次は、桜

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NEXT STOP:桜流し

第1話 くるみ

 盛夏せいか正午しょうご淡水河畔たんすいかはんは、太陽の光にさらされ水面みなもが白く光っていた。


 セミの鳴き声は、まるで熱波ねっぱに抗議するかのように、波打ち際のきらめきに呼応こおうして鳴り響く。


 部室は熱気とざわめきに満ちていた。窓用エアコンは耳障みみざわりな轟音ごうおんを立てて奮闘ふんとうしていたが、窓の外から容赦なく押し寄せる猛暑には到底及ばなかった。


 その様は、まさに北風と太陽の激しいせめぎ合い。しかし少年少女たちは、立ち込める熱気の中で、既につまらない夏期講習の倦怠感けんたいかんに心までを奪われることはなかった。


 キャンパスでは、学生たちがイベントのリハーサルに励み、音楽で青春を謳歌おうかしていた。スピーカーから大音量で、周杰倫ジェイ・チョウの『開不了口カイブーリャオコウ(サイレンス)』が流れていた。


 そのメロディーは、ロケットの噴射煙ふんしゃえんのように、瞬く間に街中に立ち込めた。孤独な歌詞が空へと昇ってゆき、大気圏を突き破って、星空へと舞い上がるようだった。


***


 惑星わくせい上空じょうくうに不自然な人影が一つ、浮かんでいた。それは風華正茂ふうかせいぼうの少女の姿だった。


 彼女は悠然ゆうぜんと月の軌道きどうただよい、地球の青い海と黄土色おうどいろの大地が織りなす境界線を見下ろしていた。幼い顔に太陽熱が容赦なく降り注ぐのを気にも留めない。瞳孔どうこうに浮かぶ幾何学的きかがくてきな構造は、彼女が人間ではないことを物語っていた。


 ハイテクヘッドフォンから流れていたのは、Mr. Childrenの『くるみ』だった。


 彼女にとって、これは宇宙の真理だった。曖昧な言語を解読する必要はなく、ただこの瞬間の共鳴を抱きしめていた。リードシンガー、桜井和寿の甲高かんだか咆哮ほうこうは、まるで大気圏に描かれる流星の長い銀線のようで、漆黒しっこくのキャンバスへと消えていく。


 歌詞は、未知への旅立ちをうながす感動的な感情を伝えていた。


 これが青春というものなのだろうか? 一音一音に、かすかな不安と喪失感そうしつかんが滲み出ていた。


 彼女は遠い恒星こうせいに目を落とし、さらに白くかすんだ星河を貫いて、もっと遠い場所を見つめているようだった。


 彼女は地球へと降りることを選ばず、ただこの静寂せいじゃくの中、自分自身に寄り添っていた。旋律せんりつに包まれながら、まるでまだ殻を剥かれていない胡桃くるみのように。


 彼女の身の上を、時は音もなく静かに進む。希望を運ぶこの歌だけが、物語は長く、そして彼女自身の物語は始まったばかりだと、ゆっくりと彼女に告げていた。



――

 大学時代、高校の同級生だったソンにMr.Childrenの「くるみ」を勧められました。ミュージックビデオを初めて見た時は、人生経験が乏しかったのですが、サビの歌詞に深く共感し、それ以来ファンになりました。勉強はそれほど真面目ではありませんでしたが、歌詞の翻訳に没頭し、難しい単語をたくさん覚えました。

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