清楚可憐で頭脳明晰な彼女は男の娘

葉っぱふみフミ

第1話 告白

 放課後の図書室は、ページをめくる音と控えめな咳払いが響くのみで静まり返っていた。 

 月島文也は室内を一瞥したあと、再び手元の文庫本に視線を移した。


 月に一度の図書委員の当番日。本の貸し出しや返却の手続き、返却された本を元の場所に戻すのが仕事だが、ここまで貸し出しは3人のみと虚無の時間が流れていた。


 この学校の図書室は蔵書に目立ったものはなく、大多数の生徒は自習室として、図書室を利用している。


 文也は3行ほど本を読み進めると、隣座る雪村先輩を横目で観察した。

 白い肌に映える、肩のあたりでふわりと揺れる艶めく黒髪、伏し目がちながらも意思を感じさせる大きな瞳。

 清楚可憐という言葉がぴったりの先輩を間近で観察できるのは、眼福というほかない。


 図書当番の日がかぶるのは今日で3回目だ。雪村先輩の当番日と違うが当番の2年生が都合が悪くなり代役を頼まれたらしい。

 今日一緒に入ることを知ったときは、先輩に悟られないように小さくガッツポーズをした。


 憧れの先輩は話題の恋愛小説を真剣に読んでいた。

その横顔をもう少し見ていたかったが、気づかれる前にページへ目を戻した。


 図書室が閉まる6時のチャイムが鳴ると、残っていた数名の生徒も荷物をまとめ図書室から出て行った。

 最後に一巡して誰も残っていないことを確認して雪村先輩に声をかけた。


「先輩、誰もいません」

「ありがとう。それじゃ閉めようか」


 かわいらしい容姿に似合わない、やや低めの声。

 電灯を消し、図書室のドアを施錠する。

 

 あとは職員室に鍵を返却すれば当番は終わりとなる。

 図階段は人気もなく少し薄暗い。足音だけが響く中、先輩が話しかけてきた。


「ねぇ、月島君は付き合ってる人っているの?」

「いえ、いないです」

「そっか。良かった」


 先輩は小さくうなずき、しばらく黙った。踊り場の蛍光灯の下で、指先をいじりながら視線を落とす。

 しばし沈黙の後、髪をふわりと揺らしながら振り返った。


「あの……、突然で、本当にごめんなさい。月島君、私と付き合ってもらえませんか?」

「えっ!?」


 付き合うって、交際ってこと? こんなにきれいな先輩がなぜ自分を?

 そんな疑問が頭の中を支配して、言葉に詰まっていると先輩は言葉をつづけた。


「月島君いつも本読んでいるよね。それに読んでいた本、私も好きなんだよね。それで、趣味が合うのかなと思って。ごめん、急に、迷惑だよね」

 

 見つめていた視線をそっとそらし、下を向く先輩。


「そんな、迷惑ではないですよ。いや、むしろ嬉しいです」

「ってことは」


 緊張で固まっていた先輩の顔が緩む。


「こちらこそお願いします」

「ホント!? ありがとう」


 先輩は手を伸ばし、文也の手をギュッと握りしめた。

 指先のぬくもりが、これが夢ではなく現実だと教えてくれた。


◇ ◇ ◇


 翌朝、いつもは重く感じる通学路がやけに軽かった。

 冷たい風が頬をなでても、今日は不思議と寒くない。

 雪村先輩が、僕の彼女――その事実だけで胸が満たされていた。

 昨日までの通学路が、今日はまるで違う道に思える。


 教室にはいると半分くらいの生徒はすでに来ていた。

 文也は挨拶することもなく、窓際の自分の席に座る。


 挨拶したところで、返ってくることはない。

 そんな自分にも、彼女ができた。しかも雪村先輩だ。

 誰かに話したかったが、聞いてくれる相手はいない。

 ため息をついて、読みかけの文庫本を取り出した。た。



 本は良い。平凡な自分でも、世界を救う勇者になれたり、名探偵になれたりする。

 なにより、読書好きが縁で先輩と付き合えることができた。

 クラスメイトの雑談をBGMに、文字の海へ沈んでいった。


 お昼休み。いつもなら教室の片隅でパンを頬張るところだが、今日は売店で昼食を買うと庭へ向かった。

 中庭にはベンチが設置されており、ここで昼食をとる生徒も多い。


 温かな陽の光が差し込む小春日和ということもあって、中庭は賑わっていた。

 キョロキョロ視線をうごかすと、真ん中のベンチに座った雪村先輩が手を振ってくれた。


「お待たせ」

「気にしないで、私お弁当だし、それにここの席人気だから授業が終わってダッシュでキープしちゃった」


 雪村先輩は膝の上にお弁当箱を置き、ふたを開けながらおどけたように舌を出して笑った。

いつもクールな印象の先輩が見せた無邪気な表情に、思わず息をのんだ。


 先輩と最近読んだ本について語り合いながら食べる焼きそばパンはいつもと違う味がした。

 周囲の視線がこちらに集まっているのを感じたが、不思議と気にならなかった。この瞬間だけは、世界に先輩と自分しかいない気がした。

 

 お昼休み終了の予鈴が鳴ると、中庭にいた生徒たちは教室へと帰り始めた。

 二人もベンチから立ち上がり、教室に戻ろうとした。


「今日、放課後また会える?」

「あっ、はい、もちろん」

「部室にこない?」

「部室って?」

「私、文芸部に入ってるんだ。部室に先輩たちが置いて行った本もあるから、よんでもいいよ」


 先輩、文芸部なんだ。ってことは小説書いたりするのかな? どんな小説だろう?

 質問したかったが、次の授業も迫っていたので、教室に戻ることにした。

 まあ、放課後に聞けばいい。


 2年生の先輩の教室は2階にあり、階段の手前で別れた。

 1年2組の教室に戻り、自分の席を座ると、待っていたと言わんばかりに男子生徒に囲まれた。


「月島、お前雪村先輩とご飯食べてなかった?」

「食べたけど」

「あの仲良さそうな感じ、もしかして付き合ってるの?」


 興味津々な眼差しで次々に質問してくる。

 いままでクラス内でボッチだったこともあり、注目され悪い気はしない。

 ようやく雪村先輩が彼女であることを自慢できる時がやってきた。


 そんな有頂天になったところに、爆弾が落とされた。


「でも、男の雪村先輩とよく付き合えるよな」

「ホント、あんなにきれいなのに男子なのが信じられない」

「女子だったら、間違いなく告ってる」

「女子だったら、お前なんか相手しないよ」


 クラスメイトは言葉をなくした文也を無視して盛り上がり始めた。

 笑い声が遠くで響いているのに、自分の世界だけ音が消えていた。


 あの雪村先輩が――男?

 頭の中でその言葉が何度も反響して、息が詰まった。

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