第11話 クリスマス
終業式を明日に控えた昼休みは、もはや冬休みに入ったような緩んだ空気に包まれていた。
緩んだ空気を破るように、花田の声が響く。
「はぁ? あんた、それがどういう意味かわかってるの?」
一瞬で教室の視線がこちらに集まる。
ただ「クリスマスは雪村先輩の家に行く」と言っただけなのに、怒涛の勢いで怒られていた。
「声が大きいって……」
花田はむすっとした顔のまま、 外で話そうといわんばかりに教室の外に視線を向けた。
立ち上がった彼女を追って、非常階段までついていった。
「クリスマス、一緒に過ごすって言っても、別に変な意味じゃないよ。先輩がそう言うから……」
「あんた、わかってないでしょ。クリスマスに一緒にってどういうことか」
言葉に詰まると、花田は大きくため息をついた。
「月島、結局どうなの? 先輩のこと、好きなの? 付き合いたいの?」
「す、好きって……男同士だし」
「まだそんなこと言ってるの?」
花田の目がきりっと細くなる。
「でも、好きだよ。先輩、かわいいし、優しいし……」
「それで十分じゃない。好きになった人がたまたま男だっただけでしょ」
花田の声は強かったが、どこか優しさも混じっていた。
文也は言葉を返せず、ただ視線を落とす。
「先輩、傷つけたらただじゃおかないからね」
そう言い残して、花田はくるりと背を向けた。
階段の踊り場に、冬の冷たい風だけが残った。
◇ ◇ ◇
そして迎えた十二月二十四日。クリスマス・イブ。
「一時に来て」と言われていた文也は、手ぶらでは気が引けて、途中のケーキ屋でショートケーキを二つ買った。
時計の針が十二時五十五分を指したころ、雪村先輩の家のチャイムを押す。
「いらっしゃい。ちょうど今、仕上げてるところ」
出迎えた先輩はエプロン姿だった。
白いシャツの袖を軽くまくり、髪をひとつにまとめている。いつもの落ち着いた雰囲気とは少し違う。
リビングのドアを開けると、美味しそうな料理の香りが漂っていた。
「もうすぐできるから、座って待ってて」
先輩は軽やかにキッチンへ戻っていった。
テーブルの中央にはローストビーフのサラダ。その両脇に並ぶ取り皿は三枚。
――三枚?
あと一人、誰か来るのだろうか。
どう座るか迷っていると、先輩が熱々のグラタン皿を手に戻ってきた。
「文也はそこ。私、隣に座るね」
すすめられるままに席についたそのとき、玄関の方からドアの開く音がした。
「あら、いらっしゃいませ」
現れたのは、先輩の母親だった。
思わず立ち上がって頭を下げる。
「お、お邪魔してます」
柔らかな笑顔を向けられ、文也は小さくうなずいた。
母親はコートを脱ぐとキッチンに入り、先輩に声をかけた。
「涼子、あと何すればいい?」
「香草パン粉焼き、オーブンに入れたとこ」
「それはおいおい出来上がるとして、炭酸水出して。ゲストを待たせるのも悪いから、始めましょう」
母と娘のやり取りは微笑ましいが、文也は少し居心地が悪くなった。
――二人で過ごすつもりじゃなかったのか。
そんな思いを胸の奥に押し込みながら、三人でのクリスマス・パーティーが始まった。
ローストビーフは絶妙な焼き加減で、口に入れると柔らかくほどけた。
褒めると、先輩は少し照れくさそうに笑って言う。
「お肉の品がいいからよ」
「美味しいわね。火の通し方も完璧。涼子、料理上手になったじゃない」
「お母さんのレシピ、そのまま真似してるだけよ」
その口調も、仕草も、まるで本当の娘のようだった。
文也は思わず目を離せなかった。
その表情があまりに自然で、文也は思わず見入ってしまった。
――こんなに仲のいい親子なのに。生徒会室で坂本から聞いた過去の話をおもいだしてしまう。
そんな疑問が胸の奥でじわりと広がる。
「ところで、月島くんは部活、何かしてるの?」
突然声をかけられて、文也は背筋を伸ばした。
「あ、いえ。最近は文芸部に……ちょっとだけ参加してます」
「そうなの。文也も本が好きでね。話してるとあっという間なのよ」
先輩が助け舟を出すと、母親は満足げにうなずいた。
「いいわねえ。恋人同士で趣味が合うって」
「もう、お母さん! 違うってば。友達って言ったでしょ」
先輩の声には焦りと照れが混じっていた。
母親は笑みを浮かべたまま、炭酸水のグラスを口に運ぶ。
その仕草には、冗談半分ではなく――本気で嬉しそうな色があった。
食後のケーキまで平らげると、母親が「片づけはしておくから」と笑顔で言ってくれた。
促されるまま、文也と先輩は二階へと上がった。
ドアを閉めると同時に、先輩が両手を合わせて頭を下げた。
「文也、ごめんね。お母さんの歯医者、今日は午後休診で……それでどうしても一緒に食事したいって言うから」
「ちょっとびっくりしたけど、気にしないでください。料理もすごくおいしかったし」
「ありがとう。おかげでお母さんも嬉しそうだったわ。食後のコーヒー飲むでしょ、淹れてくるね。少し待ってて」
そう言って先輩も嬉しそうに部屋を出て行った。。
文也は二つ並べて置かれたクッションの一つに腰を下ろし、静まり返った部屋を見回しながら、食事の様子を回想する。
母親の視線は、まるで娘の恋人を見るようだった。
その誤解に気づいたときは、少しだけ居心地が悪かった。
けれど、テーブルの向こうで微笑んでいた先輩の顔を思い出すと、不思議と胸のざわめきが静まっていく。
――先輩は、母親を安心させたかったんだ。
嘘をついたことでチクリと胸は痛むが、嘘も方便と言い聞かせた。
それに――あの笑顔を見られたなら、それでよかった。
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