第17話 一方的にボコされちゃった……どうしよう!?




 魔神アルザティクスス。


 まだ『オルフガルド戦記』が正式にリリースする前、ベータテスト版でのみ登場した幻のヒロインの名前だ。


 そして、シナリオで唯一魔王を土下座させたヒロインと言われている。


 シナリオライターがベータテスト版だからとネタに走った結果、ルーデルトをワンパンで瞬殺できる彼女が誕生してしまった。


 正式リリースと同時に彼女の存在は消されたはずなのに……。


 オルフガルド王国は彼女を召喚した。


 俺は凄まじい威圧感に耐えながら、アルザティクススに話しかける。



「ここに来た目的は?」


「別に? お姉さんがいた時代と何か変わってるかと思って様子を見に来ただけ。相変わらず魔王国はパッとしないねぇ。で、君が今の魔王かな?」


「……そうだ」


「うんうん、お姉さんに怖じ気づいて逃げなかったのは加点だね♪ じゃ、殺ろっか♪」



 次の瞬間、拳が眼前にまで迫った。



「っ、ぶねっ!!」


「おっ? やるぅ♪」



 どうにかギリギリで首を捻って回避したが、間一髪だった。

 アルザティクススの拳は空振りしたが、その衝撃波で暴風が巻き起こる。


 今のが当たっていたらと思うとゾッとした。


 一撃食らえば即死の打撃を放ったアルザティクススは、どこか楽しそうに笑った。



「格上と戦うのは初めてなのかな? 強者の悩みだよねぇ、強すぎるともっと強い相手に出会った時、どう戦えばいいのか分かんないってのは」


「……」


「あれ? もしかして君、お喋りは嫌い? お姉さん、無視されると泣いちゃうよ?」


「……喋る余裕がないだけだ」


「あはっ♪ お姉さんに夢中ってこと? 嬉しいなぁ。嬉しくて――ぶっ壊したくなっちゃう♪」



 そう言って妖艶に微笑みながら、アルザティクススが肉薄してきた。


 恐ろしく速い。


 しかし、目で追えないほどではないし、どうにか回避することができ――



「はい、油断したね♪」


「がはっ!?」



 アルザティクススの振るった拳が、急に加速して俺の胴体にめり込む。



「ダメだよー。相手がいつも全力とは限らないんだから」


「最初の、一撃は、手加減していた、のか?」


「正解♪」


「っ、このおっ!!」



 俺は近づいてきたアルザティクススの頭を両手でガッシリと掴み、その顔面に膝蹴りを叩き込もうとして――


 何故か俺の方が宙を舞った。



「もぉ、お姉さんだから許してあげるけど、女の子の髪の毛に無断で触れるのは厳禁だよ?」


「な、なに、が……」


「両手両足にばかり注目しすぎ。お姉さんには尻尾だってあるんだから」



 アルザティクススは尻尾をふりふりと動かしながら見せつけるように言った。


 っ、死角から尻尾で殴られたのか。


 スピードもパワーも、テクニックすらも俺では足元にも及ばない。

 これがぶっ壊れ性能として存在を抹消されたヒロインか。


 どうすればいい? どうすれば勝てる?



「ほらほら、早く立って。じゃないと君の頭を踏み潰しちゃうよ?」


「っ、はあ!!」



 俺はすぐに立ち上がってアルザティクススの顔面に向けて拳を振るう。



「……破れかぶれの大振り。遅い。残念、その攻撃は減点」


「っ」



 アルザティクススは欠伸をしながら俺の渾身の一撃を片手で受け止めた。


 完全に俺を舐め腐っている。


 だが、それでいい。

 俺はアルザティクススの死角から尻尾を振るって後頭部を狙った。


 魔神とて生き物だ。


 頭に上手く当たれば致命傷、そうでなくても脳震盪くらいは引き起こせるはず!!


 しかし、俺の尻尾は思うように彼女には当たらなかった。

 アルザティクススは死角から迫っていた俺の尻尾を難なく回避したのだ。



「おっと?」


「なっ、後ろに目でも付いてんのか!?」


「まあね。君も『万里眼』は使えるでしょ?」



 気が付くと、アルザティクススの額の瞳が開いていた。


 っ、『万里眼』で自分の死角を補ったのか。



「でも今の一撃はとてもよかったよ!! お姉さんの戦い方をすぐ真似してみせたのは称賛に値する!! 減点は撤回、加点だよ!!」


「人に点数を付けるな!!」


「おお、さっきより攻撃のキレが増してるね。迷いがなくなった。早速お姉さんの眼の使い方を真似したのかな?」


「っ」



 悔しいが、アルザティクススの能力は俺に似ていて戦い方が参考になる。


 俺は『万里眼』で自分を俯瞰するように視て、死角を失くしたのだ。

 その甲斐もあってか、通常の視界では捉えるのが難しい尻尾による攻撃に反応できる。


 とはいえ、反応できるだけで完全に防げるわけではない。



「頑張れ頑張れ♪ もうちょっとでお姉さんを倒せるぞー♪」



 両手、両足、尻尾……。


 俺が全身を使って攻撃しているのに対し、アルザティクススは片手で受け流すのみ。


 しかもその場から一歩も動いていない。


 言い訳のしようもないくらい、アルザティクススは格上。

 全身に『闇の力』を巡らせて強化してもなお、彼女は片手だけで俺に対応していた。


 ダメだ。勝てない。実力が違いすぎる。



「はあ、はあ、はあ……」


「あれれー? もう終わり? お姉さん、やっとやる気が出てきたところなのに」


「……化け物め」



 いや、待て。


 アルザティクススがやってきたということは、この世界は『オルフガルド戦記』のベータテスト版の設定も存在する?


 もし俺の考えが正しいなら……。


 でももし違っていたら、アルザティクススに大きな隙を晒すことになる。



「……それでもやらなきゃ勝ち目はない、か」


「お? 空気が変わったね?」



 俺は全身に『闇の力』を巡らせる。


 今度は鎧を着るように『闇の力』を物質化させて全身にまとった。


 身体が一回り大きくなり、鋼鉄の肉体と化す。



「ふっ、ふふふ、はははは!! やればできるもんだな、第二形態!!」



 ベータテスト版のルーデルトにのみ存在した、第二形態。

 あまりにも強すぎて正式リリース版では削除されてしまった姿だ。


 これなら勝て――



「うーん、的が大きくなっただけじゃない?」



 瞬きした刹那の間。


 アルザティクススは尻尾をムチのようにしならせ、何十発も打ってきた。


 せっかく生成した鎧にヒビが入る。



「今のはちょっぴり減点。純粋に『闇の力』を肉体の強度を上げるのに使った方がよかったね」


「は、ははは……」



 ……そうだよな。


 ベータテスト版で強すぎた第二形態のルーデルトを瞬殺して土下座させたのが、目の前のアルザティクススなのだ。


 第二形態になったところで勝てる道理がない。


 もう打つ手がないと諦めかけたその時、アルザティクススは笑みを浮かべた。



「うん、君はギリギリ合格♪ 君が今すぐお姉さんに頭を垂れるなら、特別に君をお姉さんの配下にしてあげよう♪」


「……は?」



 アルザティクススは、ベータテスト版でも言わなかった台詞を言ってのけた。






―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント小話


作者「めちゃくちゃ強い綺麗なお姉さんにボコボコにされたいよね」


ル「いや、されたくないけど……」



「アルザティクスス強すぎて草」「第二形態が秒殺なの笑う」「作者は自重しろ」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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