第10話 : お空の上で色々聞こう






 ────300年生きてて、飛行船に乗ったのは数回だったけどさ。


「わぁ‪……‬!」


 やっぱ絶景だね、空から見る景色は。



 ゆったりに見えて、鳥と同じぐらい速い。

 遠くの景色や真下の景色が、どんどん変わっては現れて消えて‪……‬

 そんな景色の流れを見ていくのは、素直に良い気分。


「こりゃあ、長生きもするもんだなぁ‪……‬!

 はっはっは、俺が空を飛んでいるのか!?」


「この景色は何度見ても良い物ですよね〜」


 なんて、イグニス爺さんと‪……‬えっと、この獣人の女の子ちゃん、フレデリカちゃんだっけ?

 馴染んでんねぇ‪……‬


「嬢ちゃんは何度か見とるのか?」


「ええ、まぁ。

 一応45歳ですので〜」


 一瞬、きょとんとなるイグニス爺さんでした。

 獣人の45って、人間で言えば15か17ぐらいだっけか。


「‪……‬まぁ、歳下か」


「あらら、年上だらけで拗ねちゃった坊ちゃん?」


「ミシェルお前、その言い方はひでぇだろ!

 人間の60は充分な年代重ねた‪……‬いわば熟成された年、だもんな?」


「かっかっか!まぁ歳上の美人に言われるのは気分悪くはないか!」


「‪……‬‪…ところで、

 そもそも皆様はどういう集まりなんです?

 なぜ、私の鷲獅子拳グリフォンアーツの事を?」


「だって、それ作った人の妹弟子だもんよ。まぁ歳は上だったけど」


「え?

 ‪……‬‪……‬え!?ま、まさか、ミシェルって、ミシェル・リュー師匠!?!


 南派アーツ開祖の!?!陽春拳ミシェルアーツのアーツマスター、ミシェル師匠様!?」



 ‪……‬‪……‬あ、マジか。そっち知ってるんか。



「なんだそれ?」


「アタシが説明してあげるよイグニスさん。

 南派アーツは、手業のアーツ。

 どっしり構えて、強烈にして正確なる手業のアーツ。

 だけどその始祖たる本来のアーツ、つまり最初のアーツは飛んだり跳ねたりもする北派の典型。


 さてじゃあ南派のアーツっぽい動きができて、一番古い南派アーツはなんざんしょ?」


 ‪……‬まぁ半分正解で、アタシの陽春拳ミシェルアーツは南派アーツ最古の一つ。



「‪……‪……‬サモハン、アンタも一応南派始祖だろ」


「サモハ‪……‬まさかそちらは、サリア・モルガーン師匠‪……‬!?」


 と、プルプル震えるフレデリカちゃん。


「まぁそうだぞ。悪いな、ハイエルフっぽくなくてよ」


「はー、アンタらそんなすごい師匠だったのか!

 こりゃ、俺も態度改めるべきか?」


「悪ガキ爺さんが何抜かしてんのさ?

 別に良いよ、イグニス爺さん私より強いし」


「へ?」


「試合ではな。

 ‪……‬いっそ、殺し合うか?」


「物騒〜、私なら負けでいいや」


「いやいやいや!?!何者ですかこのお爺様は!?」


「あー‪……‬いやなんというか、若気の至りで師を殺してしまった、極大拳ウルティマアーツなんぞのアーツマスターやっとるジジイだわな」


「まさかのアーツマスターぁ!?!?」


 アワアワアワアワ、猫みたいな尻尾も逆立つ可愛いねぇ‪……‬


「フレちゃんは違うの?」


 ふと、そんな疑問が出ちゃう私です。


「え?な、何がですか‪……‬?」


鷲獅子拳グリフォンアーツの『空砲歩エアカノンウォーク』。

 それは、鷲獅子拳グリフォンアーツの『第3段階』の技」


「!」


 そこまでいうと、ちょっと驚くフレちゃん。


「第3段階?なんだそれは?」


極大拳ウルティマアーツだし、イグニス爺さんは知らないっけ?


『北の宗家シャオロン、南の『獣王レオン』。

 影を切り裂き『鷲獅子グリフォン』あり。


 古流三拳、その名よ永遠に』


 ってウチのお父さんの弟子の3バカって言われてたのが作った歌も懐かしいね〜。


 まさか、今もたまに聞く事になるとはね」


「イグニスさんのアーツは、言わばこの世界の元からうっすらあった武の技術を、最初のアーツと組み合わせたモン。


 別名が、『新界拳しんかいけん』と呼ばれるカテゴリーの一つ。

 有名なのだと『牙突拳ランスフィストアーツ』とか『園舞掌ダンスフィストアーツ』も有名だわな」


 サモハンの思いがけない説明に‪……‬ちょっとだけイグニス爺さんの顔が変わる。

 まぁ、因縁あるはずだしね。

 


「対して、アタシらやそこのフレちゃんの拳は、後年この世界の魔法とかの技術も取り込んだけど、基本はアタシらのお師匠の拳の派生。


 『異界拳いかいけん』って言われるアーツ達‪……‬


 は、名前こそかっこいいけど、正直覚えるのがクッソ難しいんだわ。


 難しすぎて、完璧に覚えられたのは一握り。

 ‪……‬チビミシェルちゃんなんてぜーんぜんおぼえらんなかったもんなー?まったく可愛いよなー??」


「恥ずかしいこと言わないでよねー!

 それにアンタ、覚えた技の8割忘れてるくせに!」


「覚えてましたー!忘れたのは事実だけどー!!

 ‪……‬でもそこのミシェルちゃんはある意味で大天才だった。

 一部の技だけで、アーツを作ろうとした。

 お師匠さんもそれに賛同して、ほぼ全員それをパクった。


 実は、お師匠さんの最後の遺言はそういう意味でもあったのさ。

 教えるだけ教えたから、あとは自分らで好きに改造してねってさ!」



「‪……‬弟分のフェイフォン君の方が物覚え良かったのは辛いけどねー。


 ‪……‬今言ったフェイフォン君が、後にもお父さんの技の『芯』を後世に伝えるために、私と一緒に組み上げた『獣王拳レオンアーツ』、


 マネコ姉貴兄貴が、意地でもお父さんの技全てを残したかったからこそそのまま伝える事を選んだ『宗家拳シャオロンアーツ』、


 そして、サーティン姉がせめて自分が使えるお父さんの技を、サーティン姉が一番好きで一番強いと思っていた魔獣グリフォンのような力強さと動きを元に組み直した『鷲獅子拳グリフォンアーツ』。


 この3つは、特に『宗家拳』はまさにそのまま、他も色濃く最初のアーツの技達を色濃く残しているんだ。


 だからこそ、習得があまりに難しい」


 ああ、と長い説明に合点がいってくれたイグニス爺さん。


「‪……‬するとアレか?鷲獅子拳グリフォンアーツとやらは、修行には何段階かあるわけか。

 ハッ!俺がガキの頃、散々に師匠に『もっと簡単に教えろ』と噛みついたもんだが‪……‬空を駆ける技なんぞ、俺の頭じゃまず覚えられんだろうよな」


「実際、私でも無理だ。

 サーティン姉はこれを、4段階の修行の内の第3段階に至った人間用の技にしていた」


「‪……‬そこまで至るなら、嬢ちゃん第4まで行っとるんじゃあないか?

 というか、俺も学はないが分かる。

 第4段階がどんなもんかは知らんが、そこまで至るならアーツマスターと同義か」


 その通りさ。

 なんなら、私はこの50年、鷲獅子拳グリフォンアーツの使い手は第2段階までしか見た事がないし。



「え!?あ、その‪……‬いえ!!私のような未熟者が!!

 アーツマスターなどと!!

 ‪……‬そんな大それた称号に、似合う者ではとても‪……‬」


 なんだそのおちょぼ口は。猫かなんかの獣人のくせにアヒルなのかな?かわいいな、女として嫉妬するぐらいかわいい!


 じゃなくって、なんだそのモニョモニョは?


「‪……‬その、改めて私は、フレデリカ・チーフテンと申します。

 師の名前は‪……‬ランセツ・ドゥルガ」



「「は!?」」


 めっちゃ聞き覚えある!

 あれ、今イグニス爺さん声被った!?


「知っとるのか、あの女を!?」


「爺さんも?」


「ああ。俺が若い頃、自暴自棄になって殺し屋をやってた頃にな。

 アレかー‪……‬あの美人だがキッツイ殺し屋女の使う技か!

 古傷があったぞ、あの女生きてたか!!」


「やっぱ、殺し屋関係かー‪……‬

 私も昔ね、ひょんな事から手合わせしたよ。


 サーティン姉より強かったし、エグかった。

 多分最強のアーツマスターは誰だよって言われたら真っ先に思い浮かぶよランセツの名前は。ちょっと特徴的だしね。


 にしても嘘でしょ、フレちゃんみたいな可愛い子が!?あの女の高笑いキッツイ女の弟子!?」


「‪……‬やはり、お二人も師匠の『晩年』は知らないんですね」


 ふと、フレちゃんが少し仕方ないって顔を見せる。


「‪……‬嬢ちゃん。アイツは、どうしとるんだ?」


「‪……‬私と師匠が会ったのは、ほんの10年前になります。

 信じられないでしょうが、私の師であるランセツは‪……‬

 人間の老人としてはまだ若い時分、

 まだ美人な時にすでに‪……‬‪……‬痴呆を、患っていたんです」



 これには、すごい驚いた。

 ちょっと会っただけとはいえ、真逆の印象の相手だったしね。



「‪……‬‪……‬私は、教会が中心の慈善活動の一環であるそちらのイグニスさんのようには元気ではない老人のみなさん‪……‬いわゆる、痴呆や身体的欠損、そういった何かしらのハンデを追う方々の介護を補助する生活をしていたのです。


 そこで出会ったのが、頭に傷のあったランセツ師匠でした。

 師匠は、最初こそ日がな一日ずっと、放っておいたら本当にずっと妙な動きの体操をしている‪……‬言い方が酷いですが、余りもう正気のない老人でした。


 私は、ただその姿が可哀想だったので、ほんの少し他の人より関わるようになりました。


 ご飯だけはこぼしながらちゃんと食べる人で、すぐ漏らして、それでもずっとその動きを続けてて‪……‬」



「‪……‬『トウロ』、」



 トウロ。

 なんて言えばいいのか、アーツの基礎的な動きを模って、一連の動きとして反復することで技を覚える修行法。


 言わば、剣士の素振り、魔法使いの呪文詠唱の練習と同じもの。


 言葉自体は、異世界由来。というか、お父さん由来。


「‪……‬‪……‬ボケても技を体が覚え、体は技だけは忘れぬようにしていたのか」


「今思うと、そうなのかもしれません。

 ‪……‬でも、私がつい、その動きを真似してみた時、師匠は初めて私を見て言ったんです。


 『基礎がなっていないんだよ、練習はどうしたシャオフ』


 って」


「シャオフ?」


「私も、誰かは知りません。

 誰かと間違えているのかもしれません。

 ただ‪……‬その誰かと間違えて教えている間は、その‪……‬とても、右も左も分からなかった老人ではないように見えました。

 不思議と、同じような老人の皆さんにも普通に接し始めてくれまして‪……‬


 無理なく技の一部を教えて、健康の助けになる運動を教える師匠。


 いつかはそんな人として、私のいた町では慕われるちょっとボケた綺麗なおばあさんになっていたんです」



 ‪……‬‪……‬記憶の中で、あのギラギラした目で私が誰かも分かった上で喧嘩売ってきた女とは思えない話に、

 多分おんなじ気持ちであんぐり口を開けているイグニスお爺さんとおんなじ気持ちで、話に聞き入ってた。



「‪……‬私は、あの人の過去を介護の中でずっと聞かされていましたので‪……‬半信半疑ではありました。

 でも、これでも第3段階まで行ってしまったので‪……‬多分本当なんじゃあないかなとは思ってました。


 ただ‪……‬数日前のことです。急に私を‪……‬私と勘違いしているシャオフという人として呼び出して、


 『私は多分死ぬ。お前がアーツマスターやれ』


 と言って、急にこの巻物を渡して、」



 そう言って、荷物の中から、アーツマスターの証でも合ったりする巻物が。


 ‪……‬あ、サーティン姉がミスって破って糊付けした跡がはっきり残ってる‪……‬そんな一目で本物の証入りのものを取り出す。


「そのまま‪……‬明朝には眠るように死んでしまいました。

 ‪……‬お葬式は、みんなが花をたむけて、泣いてしまって‪……‬」


「‪……‬‪……‬じゃあ、やっぱフレちゃんはアーツマスターじゃ?」


 フルフル、と首を振るフレちゃん。


「アーツマスターを名乗るべきは、きっとシャオフという方です。

 私は、ランセツ師匠を慕ってはおりましたが、きっと師匠はずっと誰かと勘違いしていました。


 今回、北へ向かうのも、このアーツは師匠が北の魔王領で習ったと言っていたからです。


 そして、シャオフという方は、常に師匠が後継者にしたいと、技を全て教えたと言っていた相手。


 可能ならば、シャオフという方にこれをお渡ししたい。

 北の魔王領にいけばもしかしたら、と‪……‬」


「‪……‬‪……‬そうか。

 お前さん、少なくとも、俺よりも師思いだったってわけか‪……‬」


 ‪……‬隣で、イグニスお爺さんはサングラス外して目元を押さえてた。

 ‪……‬たしかに、泣ける話で。


「いやお前‪……‬いやお前、それは‪……‬それはちょっと違うって‪……‬グスッ‪……‬!!」


 で、なんかもう大泣きのサモハンがいた。


「え、あ、モルガーンさん、どうして‪……‬!?」


「お前なぁ、お前なぁ‪……‬段階とか関係なくてな‪……‬うぅ、お前は見事にアーツの本質を受け継いでるって、マジでよぉ‪……‬良いって、貰っとけやアーツマスターの称号!!

 技の優劣とか、強さなんぞ資格でもないって!!

 最後まで看取った弟子のお前が継げよ!!」


「でもそれは‪……‬私は師匠を騙しているも同然でした!」


「もうそこまでいうなら任せろ!!

 アタシもそこもミシェルもな、仮にも最初のアーツマスターであるシャオロンお師匠さんの直弟子だ!!

 アレだ、本家アーツマスター受け継げないなら、お前じゃあチーフテン流鷲獅子拳グリフォンアーツのアーツマスター名乗れや!!

 なんなら、直弟子のアタシらが書いてやるよ、もう一本ぐらいの巻物よ!!」


「‪……‬ふぇ!?」


 あー、その手あったか。


「それいいのか?」


「イグニス爺さんも極大拳ウルティマアーツの巻物持ってるなら、最初の方の汚い字見ておきなよ。

 まぁ、二本目か三本目でも同じこと書いてるはずだよ。


 弟子が新たなアーツマスターとなる時に、巻物を師が作ってやれ。


 とかそんな感じのこと」


「いえでも、仮にまた別のこの巻物をもらえたとしても、私はまだ未熟者です!

 とても名乗れませんよ!」


「分かった。じゃあ俺が、」


「腕試しでアンタみたいなバ火力アーツでやってどうすんのさ。

 こんな可愛い子を牽制の一発でのす気?」


「加減はするわ!!

 俺はな、必死な奴が報われないのは死ぬほど嫌いなんだ!!」


「そうだぜ!!もうなっちまえよ、アーツマスター!!

 この3人のアーツマスターが認めるぜフレちゃん師匠!!」


「いえいえいーです!!大丈夫ですぅ!!!」


 謙遜しすぎでしょ、第3段階まで行っておいて。

 まぁ、こっちも勝手に盛り上がってるけどね。


「あ、あ、それより!!ご高名なアーツマスターの皆様方が、なんで北へ?」


 話題変えてきたか。

 まぁいいか、可哀想だし乗ろう。


「ちょっと、ここのサモハンと、後北にいる姉弟子に用があってね」


「オイオイ、チビちゃんはアタシに会いたかったのか〜?

 てか、北の姉弟子って、兄弟子だろマネコの兄貴は」


「フィフス姉だよ」



 瞬間、なんというか‪……‬ああやっぱりこういう顔するかって思うというか。


 ‪……‬20歳年上だから、常に姉貴風吹かせるサモハンとは、100年程度離れたぐらいじゃあ顔の変化も心の変化も簡単にわかる。


 一瞬表情が固まって、すぐ真顔になった。


「‪……‬知ってたよね。まぁ、そうか」


「‪……‬‪……‬」



 サモハンは、少し呼吸を整えた。

 こぉ、と吸って、長く吐くそれは、精神統一と‪……‬


 『覚悟』を決めるための呼吸。


 癖は変わってない。



「‪……‬‪……‬断っとくけど、アタシは1ヶ月前まで信じちゃいなかった。

 ただな、マネコ兄貴姉貴からマジだって聞いたのもこのひと月の事だよ」


「‪……‬ちょっと怒ってるけど、別にぶん殴るレベルじゃないよ。

 ‪……‬そっちが一番、フィフス姉には懐いてたしね」


「逆だろバーカ。んだよ、一発もらう覚悟だったぞ」


「大人になりました。100年分‪……‬いや、200年分ね」


「‪……‬‪……‬」


 ふと、サモハンは部屋をうろうろ歩く。

 何か考えてるようで‪……‬そしてふと立ち止まる。


「‪……‬茶でも貰ってまずしばこうぜ。

 長話になる。そこのフレちゃんの感動話並みにな」



 ‪……‬どうやら、マジで何かあるらしい。

 ふざけてないサモハンの顔、200年ぶりに見たもん。



          ***

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