第28話 料理

――「こっちだ。案内するよ」


カイの言葉に導かれ、彼女たちは王都の大通りを歩いた。

やがて辿り着いたのは、立派な石造りの屋敷。門の前の衛兵が恭しく頭を下げる。


「お帰りなさいませ、カイ様」


「ここは……?」


リナが息を呑む。


「今は、ここを拠点にしているんだ」


その光景に、幼馴染たちは言葉を失った。

かつて追放した男が、今や貴族のように扱われているのだ。


屋敷の中に入れば、磨き上げられた床に絵画と花瓶が並び、

香り高い茶まで用意されていた。

そこに現れたのは、どこかで見たことのある気品ある美少女。


「お帰りなさい、カイ。いつもご苦労さま」


柔らかな笑みとともに、当然のように彼の隣に立つ。


「いえ、王女様のお力添えがあればこそです」


「ふふ。私的な場では名前で呼んでほしいわ」


そのやり取りを見て、幼馴染たちは愕然とした。

王女が、カイを信頼し、親しげに言葉を交わしている――。


王女の後ろに控える騎士が口を開く。


「カイ殿、先日の戦いでは助けられました。あなたがいなければ我々は壊滅していたやもしれぬ」


「いえ、皆さんの奮闘があったからこそ、俺も間に合ったのです」


彼の謙虚な返答に、敬意のこもった笑いが広がる。


一方、幼馴染たちは黙ってそこにいることしかできない。

自分たちが目もくれなかった男が、今や王女や近衛騎士に信頼され、

その輪の中で言葉を交わしている。

そして自分たちは――そこに加わることすらできずにいる。


王女が彼女たちに目を向け、静かに問う。


「……この方々は?」


「昔の仲間です。話が長くなりそうだったので招きました」


「まあ……ということは勇者パーティーの方々かしら?以前とは様子が違うので気づきませんでしたわ」


「そういえば勇者殿も最近お見かけしませんな」


近衛騎士が不躾な視線を向ける。


「ふふ。とにかく、ここには王都の要人も集まりますから、礼儀だけは忘れないようにね」


その一言に、彼女たちは顔を赤らめ、俯くほかない。

磨かれた床の上で、粗末な旅装が痛々しく浮いていた……。



――少々こじんまりとした客間に幼馴染たちを招き入れる。


周囲の目がなくなった途端に、リナが震える声で口を開いた。


「……カイ、私たち……もう戻れない」


ナミが必死に言葉を重ねる。


「お願い、もう一度……一緒に……」


「合理的に考えて、あなたの力がなければ……」


エリも冷静さを装うことすらできない。


「ねえ、カイ……私たちを、そばに置いて」


サラは今にも泣き出しそうな顔をしていた。


カイは一瞬沈黙し、柔らかく微笑んだ。


「……やれやれ、まったく君たちときたら。しばらくなら滞在してもいい。ただし、ここは俺だけの家じゃない。仲間もいるから、迷惑をかけないように」


「ありがとう、カイ!」


四人は一斉に声を上げた。胸が熱くなる。

“やっぱり優しい”“昔から変わらない”――そう思いたかった。


けれど、その胸の温もりは長くは続かなかった。


その夜、屋敷では豪奢な晩餐が整えられていた。

長いテーブルの上には、香ばしい肉料理や色鮮やかな果実が並び、

燭台の炎が黄金色の光を放っている。

王女や貴族たちの談笑が満ち、銀器が触れ合う澄んだ音が心地よく響いていた。


その中心にいるのは、やはりカイだった。

言葉を選びながら謙虚に話す彼ではあったが、誰もが彼を立てていた。


一方、幼馴染たちは端の席に追いやられていた。

目の前の皿には豪華な料理が盛られているのに、手を伸ばす気にもなれない。

パンをちぎる指先は落ち着かず、視線はただ遠くの彼に吸い寄せられていた。


「……カイ、やっぱり少し変わったね」リナが小さく呟く。

「今日は……お客様が多いのよ……」ナミが無理に笑みを作る。

「合理的に考えて、彼のそばにいるのが最善」エリが自分に言い聞かせるように言う。

「……きっと明日からは、また一緒にいてくれるよね」サラが夢見るように囁いた。


だが胸に広がるのは、どうしようもない惨めさだった。


――カイは杯を傾け、穏やかな笑みを浮かべている。

しかし、その瞳の奥には冷たい光が宿っていた。


(よくもまあ、のこのこと戻ってこれものだ。俺を追放し勇者を選んだくせに……その勇者が堕ちた途端、今度は俺に縋る。哀れで滑稽な豚どもだが――利用価値はある)


(……どう料理してやろうか。甘い言葉で希望を与え、少しずつ突き落とすか。それとも、彼女たち自身に互いを疑わせ、壊し合う姿を眺めるか……)


杯の中の赤い葡萄酒が、燭台の炎を映して揺れる。

その深紅は、彼の胸に渦巻く復讐心を映し出しているかのようだった。


(まあいい。焦る必要はない。俺はもう“荷物持ち”じゃない。この国の英雄として、舞台は整っている。あとは、どう楽しむかだ)


カイは幼馴染たちに向かって柔らかく微笑んだ。

その笑みを見た幼馴染たちは「昔と変わらぬ優しさ」を感じ、安堵したのであった。

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