第3話 悪堕ち聖女が怒っちゃった……どうしよう!?




 王国軍が降伏した後、砦に降り立った俺たちを弓を携えた上裸の銀髪褐色イケメンダークエルフが敬礼で出迎えた。



「魔王陛下!! 此度の助太刀、感謝致します!!」


「……お前は?」


「闇人軍所属、千人隊長のバルデと申します。この砦の責任者であります」



 上裸であることを除けば、仕事ができそうなダークエルフだった。

 俺は肩を竦めながら、バルデの感謝の言葉を軽くいなす。



「礼はティルシアに言え、俺は何もしていない」


「……彼女は、一体何者なのですか?」



 どこか怯えたようなバルデの視線がティルシアに注がれる。

 そのティルシアは今、降伏したオルフガルド王国軍の兵士をじろじろと観察し――


 バクンッ!!


 くぱあっと、十字に裂けたティルシアの尻尾が兵士たちを丸呑みにしてしまった。



「やっぱり男性は美味しくないですね。女性の方が美味しくて柔らかくて、消化しやすいです」



 ティルシアの尻尾は捕食器官らしく、人間を丸呑みにして強力な消化液でドロドロに溶かし、吸収してしまうらしい。


 特に女が好みのようで、王国軍にいた女騎士を美味しそうに食べていた。



「ひっ、た、頼む、食べないで!! 食べないでください!! 何でもしますから!!」


「何でもですか? それなら、服を脱いでもらえますか?」


「っ、は、はい!! 脱ぎます!! 脱ぎました!! 次は何を――」


「ふふ、わざわざ自分から食べやすくなってくれるなんて、貴女はとっても親切ですね♡ そういう人は痛くないように、優しくじっくり気持ちよく、長く楽しめるように溶かしてあげます♡」


「え、あ、やだ、やめっ――」



 ティルシアは妖艶な笑みを浮かべながら、命乞いをする女騎士を丸呑みにした。


 尻尾の中で暴れ狂う女騎士の声が次第に色っぽくなり、やがて沈黙する。

 完全に消化されたようで、ゴキュンという音と共に吸収されてしまったらしい。



「……俺の妻だ」


「あれが!?」


「おいコラ、あれがとか言うな。不敬罪でその首千切って土に埋めるぞ」


「し、失礼しました!! 我々ダークエルフは菜食主義者が多いので、あまりああいう食事には慣れておらず……」


「いや、うん。俺もあの光景を見たらベジタリアンになろうと思ったから許すよ」



 まあ、ティルシアはオルフガルド王国に恨みを抱いているからな。

 勝手に召喚しておいて、一度負けたくらいで石を投げて火炙りにしようとする連中が憎くないわけがない。


 ふとティルシアと目が合った。



「ルーデルトさまもお食べになられますか?」


「い、いや、俺は遠慮しておこう」


「あら、残念です……」



 しょんぼりするティルシア。


 目の前で人を生きたまま食ったティルシアを恐ろしいと思う反面、可愛いと思ってしまった。

 やはり人間の感性を得ただけで、やはり俺は魔族なのだろう。


 ……そういう意味では、いくら恨みがあるとはいえ人間をもぐもぐできる元人間のティルシアはどういう精神構造をしているのだろうか。


 と、その時だった。



「あら、ジルタール隊長も捕まっていらしたんですね?」


「な、なぜ儂の名を……」



 どうやら捕虜の中にティルシアの知り合いがいたらしい。

 しかし、あちらは変わり果てたティルシアの姿を見て彼女だとは気付かなかったようだ。


 次の瞬間、ティルシアは微笑むのをやめて表情を消した。


 めっちゃ怖い。



「少し髪と瞳の色が変わって、角や尻尾、翼が生えただけで、貴方たちは気付かないのですね。共に戦った仲間であるはずの私に、民と一緒に罵倒して石を投げてきたくせに」


「何を言って……」


「貴方たちがどれだけ私を都合のいい戦力としか見ていなかったのか、改めて分かりました。――これなら分かりますか?」


「!?」



 ティルシアが『闇の力』を抑え込み、その姿が人間だった頃のものに戻った。


 俺は慌てて隣にいたバルデの目を潰した。



「おっと、バルデ千人隊長!! 手が滑った!!」


「ぎゃあ!? な、何をなさるのです!?」


「すまんすまん。後で治してやるから許してくれ」



 魔族は基本的に人間を敵、あるいは食料としか思わない。

 ダークエルフはそうでもないが、ティルシアが元人間であることはできるだけ秘密にしておいた方がいいだろう。


 というかティルシア、『闇の力』を抑えれば自在に人間だった頃の姿に戻れるのか。


 あの悪堕ちヒロインが着ていそうな衣装まで人間だった頃のものに戻っているし、どういう原理なのか気になる。


 俺が首を傾げていると、ジルタールはティルシアの姿を見て唖然としていた。



「これでも私が誰か分かりませんか?」


「な、き、貴様はっ、王都で火炙りにされたはずでは!?」


「ああ、まだ王都の情報が届いていないのですね。残念ながら、とても心優しい素敵な男性に助けられて私は生きています。今では愛し合う関係にまで――ふふ、貴方たちのお陰でルーデルトさまと出会えたことだけは感謝してもいいかもしれませんね」


「ま、待て!! 私は最後まで貴様の、いや、聖女様の処刑に反対したんだ!! 石を投げたのも本意ではない!! だ、だから命だけは助けてくれ!!」


「ふふっ、あはははっ!!」



 ティルシアが『闇の力』を解放し、再び魔族の姿へと変わる。



「謝罪よりも先に命乞いですか。ああ、よかったです。どこまでも私の神経を逆撫でしてくれて。もっともっと苦しめたくなりました」


「ひっ!!」


「安心してください。貴方はまだ殺しません。手足を磨り潰して、私にした仕打ちをじっくり後悔させてあげます♡」



 ジルタールの表情が絶望に染まった。


 かつてはオルフガルド王国を魔王軍の脅威から救うために戦った少女の力が、今では自分たちに向いているのだ。


 自業自得とはいえ、さぞ怖いことだろう。


 しかし、命乞いが無駄だと悟ったジルタールは負け惜しみを吐いた。



「くっ!! 本国があのような無能ではなく、もっと強大な力を持つ異世界人を寄越せば裏切り者の魔女など容易く滅ぼせたものを!!」



 ジルタールのその言葉に俺はギョッとする。


 まさかとは思うが、オルフガルド王国はティルシアに続いてまた異世界からヒロインを召喚したのだろうか。

 すると、バルデがハッとして何かを思い出したように手をポンと叩いた。



「そう言えば、やたら強いエルフの女魔法使いがいました。奴も異世界人だったのかもしれません」


「バルデ、それはどんな女だった?」


「銀髪のエルフです。氷の魔法を使ってくるせいで動きを封じられて大変でした。ほら、砦の端の方に今もあそこに氷の残骸が……あれ? なぜ溶けてないんだ?」


「……その女はどこに?」


「どうにか迎撃しましたが、仕留め切れずに逃げられてしまいまして」



 氷の魔法を使ってくる銀髪の女エルフ。



「その銀髪エルフはローブを羽織っていて、その下にボディーラインがくっきり分かる全身タイツみたいな格好をしていなかったか?」


「あ、たしかにそのような格好をしておりました。奴のことをご存知なのですか?」


「ああ、とてもご存知だ。惜しくも第四回人気キャラランキングではティルシアに負けて二位だったヒロインでな。シナリオ序盤は死ぬほど冷たい態度でプレイヤーの心を容赦なくへし折ってくるが、次第に打ち解けてデレを見せるようになる毒舌キャラで、実は男性プレイヤーよりも女性プレイヤーに人気があるスパダリヒロインで――」


「は、はあ、魔王陛下が何をおっしゃられているのかは分かりかねますが……」


「……こちらの話だ。今のは忘れろ」

 


 しかし、困ったことになったぞ。


 今回の戦いで彼女が逃亡したなら、それはバッドエンドに突入してしまった可能性が高い。

 すぐに保護しないと、ティルシアに続いて彼女も辛い思いをする羽目になる。


 俺はバルデにその場を任せ、ティルシアを連れて魔王城に戻り、シナリオの知識を元に例のヒロインの捜索をクロに命令した。


 クロは分身して偵察もできたりする優秀な執事だからな。困った時のクロ任せだ。









「……ティルシア、何の真似だ?」


「ふふふ、ルーデルトさま。そこで少し大人しくしていてくださいね」


「!?」



 前線の砦から魔王城に帰るや否や、ティルシアは自らの尻尾をくぱあっと開きながら妖艶な笑みを浮かべて言った。


 ぶ、物理的に喰われる!?





―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント小話


作者「やっぱ尻尾が『くぱあっ』ってして丸呑みにされるシチュがイッチャン興奮するんよ。魂が震えるんよ」


ル「えぇ……何コイツ、怖い……」



いきなり目潰しされたバルデが気の毒、と思ったら★★★ください。


「ティルシアのギャップがいい」「もう追加ヒロインか」「あとがきに共感してしまった……」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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