第13話 過剰摂取

世間ではもう梅雨入りをして。

でも朝のニュースによると今年は梅雨明けが早いらしい。

また野菜やお米の値段に影響が出そう。

それを真っ先に考えてしまうあたしの脳内。


新居での生活も慣れてきた頃。

追加で買ったものは色々あるけれどダイニングテーブルは悩んだ。

これまで通りソファに並んで食べるのもありだし、と思ったけど莉兎に相談したら

「買おうや」

すんなり後押ししてくれて購入。

ご飯を食べるスペースができたのは嬉しい。

カウンターの横に設置して料理をすぐ出せるようになった。

部屋を見渡せば本当に新婚夫婦みたい。

単純に嬉しい気持ちもあるけど、それと共に不安や怖さも隣り合わせ。


これでもし何かがあったらどうしよう。

別れる事になったら。

愛想を尽かされる事になったら。

莉兎が帰ってこなくなったら。

一人ぼっちでこの広い家は絶対に嫌だ。


最近のあたしはそんな気持ちで埋め尽くされている。

寝られないのは相変わらずだけど、ふっと寝落ちた後に見る夢はそういう類のもの。

一人ぼっちでこの家にいる夢。

もしくは莉兎が背中を向けて出て行く夢。

あたしが必死で手を取ろうとするけど掴めなくて玄関のドアがバタンと締まる夢。

だからショートスリーパーに拍車がかかって眠る事がより一層怖い。

夜が怖いなんて贅沢やと思う。

だって実際莉兎がしがみついてくれてるし。

全然一人じゃないのに一人の気分で、尚且つそれを夢に見て勝手な不安と恐怖感に支配されている。

笑ってしまうな、こんなの。

自分で溜め息を零しながら今夜もスマートフォン片手に莉兎の腕の中から抜け出した。


ぺたぺたとひんやりするフローリングを歩いてリビングへ。

ソファに座って一頻りスマートフォンを触った後、もそもそ動き始める。

時刻は深夜四時過ぎ。

カーテンの隙間から覗く窓の外は弱い雨が降り注いでいる。

今日は休みだから洗濯したかったのになぁと思いつつ、キッチンに立つ。

新しい冷蔵庫に触れて愛でた後、棚から取り出したのはホットケーキミックス。

莉兎が起きたら食べるだろうし。

焼いておけば楽だし…なんて思いながらも本当は何か夢中になれる事がしたかっただけ。

ボウルに卵と牛乳を入れてよく混ぜてからホットケーキミックスを加える。

かき混ぜながら思う、ちょっと期待してたのにな。


引越してから少しはゆっくり眠れるようになるかも。

そんな事、心のどこかで考えてた。

でも実際は真逆。


不安とか恐怖感とか何であんの。

どれだけ愛されてるかめっちゃ自分が分かってるはずやのに。

他の誰でもない、あたしが一番感じてる。

だってこんなに大事にされた事なんかない。

本気で愛情をぶつけてくれた事もない。

真っ直ぐあたしを見て叫んでくれてる事、知ってるし伝わってるのに。


幸せすぎたらあかんのかも。

怖くて仕方ない。

いつか足元すくわれそうで歩く事すら怖い。


そんな事を思いながら熱したフライパンに生地を流す。

少し経つと裏返して出来上がり。

一枚一枚丁寧に焼いていると

「何しとん」

聞こえた声に驚いて視線を上げれば寝ぼけた顔で莉兎が見つめていた。

「ホットケーキ焼いてる」

「甘いニオイするもん」

「そやろ」

「…せやな」

ダイニングテーブルの椅子に座った莉兎は大きなあくび。

気にせず寝ればいいのにと思いながら出来上がったふわふわのホットケーキ。

お皿に盛って片付け。

使ったボウルやフライパンを洗いながら

「莉兎、二度寝せぇや」

呟けば

「ひより」

突然名前を呼ばれて驚いた。

一瞬手が止まったけど再び動かしながら

「何やねん」

フライパンを洗った所で莉兎が立ち上がって近づいてくる。

「寝れてないんやろ」

「…今日はたまたまや」

「昨日はサンドイッチやったな」

いや、あれは。

洗い物を終えて手を拭きながら俯く。

確かに昨日の夜中はサンドイッチを作った。

今日と同じで眠れなくて。

「その前は掃除ばっかしてた」

「そうやっけ?」

「しらばっくれてもバレバレや」

おいで。


ふんっと威張って言った後の「おいで」の一言は優しすぎた。

ぎゅうっと一瞬抱きしめられて、その後手を掴まれて一緒にソファへ。

並んで座れば自然と莉兎に寄りかかる。

それを待ってたように肩を抱かれた。

お互い黙ったまま、外の雨の音だけが聞こえる。

暗い部屋で感じるのは莉兎の熱だけ。


すっと息を吐いた後、漏れたのは

「不安で寝れん」

思った以上に素直な言葉。

莉兎は肩から手を離してあたしの髪を撫でながら

「何が不安?」

静かに聞いてくれる。

「莉兎に愛想尽かされたらとか出て行かれたらとか…そういう夢見るし」

「莉兎が出て行く夢?」

頷けば、莉兎はふふっと笑う。

笑い事じゃないのにと思いながら見つめれば、ゆっくり唇が重なる。

向かい合わせで唇に触れながら話す。

「言うとくけど、莉兎はひよから離れんし離さん」

「絶対?」

「絶対。知ってるやろ、莉兎の絶対は絶対やって」

ふふんと自慢げに笑いながらちゅっちゅっとキスしてくれる。


離れんし離さん。

莉兎からの言葉が素直に嬉しい。


「莉兎は不安にならん?」

「そりゃ先を考えたら不安やよ。でもそれより今の幸せ噛み締めて続くように努力する方に必死」

離れて見つめれば莉兎はへへっと笑う。

そういう事、考えてたんや。

幸せに浸ってばかりだと思ってた。

引っ越してから莉兎はずっとご機嫌だから。


「努力せんでもあたしは莉兎を」

「分かってる。でもな、莉兎は家庭環境クソやったし大人になってからも自分で何とかできんかった奴やから、ひよがイライラする事もあると思う。その時はちゃんと教えてほしいし…そういう努力もするから」

ぎゅうっと莉兎を抱きしめる。

それはもう莉兎が話してる途中から。

気にせんでいいのに。

確かに二人で暮らしていくわけだし、役割分担は必要。

でもお互いできない事や苦手な事を補い合えば必ず上手くいくはず。


理由は簡単、莉兎とあたしやから。

どんなカテゴライズにも嵌らない、莉兎とあたしやから。


そんな事を思ってたらあたしの不安や恐怖感も小さく思えてきた。

莉兎はこんなにも頑張ろうとしてくれている。

少しでもこの幸せが続くように努力してくれている。

だから、あたしも同じように頑張らなきゃ。

不安も恐怖感も完全には消えないけど、それさえも纏いながら莉兎との生活を大切にしなきゃ。


「あたしも頑張る」

「ひよは頑張る事なんか何も」

「寝れん時はちゃんと言う」

「いい子!」

何やねん、それだけでめっちゃ褒めてくれるやん。

わっしゃわしゃに髪を撫で回されて笑った後

「……病院も考えてみる」

ポツリと呟いたら莉兎は何も言わずに頷いていた。

嫌な思い出しかないけど、そういう選択肢も視野に入れるという事。

でも一番眠れる方法が一つある。


「なぁ、」

「なん?」

「あたしが簡単に寝落ちる方法知ってるやろ?」

それを聞いた莉兎は離れてにぃっと笑う。

「おん。莉兎の得意分野やで?」

何やそれ。

半分呆れながらも甘えるようにくっつく。

「、して?」

耳元で言えば莉兎は勢い良く離れた挙句、立ち上がる。

ついでにあたしの手を掴んで

「ベッドに帰ろ!」

にぃっと笑ったまま急かした。


めっちゃやる気満々やん。

ほんまにコイツは…と呆れながらもお願いしたのはあたし。

とことん愛されて眠りに落ちよう。

これが一番の安眠方法。

誰にも言えんよな…と心底思いながら勢い良くあたしの手を引っ張って寝室へ向かう莉兎の後ろ姿を見て笑った。






目を覚ますと珍しく莉兎の方が先に起きていた。

腕枕のまま、あたしの顔を覗き込んでいる。

「な、にしてんの…」

掠れた声が出て一回咳払いしながら尋ねれば

「ひよの寝顔見てんの」

当たり前のように言われて寝起き早々恥ずかしくなってくる。

「やめろ」

「レアやもん」

いや、そうやろうけどほんまやめて。

隠れるようにくっつけば莉兎は笑う。


「何時?」

「昼頃ちゃう?」

「結構寝てるやん」

「莉兎のおかげやで。褒めれ」

「んんー…さすが。ありがと」

もそもそと動いて莉兎の上に乗る。

頬を包み込んでキス。

髪がサラサラと流れて鬱陶しいと感じながら莉兎の顔の横に手を置く。

見下ろしていたら莉兎の手が肩に触れた。

「ちゃんと被って」

ずるずるとタオルケットを引っ張って肩までかけてくれる。

でも莉兎と触れ合ってる部分は熱いのになと思いながらもう一度キス。


あれ…何かおかしい。

寝る直前までいっぱいと言っていいほど愛してもらったのに。

寝起き数分で発情してるとかおかしい。


そんな疑問符を抱きながらもキスをする唇は止まらない。

止め処ないあたしのキスに莉兎は何も言わず、その上もう見透かしていて。

胸に触れられてむにゅっと揉まれるだけでぞくぞくしてしまう。


莉兎は本当に胸が好きだと思う。

揉む事もそれ以外のアクションも。

他の女の胸を見て何も感じたりしないのかと時々思う。


例えば、ひよより大きいな…とか思ってたらガチで嫌。

例えば、街ですれ違った女の顔より胸を見ていたらブチギレる。

あたしの胸のどこが不満やねん、言うてみぃや!って詰問すると思う。


ぼんやりそんな「もしも」を考えていたら突然両方の乳首をキュッと摘まれてびくんと跳ねた。

離れて見下ろせば

「余裕たっぷりやんけ。んん?」

キスをしながら考え事をしていたあたしの脳内がスケルトンだったのか、イライラしている。


ちゃうって。

否定しようとしたけど莉兎の乳首を摘んだままの指先が動く。

それが気持ち良くて喘ぎ声を漏らす事しかできなくて。

「莉兎以外の事考えてええと思うてんの?」

「ん、ぁ…違、っ」

「もっと上にきて」

言われた通り体をずらして莉兎の口元に乳首を寄せる。

まるで自ら吸って下さいと言ってるみたいだと思うと恥ずかしくてたまらない。

でもそんな胸中も一瞬で莉兎に愛撫され始めるとどうでも良くなる。

「ぁ、ぁっ…きもちぃ…っ」

わざといやらしい音色を響かせる莉兎。

ちゅううっと吸いつかれて「むり」とか「やばい」という単語しか出てこなくなる。

吸いつかれた後、ぺろぺろと舐められる。

莉兎の舌、表面はざらざら。

裏側はボコボコ。

力を込めて舌先でれろれろ。

様々で絶妙な使い分けに翻弄される。


最初の頃も疑ったけど、女を抱いた事ありそう。

女が気持ちいいと感じるポイントをよく分かってるし。

絶対的な安心感と最上級の愛情をくれるし。

でもこれらはあたしだけのもので何よりあたし限定。

幸せ以外の何者でもない。

多幸感に溢れて溺れて溺死しそう。


ぺろぺろと忙しなく乳首を舐めながら莉兎の右手はあたしの秘部を撫でている。

当然それだけじゃ物足りないから自分で腰を動かしていて。

キスをしていた頃から自覚していたけど腰はずっと動いていた。

すぐに欲しがるこのあたしの淫乱さ。

本当に恥ずかしいけど快感に貪欲で

「りと…も、っと…触って、」

おねだりすれば、莉兎はちゅぱっと乳首から離れると

「ひよりはええ子やから自分で腰振れるやんな?」

にぃっと笑いながら見つめてきた。


ドSな笑顔に胸がぎゅうっとなりながら何度も頷いて腰を振る。

そうすると莉兎は気持ちいい所に当たるように指を二本立てている。

何度も往復しているとやばい。

止め処なく漏れる声。

全然可愛くないのに莉兎だけは可愛いと言ってくれるあたしの声。


いつも通り果てる時は許可を得てから。

びくんびくんと体を跳ねさせて果てた直後に指がナカに挿入ってくる。

「今、あかん…っ!すぐ、イクからぁ…っっ!」

「ええよ」

「は…ぁ、ぁああ……むりっ!」

「ぎゅうぎゅうしすぎやろ…こっちが無理や」

ふっと笑う莉兎の瞳はやっぱり獲物を仕留める獣の色。

あたしだけに見せる欲情に塗れた瞳。

見つめられるだけでもう、もう。

胸が詰まるような思いのままナカに挿入った莉兎の指を味わい尽くす。


上半身を起こして自分で腰を振って喘ぎながら莉兎を見下ろせば

「おっぱい揺れすぎでたまらんねんけど」

ふざけた事を言われて思わずどついた。

「見んなアホ!」

「見るやろそんなん!」

「雰囲気考えろや!」

めちゃくちゃ昂ってたのに。

恥ずかしくなって莉兎の上にべたっとくっついた。

このおっぱい至上主義者め。


また果てそうやったのに、と思ったら腹が立ってきて首筋に思い切り噛みついた。

「い、たいて!ガチで!」

ビクッとする莉兎の体。

離れる時はちゅっとキス。

それからぺろっと舐める。

これらはいつもあたしが莉兎にやられてる事。


「痕ついてないから平気や」

「首筋はやばいやろ…」

「歯型ついててもすぐ消えるし」

「残ったままやったら月曜会社で言いふらすからな」

「何言うん」

「今あった事全部」

アホなん?

一部始終を言いふらされたらあたし出勤できんやん。

睨めば莉兎はへへっと笑いながら

「冗談っ」

軽く言ってごろんと形勢逆転。

チビの莉兎に軽々と押し倒されてしまった。


被っていたタオルケットは横の方に追いやられていて。

今度は見下ろす立場になった莉兎は首筋にキスしながら

「ほら、続きは?いらんの?」

秘部をゆっくりと撫でてくる。

いらんわけないやん。

ぎゅうっと抱きつきながら

「欲しい…」

今以上に足を開いた。


雰囲気を壊すのも作るのも上手。

それが莉兎。

再びナカに挿入ってきた莉兎の指の感触に震えながら耳元で

「す、き…っりと、すき……っ!」

一生懸命しがみついて愛を吐いた。






作っておいたホットケーキを二人で。

お昼ご飯の時間もとっくに過ぎておやつの時間。

たっぷりのバターとたっぷりのメープルシロップ。

莉兎のホットケーキを見ていたら呆れてしまう。

白いお皿に零れるほどのシロップをかけて美味しそうにぱくっと食べている。


飲み物はコーヒーにする?と聞いたらカルピスコーラ!と勢い良く言われた。

最近莉兎がハマっているカルピスコーラ。

コーラだけでも十分甘いのにカルピスを混ぜると余計に。

だからウチの冷蔵庫にはカルピスとコーラがいつも冷えている。

一本ならまだしもハマり過ぎたら延々と飲みたいらしく、カルピスをケース買いしたのも驚いたけど。

甘いに甘いを重ねたら何になるんやろう。

ご機嫌な莉兎を見ているだけで口内が甘さでやられて唾液は溢れる。



あたしはホットケーキを食べ終えてミルクを入れただけのコーヒーを一口。

この時季に飲む氷たっぷりのアイスコーヒーが好き。

でもコーヒーを飲む量は控えめに。

一日二杯が限度だと自分で決めている。

それ以上飲んでいたら胃がやられるから。


莉兎には言ってないけど体が強くないから自分で極力気をつけている。

体力もないし、体も弱い。

顔に似合わずってやつ。


よく風邪を引くし楽しみにしている事があったらその前に必ず体のどこかが悲鳴を上げる。

なんてツイてないんやと自分で自分の体を呪った事は数知れず。

突然ぎっくり腰になったり、胃腸炎になったり、それで楽しみな事が流れたなんて何度もある。

この体の貧弱さ、自分で自分が情けない。



それにしても体力がないのに明け方からずっと。

少し寝れたけど起きてまたすぐにずっと。

それでもまだ、と思っているあたしの脳内。


ムラムラと闘うなんてまるで

「発情期かなぁ」

ぼんやり呟いた瞬間、ホットケーキを頬張った莉兎が「んぐっ!」と喉を詰まらせた。

急いでカルピスコーラをゴキュゴキュ飲んで浅い呼吸を繰り返してるけど

「大丈夫?」

アイスコーヒーのグラスを置いて見つめれば

「ひ、ひよが変な事言うからやろ!」

ハァハァしながらまたカルピスコーラを飲んでいる。


「ほんだら莉兎不足?」

「普通に言うけどOD状態やと思うで」

「そやな」

過剰摂取…間違いない。

それならやっぱり発情期?

考えていると

「マジレスしたら生理ちゃう?」

莉兎に言われて「あぁ」と納得する。

横に置いていたスマートフォンを操作して調べれば確かに。

「予定日まであと三日やわ」

「ひよって生理前発情期になるっけ?先月そんな事なかったと思うけど」

「その月による」

「なるほど」

生理までこの発情期は続くけど、生理になったら性欲も食欲もなくなる時がある。

それとは違って延々と性欲に支配される時もある。

本当にその月によって違うけど受け入れるしかない。

でもそろそろ生理が近いと思えば嫌になってくる。

これからの時季の生理って地獄。

気持ち悪くて不快感がたっぷりすぎて仕方ない。


溜め息を零していると

「生理痛あったっけ?」

ホットケーキを食べ終えて「ごちそうさまでした」と手を合わせた莉兎がこっちを見ている。

「何か重たいとか痛い時はたまにある」

「分かる。薬あんの?」

「多分?」

「ん。生理中は無理せんでええからな」

腰とお腹あっためなあかんで。ひよ、薄着やし。


ぼやく莉兎を見ながらあぁそっかと今更。

女の子同士故に生理の理解が深い。

この嫌さとかウザさを共有できるのは大きい。

男は一生理解できない事だし「それくらい」と言う男もいる。

生理の辛さなんて女の子でもそれぞれ。

一括りにしないで欲しい。

動けないほど重たい子もいるし、あたしのように軽い子もいる。



立ち上がってキッチンに行くと食器をシンクに。

水で流しながら洗い始めて

「莉兎は生理重いん?」

聞けば同じようにお皿を持って横に来た。

「軽いし四日か五日くらいで終わる」

「一緒やん」

「短くてラッキーやけどな」

「でも短い人は更年期ひどいらしいで」

「最悪やん」

一週間たっぷりあった方がいいらしい。

何故なのか根拠は何なのか分からない。

だってお母さんが言ってた事だから…経験?

でも更年期なんてまだまだ先の事だし想像もつかないけど。


自分のお皿やフォークを洗って濡れた手のまま莉兎の持っているお皿を受け取ろうとしたら、莉兎はお皿に溜まったメープルシロップを指で掬って舐めている。

「カブトムシ、はよお皿ちょうだい」

「カブトムシってメープルシロップ舐めるん?」

「知らん。砂糖水吸ってるカブトムシみたいやから言うただけ」

「莉兎が吸うのはひよのおっぱいだけじゃ」

「いらん事言わんでええねん」

くそ、手が濡れてるから言葉でしか口撃できん。

眉間に皺を寄せれば莉兎はふふっと笑っている。

腹立たしいカブトムシ…いや、虫。

コイツはただの虫。

「虫、はよせぇ」

水を止めてタオルで手を拭こうとした所で口元に寄せられる莉兎の指先。

メープルシロップに塗れた人差し指と中指。


「舐めて」

何でや。

まず、名前を呼ばれてない。

それにそういう雰囲気じゃない。

でも莉兎の目とか「舐めて」の言い方とか。

眉間に寄せていた皺も忘れて莉兎の指先に舌を這わす。

ぺろっと舐めて見つめれば

「上手。もっと舐めて」

莉兎が柔らかく笑う。

褒められて舌先だけじゃなく唇も使って舐めていく。

「そう、そのまま咥えて」

言われるまま莉兎の指先を咥えて見つめれば

「…ごめん。イタズラ気分やったけどひよの破壊力が凄まじい」

あたしの口内から指を引き抜いて頭を抱えている。


いや、それ、あたしも一緒やし。

何で莉兎に黙って従ったのか。

言われるがままになってたのか。

魔法でもかけた?

そんな気分と共に口内を支配するメープルシロップの甘さは歯が溶けそうなレベル。


莉兎の手からお皿を奪って

「アホ。発情期のあたしにそんな事すんな。ドアホ」

水を流しながら夢中で洗う。


そんなバカバカしい照れ隠しをするあたしに

「全部責任とるって。気ぃ済むまでっていうかひよがバテるまで」

莉兎は後ろからぎゅうっとしがみつきながら笑ってる。

「ちょっと前もこんな過ごし方したやん」

「別にええやんけ」

濡れた手をタオルで拭いて振り返れば莉兎の頬を包み込む。

ちゅっとキスすれば嬉しそうにふにゃっとした顔面ゆるゆるの莉兎。


アホみたい。

莉兎に言われるまま指先を舐めただけやのに。

でもこの指先でいつも、とか考えてやばくなったあたしがアホみたい。

あぁほんま発情期。


ぎゅうっとしがみついて

「はよ責任とれや」

横柄に呟いたら莉兎の肩がくつくつと揺れた。

「お任せあれ!」

「抱っこして連れてって」

「…それはちょっと」

「チビ」

「そのチビにいつも鳴かされるくせに」

「お前ほんま…っ」


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