メインヒーローは俺以外で

ハザマダアガサ

第1話 主人公は嫌いだ

 俺はという言葉が嫌いだ。ついでに同じような系列で語られるという言葉も嫌いだ。なぜなら、あまりにも当てはまっていないと感じるからだ。

 人は他人ひとをほめるときに、よく過剰に表現する。それこそなどといった、いわゆる二次元っぽい言葉だ。これらの言葉は二次元だからこそ成り立っていると思う。

 冷静に考えてみればわかるはずだ。例えば二次元ではよくある金髪ツインテールツンデレ美少女が現実に居てみれば、それはという枠に当てはめるしかなく、それ以外では異常者でしかない。他にもよくあるのチャームポイントとして使われる天を見つめるくせ毛すらも、現実では髪の毛の手入れもしない不潔やめんどくさがり屋の人間とカテゴライズされる要因にしかならない。それがいくら天然なものであってもだ。

 現実とは実に冷静で、人間とは実に批判的な生き物なのだ。まさに減点方式で生きており、教科書でしか謳われていない性善説や性悪説など、現代人にしてみればただの戯言でしかない。

 可愛い子がかわい子ぶればそれは愛想で、そうでない人が同じことをすればぶりっことされる。イケメンがカッコよければカッコいいし、それ以外はナルシストとされる。オブラートに包んでもこれほどに鋭い。お茶の間の奥様方に売り込めば電話が鳴りやまないに違いないだろう。


 俺はこの世界に合っていないと、それらの言葉と同じくらい感じていた。

 それは俺がある程度自分の人間としての位を世間と比べられるようになってから、コツコツと積み上げられていった負の思想だった。俺はその思想にならうように、事実と明らかに異なる表現や思想が嫌いになっていった。

 およそ20を超えたころ、自分の理性に限界が来ていることに気が付いた。一挙手一投足すべてに、それを行うには過剰な力が込められるようになり、いつか誰かに迷惑をかけてしまうのではないかという途方もない不安に駆られた。

 だから、俺は自分の存在をこの世界から消すことにした。誰かに迷惑をかける前に、自分を自分の手で終わらせることにした。誰が見ても自分で選択したと分かるように、場所も状況も環境も整え、遺書も用意し覚悟も決めた。

 そして、ゆっくりと自分の存在が、円形に、外側からじっくりと冷めていくような、現実と乖離していくような感覚を感じ取りながら、静かに俺の人生は幕を閉じた。




 ……はずだった。

 目の前には、あの瞬間とはまた別な白い光が広がっていて、ポツンと一人の人間のような人型の存在が鎮座していた。

 恐らくそれは、俺が認識できる存在の中で最も上位のものだと、心の中のすっきりした気持ちとともに受け入れることができた。

 それは、静かに微笑んで俺にこう言った。

『そちは選ばれた。それにゆえに、特別な力を授けよう』

 その言葉を理解する前に、俺の身体はこの空間よりも真っ白な光に包まれた。不思議なことに光には感触があり、体を通り抜けるたびにシルクのようなさわり心地が感じられ、お日様に似た心落ち着く香りがした。

 自然と目を閉じ意識も遠のく中、ある文字が見えた。

『現在、あなたは主人公と位置付けられています』

『主人公と位置付けられています』

と』

「なん......だと」

 シルクの感触が、サメ肌のように皮膚を切り裂くようだった。それと同時に自分が主人公だと勝手に決定付けられていた事実に、無性に腹が立っていた。

 目を見開くとまだそれがいた。

『そちには、ある世界を与える。その世界を好きに生きればよい』

「嫌です」

 俺は考えるよりも先に口が動いていた。自分の人生とも言える思想の根幹を、数秒も立たずに踏みにじられたことへの怒りと、あまりにも非現実的な状況を明確に認識したいという感情が混ざり合った声で、その存在の決定に反発した。

『拒絶もまた好きに生きるという選択の結果だ。私は与えることしかできない。もしこの結果が好まないものであれば、そちの力で変えることもまた好きに生きるという選択の結果だ』

 それの答えは実に単純で、どうにもこうにもするにも俺が全て決められる立場にあるというものだった。否定しようがどうしようもない。突然襲い掛かる疫病や天災に怒りをぶつけても意味がないように、それへの怒りは無意味だと悟った。

『そちの幸運を祈る』




 静かに、足先から頭にかけて実体が体に馴染んでいく。小さいころに入ったプールが予想より浅くて、すんなりと足がついた時のようなほっとした気持ちがすると、俺の目の前には異世界が広がっていた。

「ここが、俺に与えられた世界か......」

 元の世界ととても似ているが、明らかに何かが違うと感じる。度の入っていない眼鏡をかけた時の視界のような、何かを挟んだ先の世界を見ているようだ。

 いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。まずは、俺の頭の中に浮かぶという言葉が最優先に解決すべき問題だろう。

 まず、主人公とは何なんだ。なにをもって主人公としているんだ。位置付けられているって、もしかしてこの世界から見た俺の今の立場のことか? 映画の中の主役のような、そんなことを言っているのか?

「うっぅ」

 吐き気がする。何だこの違和感は。自分の中で曖昧と片付けていたという観念が概念として押し寄せてくるこの不快感は。

 ふざけるな。冗談じゃない。主人公なんてなってみせるものか。

 俺はそういったカテゴライズされた人間ではなく、まっとうに役にはまっていない人間として生きていきたいんだ。

「拒絶もまた好きに生きるという選択の結果、なんだろう......? じゃあ俺は、主人公にならないことを選ばせてもらうぞ」

 まずは、この吐き気を止めることが最優先だ。座ろう。どこかに手軽な椅子のようなものはないか。

 ポンッ。

「......は?」

 驚いた。というより、あり得ない。俺の目の前には俺が丁度想像していた椅子の観念そのものが形として現れた。この大自然の中に、きれいに加工された木製の椅子がポツンと一つ、雑草を見下すように四つ足で立っていた。

「ふざけるなよ。なにが特別な力だ。でたらめの間違えだろ――っぅうっ」

 俺の吐き気は悪化し、頭痛も現れる。これは、能力の代償か。いや......。

 目を閉じると、やはり嫌悪感を抱いてしまうその言葉が浮かんでいた。しかし、先ほどとは少し違うところがある。形が、以前よりもハッキリとした造形をしている。ドットの荒い昔の写真を最新技術で復元したように、確かにその文字がくっきりさを滲ませていた。

 そこで、俺の頭の中に一筋の恐怖が駆け抜けた。

『もしかしたら俺が能力を使うたびに、この主人公という文字がはっきりしていくのではないか』

 いや、もっと最悪な話だと、俺のこの世界での主人公という立場が確固たるものになってしまうのではないか。それは、言わずもがな......絶望。

 そうはさせない。あってはならない。俺の人生を否定することにも、これからの人生が暗闇に包まれることにもなる。せっかく第二の人生を歩めるというのに、こんな結果では散々だ。

 俺は勢いよく足で椅子を蹴り上げると、椅子は自然と、世界の摂理と調和するように姿をくらませた。そしてそれと同時に俺の中に蔓延っていた頭痛の影がなくなった。

「椅子を壊したら、頭痛が引いた......。これは、俺の憶測が間違っていないということか?」

 引きつる吐き気は俺の思考の邪魔をする。これじゃまともな推測もすることができない。俺の今の考えも、この吐き気のせいで引き起こされたとんでもない妄想の可能性があるのに、それを否定できるだけの思考力が俺にはない。くそっ、どうすればいいんだ。

「きゃぁああー!!」

 頭痛とは違う、キリっとした痛みが耳に走る。誰か、女性の声のように聞こえた。距離は幾分か先か、もしくは覚醒した聴力ゆえに聞こえた声か。それは分からないが、俺の足はその声の元へと歩を進めていた。

 大体三桁歩もいかないくらいの場所に、その声の主と原因達がいた。どうやら、馬車に乗っていたお嬢様のような人間が盗賊に捕まったようだ。周りには馬主や護衛と思われた人型の肉が横たわっている。

 これはひどいな......。

 俺はこの光景を見て、ついそんなことを思った。いつぶりか、共感的な感情が自主的に沸き上がったことに驚きつつ、視界はブレずに彼女たちを見つめていた。

「こりゃいいもん引いたぜ」

かしら、女はどうしますか」

「まわすのもいいが、今は時間が勝負だ。縄で動けないように縛り付けろ。抵抗するなら殺せ」

 非常な奴らだ。そして、俺が知っている盗賊より遥かに冷静で恐ろしい。頭と呼ばれている大柄の男は金品を漁りつつ、部下の指揮も統率もしっかりしている。そして何より、周りへの警戒度が段違いだ。物音を立てようものなら俺も襲われてしまうだろう。

 部下も一見チンピラに見えるが、盗品を整理するもの、監視、漁る物と役割がしっかりしている。そして何より、人を殺めることに一切の迷いのない目をしている。

 盗賊といったらただの浮浪者に思っていたが、認識を改めるしかないようだ。

 もし、俺が今から戦えば勝てないこともないだろう。というより、恐らく負けるほうが不思議なほどに力の差があるに違いない。しかし、経験や覚悟の差、判断力や統率力の面からして、負けることだっておかしくない。

 

 ......どうした。俺、今すごい頭の回転が速くないか。これって、ゾーンって言うのか? さっきまで感じていた吐き気がなくなっているし、目の前に広がる悲惨な光景にも動じないで隠れられている。

 目頭が熱く沸騰しているように感じる。さっきまで感じていた何か一枚を通してみていた世界が透き通って感じられ、思考するにあたっての障害が一切感じられない。

 とても、清々しく、生を実感する。自分が一人の人間としての枠を獲得したかのように、やっと他人と自分を比較して得られたが確立された。

 瞬間、背筋に緊張が走る。今まで認識していなかった気配という存在証明が、俺の背後にのそりと近づいているように感じた。

「――いや、これはゾーンじゃない。走馬灯......!?」

 物音なんて気にする間もなく体ごとねじって振り向くと、そこには盗賊の仲間とみられる男が俺に斧を振り上げていた。

「やっば......!」

 咄嗟に頭に浮かんだのは、俺の頭が真っ二つに割れる瞬間だった。しかし、その次にイメージしたのは、自己防衛の意思といえる反撃の情景だった。

「がぁぱッ」

 男は斧を振り上げたまま、ぱっくりと喉元が引き裂かれていた。恐らく、俺が無意識に想像した反撃の形だろう。

「誰だ!」

 威嚇とも取れる大声に、俺は止まったままの男の視線を避けるように立ち上がった。

「ちがう、俺は......」

 盗賊たちと目が合い、そこで言葉は止まってしまった。確証がないにしろ、十中八九男を殺したのは俺だからだ。言い訳しようにも、現実が証言していた。

「ルビ、何を止まっている。返事をしろ!」

 恐らく俺が殺めた男の名前を頭が呼ぶ。当然返事は帰ってこず、俺への疑いがさらに深まる。

「お前ら、不用意に近づくな。恐らくルビは殺されたことに気づく前に殺られた。相当な手練れが俺らをおちょくってるか、自分の力を操作できない恐ろしい人種だ」

 一帯に緊張が走った。どちらも捕食者に出会ってしまったかのように、背中を見せる勇気が出せずに硬直する。

 そんな中、俺の視界はハッキリとしていた。盗賊の数と位置を冷静に把握し、誰がどう動こうとしているのか、感情が、動揺が手に取るように感じ取れた。

「誤解があったんだ」

 一呼吸置いた俺の選んだ一言はそれだった。

「俺は、お前が言っているような、自分の力を操作できない人種だ。多分な」

 ごくり、と。緊張が木霊する。相手を刺激しないように、それでいて真実を零れ落ちさせないように、慎重に言葉を紡ぐ。

「まだ、慣れていないんだ。ここには声が聞こえて......、気づいたら来ていたんだ。決して挑発だとか、おちょくるだとか、そういう考えのもと動いていないことは確かだ」

 盗賊は、抜きかけていた剣や殺意をしまい始める。

「この男は、俺のその制御できない力で、咄嗟に防衛したつもりで、殺してしまったんだ。自分を守るために......、考える時間は、今ほどはなかったんだ」

 俺の言葉は風に乗って、盗賊たちの耳に冷静をもたらしつつあった。誤解が解かれるか否かの中で、頭が口を開く。

「そうか、俺たちにもお前にも、都合が悪かったことが重なっただけなんだな。俺も盗賊して何十年も生きてる。仲間が不意に死ぬことは、いまさら驚かない。お前の一瞬見せた類まれない殺意もそうだ。だから、そのままゆっくりと後ろに下がって、俺らの忘れてくれ。それが、俺たちにとって都合のいいことだろう?」

 頭はアイコンタクトをして仲間を下がらせる。どうやら、俺の警戒を完全に解くために、敵意がないことを行動で示しているのだろう。

「......ああ、助かる。もちろん、お前らのことは誰にも話さない」

「それは別になんでもいい。もうここでは狩りはしないだろうからな。ここは、これで最後にする」

「そうか」

 じり、じりと。俺は靴に泥を馴染ませながら後ずさりする。枯れ葉や小枝の割れる音がたまらなくうるさく感じるこの空間で、俺は小さくなる男たちを見て一つの疑問が生まれた。

「その」

 一瞬考える、そして、やはり聞いてしまった。

「女性はどうするんだ。殺すのか」

「......それを聞いてどうするんだ」

 解かれたはずの緊張が、再び息を吹き返すように感じた。

「もし、殺すなら後悔が、残ると思って」

 すでに盗賊たちと距離を取っていた俺は、恐怖感とも距離が空いていると錯覚してしまっていたのだろう。

「一人の人間として、一般人として、誰かを見殺しにするのは、やっぱり後悔に値すると思ったから、聞いたんだ」

「......殺すと言ったら、お前は俺らを殺すのか?」

「それは、したくない」

 盗賊たちの空気が変わる。逃げの姿勢から攻めの姿勢に変わったと、彼らの重心や目つきから読み取れた。

「完全には否定しないんだな......」

「いや待て――!」

 俺の横を、鋭いナイフが飛んでくる。それは、威嚇や挑発なんかじゃなく、明確なる殺意を持って飛んできていた。

「サフ、ダイは左右に散れ!」

 頭は完全に戦闘モードになっていた。

「待ってくれ......。俺は争いたいわけじゃないんだ......」

 俺の言葉が聞き入れられることはなく、盗賊たちは縦横無尽に木々を飛び回り、様々なものを投げつけてくる。

「やめてくれ。やめてくれ......!」

 俺はそれらすべてに、無意識な防衛意識を向けてしまい、見事にそれが実現する。そのたびに蓄積していくという概念が、俺にひどい気持ちの悪さを与える。

「今だ! 殺せ!」

 パンッ!

 俺を中心とした衝撃波が、草木を激しく素早く揺らす。森本来の静けさを取り戻した自然が、なにも痛みを感じない俺を深く包み込んだ。

 目を開けたら、きっと誰も生きていないのだろう。その証拠に、この無防備の中の俺を攻撃する誰かはいない。また、やってしまった。

「うぅばぁっ」

 抑えきれない吐き気に襲われ、何もない胃の中を抉り出そうとする。後悔と悔しさの中に潜むどす黒い憎悪を吐ききれないまま、俺は数えきれないほどに嗚咽した。

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