第14話 ルクソール

 剣道部は相変わらずにぎやかで、窓のエアコンがごうごうと音を立て、窓の外で絶えず上昇する猛暑を遮断している。室内の涼しさと差し込むまばゆい日差しは、道場にいる少年少女たちの闘志に全く影響を与えていない。この夏休みには、さらに数名の新入部員が加わった。


 「面!」

 「面!」

 「面!」


 剣道部部長である大学3年生の先輩が、全部員を率いて二人一組の基本動作練習を行っている。部員たちは二人ずつ互いに面を打ち合い、竹刀しないがぶつかる動作と間合いを体に馴染ませている。


 皆が竹刀を両手で握り、絶えず頭上に振り上げ、まるで釣り竿を振るような自然な力の抜き方で、剣先を仮想の敵の面に乗せ、そのまま刀を収め、次の打突に備える。力と美のバランスの中に、千年以上受け継がれてきた武士道精神が宿っている。

 

 

 ルクソールは前方から目を離さず、竹刀を上げ、下ろし、何度も繰り返す。彼は入学当初から入部を決めていたわけではなく、入学時の健康診断の後、何か方法を見つけようと思ったのだ。当時、彼は医師からサラセミアと心臓弁閉鎖不全しんぞうべんへいさふぜんの診断を受けていた。医師は心肺しんぱい機能を鍛えるために運動習慣を続けるよう勧めた。


 入学から約2ヶ月が経った頃、彼は突然入部を決めた。


 ルクソールの面打ちは、毎回力任せで、まるで薪を割るような体勢で振り下ろされていた。汗が頬を伝って流れ落ちるが、彼は止まらない。


 彼の向かいにいるのは、彼が入部を決めた理由である、バイリンだ。


 バイリンの動作は軽やかだが、一打一打の出剣は正確な「ため」を伴っている。彼女の面打ちは、毎回空気を微かに切り裂くような音を立てる、シュッ! シュッ!


 繰り返される稽古の中、道場内には力強い気合の声が満ち、一人一人の呼吸が一つの強大なエネルギーとなって空間に響き渡る。


 ここの光景は規律と集中に満ちており、一人一人の動作は律動的で、竹刀の打突音が次々と響く。しかし、ルクソールとバイリンの眼差しは、常に何気ない瞬間に交錯していた。彼らは反復練習の中で、相手の弱点を探し合っており、それは無言で、火花が散るような交流だった。

 

 

 最初、ルクソールはクラスメイトたちが互いに参加している部活について尋ね合っているのを耳にし、偶然バイリンが参加していることを聞いたのだ。


 「バイリン、剣道部に入部したの! カッコいいですね!」数名の女子生徒がバイリンの周りに集まっていた。彼女たちはクラスのいくつかの小グループの一つだ。


 日本語学科のクラスは男子生徒の数が少なく、女子が多いクラスに小グループができるのは普通だが、バイリンが親しくしている小グループは、男子生徒とはあまり交流がなかった。


 「まさか、悪人とか痴漢を相手にするためじゃないよね!」女子生徒Aが言った。


 「あっ、分かった! 『るろうに剣心』が好きなんだ!」女子生徒Bが言った。


 「違うよ、『名探偵コナン』が好きだよ」バイリンは説明した。


 しかし、バイリンはそれ以上説明しなかった。なぜなら、以前に月光に一度笑われたことがあり、言いたくなかったのだ。


 ルクソールはとても興味を持った。彼は実はどちらの漫画も読んでおり、『名探偵コナン』が好きな女子が剣道を習うなら、理由は一つしかないと考えた。


 ルクソールは騒ぎに加わり、自信満々に言った。「工藤新一が言ってたからだろ、探偵は頭脳だけじゃだめだ、体力をきたえなければ、どんな事件も解決できないって!」


 バイリンはその場で顔を真っ赤にし、周りの女子生徒たちは呆然とした。女子生徒Cはルクソールを睨みつけ、


 「あんたと話してた? 関係ないでしょ!」と言い返した。


 ルクソールはびっくりして、急いで教室から逃げ出した。


 「間違ったことは言ってないだろ、なんでそんなに怒るんだ?」ルクソールは不満げだった。


 「やっぱ頭脳だけじゃだめだ。体力を鍛えなければ、俺は脚力を鍛えるしかないけど、このボロボロの体じゃ、ちょっと走っただけで息切れする。医者は心肺機能を鍛えろって言ってたし、いっそ俺も……入部する?」


 ルクソールは顔を赤くしたフォンバイリンを思い出し、少しの申し訳なささと少しの好奇心を覚えた。


 彼は道場に回り込み、部活の時間割を確認した。ちょうどその日は稽古があったので、彼は見学することにした。ついでに、いや、そうだ、ついでに馮バイリンのような小柄な女子がどうやって剣を持つのか見てみようと思ったのだ。


 その夜、彼はバイリンの洗練された竹刀の振り方に魅了され、剣道部に入部することを決めた。

 

 

 「うわ、ルクソール、お前も剣を習うのか!お前、走るとすぐ顔が真っ青になるんじゃなかったのか?」ルクソールの高校の同級生で、同じ大学の航空宇宙こうくうちゅう学科に通う宋は、時々大学の街で一緒に食事をしていた。


 「おい! 医者が心肺機能を鍛えろって言ってたんだ」


 「それに工藤新一が言ってたんだ」ルクソールは真面目な顔で言った。


 「工藤新一は、お前が和葉が好きだって言ってたんだろ! 服部平次さん!」宋は冷やかした。


 「そんなに早くないだろ、200話まで描いてもまだ告白しないんじゃないか」ルクソールは話題を変えた。


 「なあ、今日練習した技、『面』! この動作は見た目ほど簡単じゃないんだ!」


 「一打一打の出剣は、正確な『ため』を伴わなければならない。そして、毎回空気を微かに切り裂くような音を立てなければならない、シュッ! シュッ!」ルクソールは口では言っていたが、ジェスチャーはやはり薪を割るような勢いだった。

 

 

 「よし! 基本動作練習、終了!」部長は部員全員に向き直った。


 「今日でちょうど3ヶ月だ。新入生試合、つまり新入生対決をしたいと思う。ああ、中にはまだ1ヶ月しか練習していない新入部員もいるが、気にしないでくれ! 一足飛びに上達することは元々不可能だ。試合の中で、自分の足りないところをより早く把握でき、より上達できるんだ」ルクソールは部長の視線を感じた。


 ルクソールの対戦相手は、幸運と言うべきか、不幸と言うべきか、当然ながら馮バイリンだった。


 「始め!」

 部長は手に持った旗を振り下ろして合図した。


 完全武装し、重い面と分厚い道着を身に着けていても、バイリンの軽やかな動作は衰えていないようだった。


 ルクソールは面の狭い視野を通してバイリンの面を見ていた。ついにバイリンの両目を捉えた時、彼は一匹の火竜を見たように感じ、驚きのあまり、馮バイリンがあの件以来ずっと自分に怒りを覚えていたことを悟ったようだった。彼はあの小さな、赤くなった顔を思い出した。


 バイリンはフェイントをかけた。前足で軽く一歩踏み出し、竹刀の剣先を、目をまっすぐ前方に見据えたまま、軽く上方に釣り上げた。


 ルクソールは気を散らさないように努めており、バイリンの剣先が上がるのを見た。


 「おお、剣先が上がるのを見たら、それが面打ちの予兆よちょうかどうかを判断する時間はごく短いぞ」ルクソールの耳に部長の声が響いた。


 部長は個別指導の際、ルクソールの面打ちが力みすぎていること、出剣はスピードが大切で、面打ちのスピードが速い者が勝てる、とルクソールに言っていた。


 今だ。ルクソールは竹刀を頭上に大きく振り上げ、バイリンの面をめがけて真っ直ぐに打ち下ろした。その瞬間、彼は少し躊躇ちゅうちょした。


 「この一撃でバイリンは怪我をしないだろうか?」


 ルクソールは両手の力を少し緩めた。目の前に突然、いつもの薪割りのような軌道とは違う、バイリンが空気を切り裂くような完璧な面打ちに近い軌道きどうが見えた。剣先が今にもバイリンの面の前に到達しようとしている。


 バイリンは待ち望んでいた。彼女の目には、ルクソールを打ち込む3種類の軌道が既に刻まれていた。ルクソールの竹刀は高速で振り上げられたが、出剣の軌道はいつもの乱暴なものではなく、予想よりも速く目の前に切り込んできた。このわずかな変化で、バイリンの目の前の面打ちの軌道は一瞬で消え去り、彼女は果敢に決断した。後ろ足で強く踏み込み、手首を沈ませ、竹刀を横に半円を描くように払い出した。


 「パシッ!」

 「胴!」

 バイリンは技の気合の声を上げた。


 ルクソールは自分の剣が初めて完璧な軌道を描いたのを見たが、部長は右手の旗を高く上げ、バイリンの方を指した。


 「勝者! フォンバイリン!」


 ルクソールは目の前が真っ暗になり、膝をついた。呼吸が非常に速く、慌てて面紐めんひもを探し、紐を緩めた後、急いで面を外して息を整えた。


 「大丈夫か?」部長はルクソールが勝敗を気にして落ち込んでいるのかと思ったが、近づいて見ると、ルクソールは顔が真っ青で、目をきつく閉じ、大きく息を吸い込んでいたが、とても明るく笑っていた。


 「剣道は面白いだろ?」部長はルクソールの肩を叩いた。


 バイリンは既に他の部員たちに囲まれ、試合での勝利を祝福されていた。中には、その流れるような美しい技は、とても新入部員とは思えないと感嘆する者もいた。


 「本当に良い勝負だったな! 今年の1年生はとても将来性があるぞ!」部長はバイリンの後ろ姿を見ながら、ルクソールを見て、独り言のようにつぶやいた。

 

 

 「その後、俺は退部したんだ」グアンは小枝でキャンプファイヤーをいじりながら言った。


 「え?」アイシーは目を見開いた。


 「医者に、なんで剣道をしたら呼吸困難になるのか聞きに戻ったら、医者にこっぴどく叱られた。剣道は高強度の運動で、静から動への切り替えに高い爆発力が必要だから、俺には全く合わない、体を鍛えるどころか悪化させる、怪我をする前にやめろって」


 「なんか残念だね! 今、あなたの出す技、すごく綺麗だったのを見たわ。だから、あの女子生徒の技に負けた後、それを学んだの?」


 「その後はもう練習しなかったよ。学んだというよりも、あまりにも衝撃的で、印象深かったんだ」グアンは首を横に振った。


 「でも、剣道は諦めたけど、しばらくはネットで剣道の試合を探して見て、未練があったんだ」


 「その後、クラスのあの女子生徒も行かなくなったって聞いたよ。部長がすごく残念がってたって話も」グアンは苦笑した。


 「で、本当に彼女のことが好きだったの?」アイシーはさらに顔を近づけた。


 「たぶんな? でも、全く進展もチャンスもなかったよ、ははは。何か火花が散るかと思ったけど、燃え盛る怒りだったみたいだ」グアンはまたあの赤くなった顔を思い出した。


 「まあ、全部過去のことさ。俺にはもう妻と娘がいるし、向こうも結婚して子供がいるだろう、たぶんな」グアンは立ち上る炊煙を見上げた。


 「おや、既婚者が、今、若い女性とこんな山奥で二人きりだなんて」アイシーはまたからかい始めた。


 「もういいよ、アイシー。これ以上ふざけると怒るぞ」グアンは急いで目を閉じた。彼は、さっきからずっと耳の後ろの読心装置を外していなかったことを思い出した。バイリンに関する思い出が全てアイシーの目の前に浮かび上がってしまったのではないだろうか。彼は急いでそれを外した。


 グアンは目を開け、その場に立ち尽くし、息をすることもできなかった。アイシーの顔がまた目の前にほとんどくっついていた。


 「またか?」グアンは急いでアイシーを押し離した。


 「正直に言うと、なぜか少し嫉妬してるの。あなたみたいに面白い人に、こんなにも青い過去があったなんて。私の挑戦心が抑えられなくなりそう」アイシーは髪留めを外し、髪を下ろした。彼女の黒い巻き髪は胸元の危険な曲線に沿ってうねっていた。


 キャンプファイヤーの火の光がアイシーの全身を照らし輝かせ、少し薄い上着を透かして、彼女の体の曲線がかすかに見えた。微光の中で彼女の顔は赤く、唇は湿っぽく、眼差しは惑わすように近づいてきた。


 「もういい! アイシー。これ以上遊ぶと、本当に怒るぞ」グアンは目を閉じ、真面目な顔で言った。


 「ははは、そうよね! 冗談よ。もう! 私もれっきとした彼氏持ちだし。うん!  早く休もう! 明日はあの3人に連絡して、それから飛行機の手配をしてここを離れなきゃ。おやすみ!」アイシーはグアンの我慢の限界が近いと察し、それ以上試すことなく、急いでキャンプファイヤーの火を消した。


 二人はおやすみを言い合って、それぞれ自分のテントに戻った。


 この夜、アイシーは警戒しつつ浅い眠りについていたが、満たされたような笑顔を浮かべており、時々グアンが寝返りを打つ音を聞いた。彼は野宿に慣れていないのだろうかと思った。


 グアンは一睡いっすいもできなかった。Kの件でイライラしているだけでなく、アイシーの誘惑に危うく理性を失いそうになった。やはり彼女の皮肉通り、男には悲しい生物的本能がある。しかし、彼の心を引き留めていたのは、頭の中に最も多く浮かんだ、あの対決の時のバイリンのするどい眼差しだった。



――

作者は以前剣道をしていた時、大師範に指導を受ける機会があった。大師は竹刀の技だけで、私の首を軽くかすめただけで、私はしばらく酸欠で窒息しそうになった。剣術は人を殺す術である、という言葉が私の心に深く刻み込まれた。

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