第15話 開幕
王都の空が、裂けた。
昼下がりの穏やかな陽光が、突如として漆黒に染まる。
雲を引き裂いて現れたのは、巨大な影──ドラゴンだった。
ギルドの広間で依頼掲示板を眺めていた俺は、
外から響く轟音に顔を上げた。
窓の向こう、空を旋回する漆黒の巨体。
翼を広げ、咆哮を放つたびに地面が震え、遠くで悲鳴が上がる。
「ドラゴンだ!ドラゴンが出たぞ!」
誰かが叫び、広間がざわめく。
冒険者たちが一斉に立ち上がり、
武器を手に取る者、逃げ出す者、呆然と立ち尽くす者──混乱が広がる。
そのとき、王城の鐘が鳴り響いた。
重く、鋭く、空気を切り裂くような音。緊急討伐依頼の合図だ。
受付嬢がカウンターから身を乗り出し、声を張り上げる。
「王都上空にドラゴンが出現!討伐依頼発令!参加可能な冒険者は、王城前広場へ!」
その言葉に、広間の空気が一変した。
怯えが、使命感に塗り替えられる。
冒険者たちが次々と名乗りを上げる中、俺は静かに手を挙げた。
「俺も参加します」
ざわめきが、俺に向けられる。
「おい、あれ……」
「勇者パーティーから追放された荷物持ちじゃねえか?」
「でも最近、依頼を次々と成功させてるって噂だぞ……」
俺の名を呼ぶ声が、受付嬢から届く。
「……お願いします、カイさん」
その眼差しは、かつての憐れみではない。
信頼と、期待。俺は頷き、腰の短剣を確かめた。
広場へ向かう道すがら、住民の混乱が目に入る。
屋根が崩れ、埃が舞い、逃げ惑う人々の叫びが響く。
ドラゴンは空を旋回しながら、時折炎を吐き、建物を焼こうとしていた。
そして、広場に集まった冒険者たちの前に現れたのは──勇者パーティーだった。
聖剣を掲げたレオンが、声を張り上げる。
「俺がいれば恐れることはない!このドラゴンも、魔王軍も同じだ!」
リナが剣を抜き、ナミが祈りを捧げ、エリが魔導書を開き、サラが弓を構える。
人々は歓声を上げる。
「勇者様だ!」
「これで安心だ!」
だが、その中に混じって俺も立っていた。
奴等は俺に気づかない。かつての荷物持ちが、今ここにいることを。
──これは舞台だ。
俺の胸の奥で、黒い炎が脈打ち、呪詛の言葉を放つ。
悪魔との契約で得た力。呪いの代償に宿った、影の力。
勇者パーティーが前に出る。だが、その動きはどこか鈍かった。
「なっ……体が重い……?」
リナの剣は空を切り、ナミの祈りは途切れ、エリの詠唱は遅れ、サラの矢は狙いを外す。
──俺の力だ。
呪いの鎖が、彼らの力を削ぎ落としている。
かつて俺を見捨てた者たちが、今度は人々に見捨てられる番だ。
そう心の中で呟きながら、俺は短剣を握り直した。
「……行くぞ」
ドラゴンが咆哮し、炎を吐く。
冒険者たちが散り散りに逃げる中、俺は前へと飛び出した。
──王都を守るために?
──そして、俺自身の物語のために?
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