〝魔王〟と〝副王〟が送る異世界勇者ライフ

tanahiro2010@猫

Prologue




 ――「召喚成功です、勇者様!」


 ――「世界を救うため、どうかお力を――」


 ――「どうか……どうか〝魔王〟を――」



 ……うるさい。


 うるさすぎて、頭が割れそうだ。いや、実際はもう割れてるんだけど。


 この人間の肉体、脳という器はどうやら〝多次元的認識〟に耐えられるように設計されていないらしい。

 ほんの少し観測を拡張しただけで、思考がループして空間が歪む。


 やれやれ、やっぱりこの構造では不便極まりない。

 ――にもかかわらず、彼らは僕を「勇者」と呼んだ。


 


 勇者、だってさ。


 この世界の連中は、まだ〝意味〟の定義を知らないらしい。

 たぶん僕を呼び出したのは、勇者という概念そのものからではなく、「なんか強そう」「神っぽい」「救世主っぽい」――その程度の浅い認識の寄せ集め故なんだろう。


 結果がこれ。


 よりによって、〝全ての時と空間を見通す存在〟を呼び出すなんて。

 ああ、可哀想な世界。まだ滅んでいないのが奇跡だ。


 


「……ヨグ、また難しい顔してるなぁ」


 隣で呑気に寝転がっているのは、アザトース。

 〝魔王〟とか〝万物の王〟、〝混沌の根源〟とかを自称してるくせに、まるで猫みたいに日だまりを選んで眠る。

 いや、たぶん実際、眠ってるわけじゃない。


 あれは世界の構造を“音楽的に分解してる”だけだ。その結果、外から見たら微睡んでるように見えるだけ。

 本人いわく、「考えるよりも鳴らす方が楽しい」らしい。到底僕には理解できる気がしない。


 


「……お前な、もう少し理性を尊重してくれ」

「んー、無理だね。理性よりリズムだよ。なにそれ、韻ふんでる?」

「ふんでない」


 会話が成立してるようで、まったく成立していない。

 でも、まあ、それでいい。彼とはいつもそうだ。

 混沌と理性、破壊と観測。互いに矛盾していて、だからこそ釣り合う。


 


 ――さて。


 視界を上げる。神殿の天井がひどく安っぽい。

 金で塗った偽物の聖像。魔法陣の紋様も、意味を理解せずに模写しただけの模造品。


 これが「勇者召喚」か。笑わせる。


 そもそも勇者という単語に“正義”の定義すら含まれていないというのに。

 どうして彼らは、こんなにも自信満々に「救ってくれ」と言えるのだろう。


 救いを願う者ほど、救いの定義を知らない。

 それが宇宙のどこでも見られる、滑稽な恒常現象だ。


 


「――宇宙の外からこんにちは」


 僕はそう言って、ゆっくりと笑ってみせた。

 召喚した神官たちは凍りつき、王は意味も分からず頭を下げた。


 続けて、軽く片手を上げる。


「いきなりですが、SAN値チェックです」


 その瞬間、空気が鳴った。

 誰も何もしていないのに、神殿の壁が音もなく崩れ落ちる。

 人間たちの視界が泡のように弾け、ひとり、またひとりと意識を手放していった。


 この世界は、脆い。

 でも、それがいい。僕たちは壊れたものの方が、愛おしい。


 


 ――世界は、これからだ。


 勇者ヨグ=ソトース。

 今日からこの肉体を借りて、生きてみようと思う。


 この愚かで美しい異世界で。

 少しだけ、理性を遊ばせてみようと思う。




あとがき――――

昔の書き方……というか僕が好きな書き方を思い出したかったので供養。

一応連載を続ける予定。……まあ不定期ですが。

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