲を中心に円を描いていた風は辺りに向けて一気に噴出され、俺は風の衝撃を、もろに受けてしまい……そのまま意識を失ってしまった。
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